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ブロックチェーンが生み出す「ネットワーク効果」と「相乗効果」の解説

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原文:"The Synergies Gained from Building on Ethereum’s Decentralized App Ecosystem" by Preethi Kasireddy, September 7, 2017

 1870年代に最初の家庭用電話機が設置されていたとき、それらを販売していた企業には問題がありました。電話をかけることができる人が少ないと電話機はあまり役に立ちません。

 しかし、電話機のネットワークが広がり新たな顧客が電話帳に増えるごとに通信ツールとしての価値が高まり、この問題は徐々になくなっていきました。

 この「ネットワーク効果」がテクノロジーのブームを起こし、時代を新しいルネッサンス期に押しすすめました。FacebookやAppleのエコシステムのようなプラットフォームはユーザーベースを軸として大きなマーケットシェアを素早く確保しました。

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 電話のように「ネットワーク効果」を内包するテクノロジー製品は最も収益性の高い持続可能なビジネスとなる傾向があります。

 強力なネットワーク効果を持つ企業は結果的に「勝者総取り」の結果をもたらし市場シェアを確保できるので収益性が高くなります。また、市場を確保するとユーザーが他のネットワークにスイッチしたり、まったくやめてしまうことが少なくなるから持続可能だと言えます。

 2017年の現在でも誰もが次のネットワーク効果を探しています。

 私はイーサリアム(Ethereum)と分散型Webシステムを開発してきました。その中でEthereum上の分散型アプリケーションはまったく新しいタイプのネットワーク効果(または「相乗効果」と言えるもの)に支えられていることに気がつきました。

 まず、いくつかの典型的な「ネットワーク効果」を詳しくみてみましょう。その上でEthereumがアプリケーション開発者にとってネットワーク効果を構築する魅力的な環境をどのように実現しているのかをみてみましょう。

直接的なネットワーク効果

 LinkedInはネットワークエフェクトの典型的な例です。新しいビジネスパーソンのプラットフォームへの参加はネットワークの可能性を高め、結果として既存のユーザーににさらに高い価値を提供します。プラットフォームに参加するメンバーが多いほど、人材を採用する企業にとっても参加する魅力が高まります。

 採用する企業がプラットフォームに増えれば、メンバーはより多くの雇用機会を選ぶことができます。この伝染性の高いネットワークが成長するにつれて、LinkedInを真似たより小さなネットワークにスイッチする魅力が無くなります。

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 この循環はべき乗則分布の法則にしたがって市場の80%を一つか二つの企業が独占する方向に導いていきます。

 YouTube、Airbnb、Uber、Facebook、WhatsApp、eBayはこのような直接的なネットワーク効果で構築されたビジネスの有力な例です。

間接的なネットワーク効果

 一般的に「ネットワーク効果」は直接的なネットワーク効果をさします。商品やサービスの使用量の増加がその価値の直接的な増加につながる。

 しかし、「間接的なネットワーク効果」と呼ばれる別の種類のネットワーク効果があります。商品/サービスの使用が増加するとそれを補完する製品/サービスの価値が増し、その商品/サービスのエコシステムの形成します。

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 Macのパソコンを例にとってみましょう。マックのパソコンにはいくつかの直接的なネットワーク効果があります。例えばMacユーザーの数が増えると、より多くの人が互換性のあるファイルを共有できるため、Macのパソコンの価値が高まります。

 しかし、Macのパソコンを使いやすくするアプリケーションから生まれる間接的なネットワーク効果はさらに重要です。Macユーザーの数が多いほど、互換性のあるMacアプリケーションへの需要が増え、Macアプリケーションを開発する開発者や開発会社の需要が増えるます。アプリケーション開発はアプリケーション単価を下げ、アプリケーションの種類を増やし、結果としてMacユーザーの利便性を向上します。

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このハードウェア/ソフトウェアの考え方は他のマーケットにも通用します:

  • iPhones(ハードウェア)とiPhoneアプリ(ソフトウェア)
  • Android(ハードウェア)とAndroidアプリ(ソフトウェア)
  • キャッシュカード(ハードウェア)と互換性のあるATM(ソフトウェア)
  • テレビ(ハードウェア)と映画などテレビ番組(ソフトウェア)
  • 電気自動車(ハードウェア)チャージステーション(ソフトウェア)

 それぞれのケースで標準的なハードウェアプラットフォームと、さまざまな補完的なソフトウェアとサービスがあります。

 同じことがWebプラットフォーム自体とWeb上に構築されたすべてのアプリケーションの関係(間接的なネットワーク効果)にも言えます。Webプラットフォーム参加するすべての新規ユーザーはWebアプリケーションの需要を増やし、それがWebアプリケーションの種類を増やし、結果としてユーザーの利益を高める。

 しかし、このような間接的なネットワーク効果はWebプラットフォーム上に構築された2つの補完的なソフトウェア製品の間にも存在する可能性はあるでしょうか?

