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エストニアの仮想住民と税金の仕組みを解説

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原文:"How Do e-Residents Pay Taxes" by Evelyn Liivamägi, Head of the Tax Department at the Estonian Tax and Customs Board (ETCB), October, 2017

 現在、エストニアは国際租税競争力指数(International Tax Competitiveness Index)のトップに立っていて、起業家たちに完全オンラインで簡単な税金支払い方法を提供しています。

 しかし、これは現状に満足する理由にはなりません。

 エストニアの税金と関税についての委員会(Estonian Tax and Customs Board)は、国民、住民、その他の税金納付者のために変革を続けなければいけません。そして外国にいるエストニアの仮想住民(e-residents)の起業家コミュニティーに奉仕しなければいけません。

 e-Residency(外国人が簡単にオンラインでエストニアの仮想住民になる仕組み)のメリットは起業家に幅広いオンラインサービスの選択肢を提供していることです。このプログラムの成功は最高品質の公共電子サービスとオンラインビジネス環境を提供できるかどうかにかかっています。

 今後、さらに多くの国がe-Residencyのような仮想住民の仕組みを提供し、世界的に行政の仕組みが改善されることでしょう。しかし私たちはそれを待たずに先に進んでいきます。

 私はエストニア税務局長としてエストニアの仮想住民である皆様方(そしてエストニアで税金を払っているすべての人たち)のために、どのようにサービス改善のため投資をし続けているのか説明します。また、仮想住民の税金に関する仕組みについてより明確に説明したいと思います。これは仮想住民の中で最も頻繁に議論されている問題の1つです。

仮想住民は課税対象ではありません

 エストニア仮想住民はこのプログラムから得られる機会を活用してエストニアに貢献しています。

 一部は財務的な貢献で税金として直接納められています。実際に仮想住民の所得税納税額はe-Residencyに対する税金投資金額を超えています。

 しかし、e-Residencyで登録した仮想住民は課税住民ではないことを強調したいと思います(市民権、エストニアやEUに物理的に居住する権利もありません)

 すべての仮想住民がエストニアに納税しているわけではありません。納税義務はe-Residencyが仮想住民を可能にしたこと(国際的なルールのもとに企業を設立できること)に基づいています。仮想住民だから課税義務が発生するわけではありません。

 また、e-Residencyは税金逃れをする仕組みでもありません。e-Residencyは世界中の起業家が信頼できる企業として成功する機会を提供します。幸いなこと実際そのように認識され運用されています。

私たちが税金の仕組みで改善しようとしていること

 最近まで国際税務の複雑さに対処しなければならなかったのは世界各国に事務所や工場を持つ大企業だけでした。

 しかし、e-Residencyやその他のデジタル技術の進歩により、だれでも国をまたがるグローバル企業を作ることができます。たとえその従業員があなた一人だとしても。

 これは明らかに良いことですが国際課税の複雑さがだれにでも身近な問題となることでもあります。

 e-Residencyの恩恵を受けている設立された新しい企業はこのような複雑な納税義務を理解するための大企業のように大きな会計部門もリソースもありません。しかし、その必要もありません。

 私たちはすべての人にとってシンプルで公正であるべきだと信じています。そうすることにより起業家は書類作成ではなく情熱を傾けるべきことに集中することができます。

 幸いにもエストニアはすでに起業家の成長を支えるようにデザインされた納税の仕組みをもっています。例えば、エストニアで納税義務のある法人は利益分配後に定率で課税されます。そのため再投資をした金額を除いた利益にのみ課税義務が発生します。

 起業家にとって魅力的なのは税制だけではありません。税金を支払うこと自体も容易です。私たちはEstonian Tax and Customs Boardが提供するソリューションに大変な誇りを持っています。すべてオンラインで行うことができ、国民、住民や仮想住民に提供されている安全なデジタルIDによって完全に統合されているからです。オフィスがウレミステにある私たちの事務所の隣であろうと、地球の反対側にあるビーチカフェにあろうと、どこからでも利用することができます。

 しかし、現在のシステムは数年前にオフラインサービスのオンライン版としてデザインされました。政府の多くのレガシーシステムと同様に(当時としては当然ながら)役人のニーズを重視して設計されたものです。

 新技術は会計士、中小企業や大企業のようなユーザーを中心にデザインし、もっと革新的なシステムの構築を可能にします。たとえば私たちはより多くの言語を追加し、レスポンシブでモバイルフレンドリーなデザインを使用し、すべてのプロセスが可能な限り論理的でわかりやすくなるように心がけています。

 私たちの目的は快適なセルフサービスの納税環境をすべての納税者のために構築することです。またデータの収集と分析を改善し、起業家に貴重な経済情報をリアルタイムで提供できるようにします。

 新しいe-TaxおよびCustoms Boardポータルの開発は2020年末までに完了する予定です。そして、今年から私たちはすでに新しいサービスの段階的な導入を開始し、フィードバックを求めています。

 私たちは自国の税金の仕組みを改善するだけではありません。私たちの国は欧州連合理事会の議長を務めています。その中でデジタル経済の発展を考慮し、誰にとってもより中立的、公正かつ透明になるようにヨーロッパ全体の税制を洗練させる一助となるように努めています。

 私たちはまた国をまたがる税金を自動的に分けるような国際税制を模索する初期段階にあり、課税対象の住民でなくとも私たちの税務サービスを利用できるようになるのではないかと期待しています。これにより世界の起業家への手間がさらに軽減されると同時に各国が公正な税収入を得られることができます。私たちはこのアプローチのパイロットに関心のある他の国の税務当局と常に話したいと思っています。

 最後に、仮想住民の方々が実際に住む国によって異なる納税義務を簡単に理解できるような支援を含むe-Residencyプログラムも同時に開発しています。

 このように私たちはエストニアの税務サービスをできるだけ多くの仮想住民の方々に活用していただけるよう支援していきたいと考えていますが、皆さんの税金義務は国際税規則に基づいています。次にその概要を説明します。

納税義務を理解する

 あなたとあなたの会社が一つの国に籍を置き、その国で価値を明確に生み出していれば、あなたの税務上の居住地は簡単です。

 しかし、特定の場所に依存しないデジタル遊牧民のような起業家である場合、国際納税義務を決定することは大変です。

 この問題は居住地に関わらず国境を越えてビジネスを行うすべての人に影響を及ぼします。e-Residencyは企業がどのように運営されているかをより透明にし、負担している税金を簡単に支払うことで、このようなグローバルな課題への解決策となる可能性があります。

個人税

 最初に個人に対する税金について説明します。国際課税に関するオンラインでの議論されていますが、個人の税金と法人に対する税金について混同されていることが大き見受けられます。

 あなたの個人の税務居住地とあなたの会社の税務居住地は違うことがあります。税務居住地を決める基準が個人と法人では異なります。あなたの個人の状況とあなたの会社の状況も異なるでしょう。

 個人として納めている税金は個人が在籍する税務居住地での幅広いサービス(医療福祉や年金など)のために納められています。このようなサービスは私たちのようなデジタルな国家から提供される可能性もありますが、それはまだ遠い将来の話です。

 それぞれ国によって個人の税務居住地を決める方法がありますが、通常は1年のうち6ヶ月以上住んでいることが条件です。 エストニアでは12ヶ月以上連続して183日以上住んでいると税務居住者となります。税務居住者となる場合は居住者としてデジタルIDを持つことになるので、e-Residencyで仮想住民として登録する必要はないでしょう。

 デジタル遊牧民のような起業家はこの基準を満たすに十分の期間をどこか一つの国で過ごすことがないケースがあります。その場合は税務居住地は、通常その人の「母国」とみなされます。

 デジタル遊牧民は自らを特定の地域に縛られないと考えていますが、多くの人たちは実際には「母国」に籍を持つので、考慮しなければいけないことは多いにもかかわらず個人所得の税務居住地を決定することはそれほど難しいことではありません。

 税務上は「国にいない」のと「国に住んでいない」のは一般的に同じこととみなされます。たとえば休暇で海外に出かけても個人の税務居住地に影響を与えません。それがどれだけ長期間旅行に行く場合でも、特に帰国できる住所がある場合は、同じです。

 移動し続けることで特定の場所で税務居住者とならないことは技術的に可能ですが、それは思っているよりも達成するのが難しく、その労力に見合うものではありません。また、社会保障、信用格付、現在と将来の公共サービスを受ける権利など多くの利益をあきらめなければいけません。更に訪れた国すべてのルールを確認しなければいけません。

 まれにではありますが、二か国で税務居住者とみなされることもあります。しかし、個人も法人と同様に二重課税を回避する条約によって保護されています。

 企業が個人に賃金を支払うとき、個人に対する税金は税務上居住地の規則に沿って、その収入に対して納められます。会計士はこのプロセスがスムースに進むことをお手伝いします。e-Residencyのウェブサイトはビジネスサービスプロバイダのリストを掲載しており、仮想住民に特化した会計サービスを探すことができます。

法人税

 法人税はその会社の税務居住地で納められます。

 国際税法は国際ルールに基づいていて、国際的に運営されている企業に一般的なアドバイスを提供することを難しくしています。その会社がどこで登記されていようと、創業者である起業家が個人的にどこに住んでいようと、税金がどの国に納められるべきかは一国で決められるものではありません。

 法人の納税居住地はその企業固有の状況に依存しているため、納税義務(税務居住地のみか恒常的な拠点を持つ他の地域を含むのかなど) 将来どの税務当局にも問題が発生しないように納税する必要があります。

 納税義務について疑問がある場合は、資格を持つ税務アドバイザーに相談すべきです。また、いつでも私たちにコンタクトしてください。

 まず第一にエストニアのe-Residencyを通じて設立された企業は、自動的にエストニアが税務居住地となります。 また課税所得の源泉があれば、法律に従って他の国でも納税義務が発生します。

 幸いにもエストニアはすでにすべてのEU加盟国とほとんどのOECD加盟国、仮想住民が急速に増えているウクライナやトルコを含む57カ国と二重課税の回避のための条約に署名しています。全リストはこちらから入手できます。

 個人の税務居住地と同様に法人の場合も居住地を決定するための基準が国によって異なりますしかし、一般的なルールとして、ほとんどの税制は価値が生まれた国で税金を支払うという原則に基づいています。 例えば恒久的施設(PE)という用語は国との経済的なつながりを決定し、税務上のしきい値として使われます。

 あなたの会社がある国で強い存在感がある場合、法人としての税務居住地は簡単に決めることができます。しかし、あなたの会社が複数の国にまたがって運営されている場合、あなたの会社が置かれている独特な状況を見ることができる資格のある税務アドバイザーから助けが必要になるでしょう。これは小さな会社や創業者一人の会社も影響を受けます。旅行と出張を同時にしたり、国境を越えて協力している可能性もあるためです。

 あなたの会社の状況(そして納税義務)は時間とともに変化する可能性があることも忘れないでください。

 e-Residencyのウェブサイトではビジネス・サービス・プロバイダーのリストを掲載しています。このリストは他の仮想住民から推薦されており、 起業家の約90%はこのようなサービスを利用しています。

 あなたのエストニアの会計士はあなたの税務居留地として異議申し立てをしそうな国の税務専門家とも話すようにアドバイスをするでしょう。長期的に2カ国で2人の会計士が必要になるわけではありません。しかし、一度訪問は賢明な投資である可能性があります。また、あなたはいつでも私たちのチームに話すことができますし、それは無料です。

 次に、実際に国際課税がどのように機能するかいくつかの例をあげて見てみましょう。

  • Jaakoはフィンランドのヘルシンキに住み、Venlaはエストニアのタリンに住んでいます。彼らは一緒にeコマースを設立。世界のどこからでも顧客に製品を販売したいと考えています。会社とVenlaの税務居住地はエストニアです。そしてJaakoはフィンランドが税務居住地で、エストニア企業の外国従業員として個人所得税をフィンランドで納めています。Jaakoは税務アドバイザーとフィンランドの税務署と相談して、エストニアにある彼が共同創始者の会社に法人として課税義務があるかどうかを確認しました。フィンランドのエストニアとの租税条約により二重課税のリスクはありませんでした。
  • Katerynaはウクライナのキエフに住んでいて、キエフで起業しました。彼女はPayPalビジネスアカウントを開設するためにe-Residencyで彼女のスタートアップを運営しています。それによりEU市場にアクセスし、ユーロで取引し、世界中の顧客とより簡単にビジネスを行うことができます。同社はウクライナですべての価値を生み出しているため、税金はウクライナに納められていました。しかし、Katerynaはビジネス機会がEU内にあること発見し、彼女はエストニアのスタートアップビザプログラムに応募。審査に通り彼女のスタートアップをタリンに移転し、自らもエストニアに移り住みました。そうすることによりKaterynaは現在の居住地であるエストニアで法人税と個人の所得税を納めることになります。1年後にKaterynaは彼女の最初の物理的なオフィスを開設し、最初の従業員を雇うことができるほどに会社を成長させることができました。人材プール、コスト、地元の知識など鑑みて将来の成長を考えるとキエフがよさそうです。そして、ウクライナに恒久的施設(PE)を持ち、再びウクライナで税金を納めることになりました。エストニアとウクライナの両方が彼女のスタートアップの成功に重要な貢献を果たしていますが、両国間の租税条約により二つの国から同時に課税されることはありません。
  • Steveは英国のマーケティングコンサルタントです。彼は色々な国を旅をしながら、彼自身が唯一の従業員である彼の会社で「デジタル遊牧民」として働いています。彼はe-Residencyを通じて彼の会社を設立しました。それにより、どこにでもオンラインで会社を運営することができる真の意味でのロケーションフリーな企業となります。また、英国で登記するより運営コストがやすくなりました。彼は有名なエストニアのスタートアップシーンである#estonianmafiaを含む世界中の他のフリーランサーとともに働いています。 スティーブの個人としての税務居住地はまだ英国にあり、彼はそこで彼の医療と年金に貢献し続けることができます。一方で彼の会社はエストニアで設立され、エストニアが税務居住地となります。他の国には税金の納め先に関する異議申し立てもありません。Steveは外国人従業員としての給料に対してイギリスで所得税を納め、彼の会社は配当金からエストニアの法人税を納めています。

解説

この記事エストニアの税金と関税についての委員会(Estonian Tax and Customs Board)のEvelyn Liivamägiさんが自らエストニアの仮想住民に関する税金の問題を解説した"How Do e-Residents Pay Taxes"の翻訳記事となります。

ボク自身、シンガポールとオランダで法人を設立して事業をしていたので、外国での会社の登記や銀行口座の開設の大変さは身をもって理解しています。それがオンラインで全てできてしまう仮想住民の仕組みは単純に「スゲエ」と思います。

仮想住民はビザや居住地の必要がなく、法人の登記や銀行口座の開設をオンラインで行うことができる仕組みです。例えば外国人が日本で株式会社をオンラインで作ってすぐにビジネスをオンラインではじめられるとしたら?エストニアはそれをすでにやってます。お金が関わる話なので当然ながら税金がどうなるかが気になりますよね。それを解説してくれる貴重な記事です。

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免責事項:ボク自身は税金の専門家じゃないので、詳しくは専門家にちゃんと聞いてね!

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