Webアプリのネットワーク効果を制限する要因:オープンではないAPI

 表面的には写真共有サービスとクラウドストレージサービスは間接的なネットワーク効果を生む要素がありそうです。写真共有サービスの利用増加はクラウドストレージサービスの利用を増やす。写真共有サービスはどこかに写真を保管しなければならないし、クラウドストレージサービスも多くのユーザーを必要とするからです。

 理論的にはクラウドストレージサービスに対する需要の増大は、より多様なクラウドストレージサービスを作り出し、(競争の激化により)価格低下をもたらします。最終的には写真共有サービスの価値が高まります。

 しかし、ハードウェア/ソフトウェアのパラダイムとは異なり、今日のWeb上には「写真共有サービス」や「クラウドストレージサービス」という単一のスタンダードは存在しないということです。

 インスタグラムのような集中化されたプラットフォームは「オープン性」とコア技術とデータの制御間でバランスを取らなければいけません。共有のためのテクノロジー標準は素晴らしいことですが、競合するテクノロジー企業がその研究開発で優位に立とうとしている場合はこんなんです。

 ハードウェアプラットフォームと補完的なソフトウェアで見られる間接的なネットワーク効果とは異なり、オープンではない独自規格のクラウドストレージプラットフォームと写真共有サービスとなっています。彼らはどのように相乗効果を生むことができるのか。彼らは独自のAPIを提供することでそれを実現しようとしています。

 例えばクラウドストレージサービスのAmazon S3独自のAPIを考えてみてください。 Amazon S3とインスタグラムの統合を実現するには二つが直接的につながる必要があります。インスタグラムはAmazonアカウントの作成、サービスの支払い、Amazon独自のAPIにプラグインする新しいバックエンドコードの開発が必要です。インスタグラムが別のクラウドストレージサービス(Google Cloud Platformなど)を必要としている場合も同様にアカウントの作成、サービスの支払い、Google独自のAPIにプラグインする新しいバックエンドコードの開発が必要となります。

 そうすることでアプリケーションのアーキテクチャーは以下のようになるでしょう:

 次に何をしなければいけないか不安になりませんか?さて、Ethereumのようなオープンで分散化されたプラットフォーム上に構築すると、これがどのようになるのかをみていきましょう。

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イーサリアム(Ethereum)はどのように相乗効果の問題を解決するか

 Ethereumはチューリング完全プログラミング言語とステート管理機能が組み込まれたブロックチェーンです。これによりスマートコントラクトと分散アプリケーションを簡単に開発することができます。これにより、より「分散化されたウェブ」を理論上は構築することができます。

 現在のウェブのように、プラットフォームとしてのEthereumとその上で開発されたアプリケーションの間には間接的なネットワーク効果があります。新しいユーザーがプラットフォームに増えるごとに、分散アプリケーションの需要が増えます。これは”Win - Win”です。

 さらにあります。Ethereumでアプリケーションを構築することの優位性はさらにあります。分散化され、承認が不要な性質のため、補完的なアプリケーション同士の相互接続を分け隔てなく行うことができます。

 すべてのアプリケーションが同じ仮想マシン(Ethereum Virtual Machine(EVM))に書き込まれるたため、独自でプロプライエタリなAPIは問題ありません。同じ基本言語(別名:EVMコード)、同じプリミティブ(スマートコントラクト、カウント、アドレス、 トランザクション、メッセージなど)、同じ手数料構造(別名:ガス代)、同じステート検証ロジック(例えば、プルーフ・オブ・ワーク、プルーフ・オブ・ステーク)を利用するからです。

 すべてがひとつの共有標準に基づいて構築されます。

 結果としてEthereumの上に構築された補完的な分散アプリケーションの間に間接的なネットワーク効果が生まれることがわかるでしょう。新しいアプリケーションが追加されるたびに、既存のアプリケーションとシームレスに統合されプラットフォーム上のすべてのアプリケーションの価値が上がります。

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 これらのアプリケーションのいずれかに新しいユーザーが増えるごとに、そのアプリケーションの価値が高まり、プラットフォーム上の他のすべてのアプリケーションの価値が間接的に高まります(シームレスに統合され、相互に恩恵を受けるため)。

 そして、これらの相乗効果ががすべて自動的に発生することが重要な点です。

 分散型ウェブは「直接的なネットワーク効果」による偏った独占的なビジネスプラクティスからEthereum上に構築されたすべてのアプリケーション間で相乗効果が得られる「間接的なネットワーク効果」への移行を促します。これにより選択肢、柔軟性と自由の可能性が広がることを期待しています。

イーサリアム(Ethereum)上の分散アプリの相乗効果の例

 しかしこれは本当に起こるでしょうか? それはすでに起こっています、少なくとも分散アプリの縮図の中では。

 

 まずEthereumのアプリをいくつか見て見ましょう。

  • Golem:Ethereumで構築された分散型プラットフォームであり、コンピューティングインフラストラクチャのマーケットプレイス。誰でも貢献したり購入できる「ワールドワイド・スーパーコンピュータ」
  • Oracalize:外部Web APIとEthereum上の分散アプリケーションとの間のデータキャリア。セキュリティは暗号化証明で強化される。
  • uPort:Ethereum上に構築されたデジタルIDサービス。スマートコントラクトや他のuPortアイデンティティ(ブロックチェーン上でもブロックチェーン外でも)で対話するとき、人物や組織が誰であるかを簡単かつ安全に記述できます。
  • Gnosis:Ethereumブロックチェーンで動作する分散型予測市場。このプラットフォームを使うと個人および企業は将来の出来事(例えば、予想される株式ファンダメンタルズ、価格発見など)を予測することができます。
  • Aragon:Ethereum上に構築された分散管理プラットフォーム。分散サービスとエンティティを管理するさまざまなサービスを提供します。

 それでは現実にどのように自動的な相乗効果がEthereum上で発生するか見てみましょう。

 分散型の保険アプリケーションを構築しているとします。 uPortをエコシステムに追加することで顧客確認(KYC)や電子署名を自分で行うことなくユーザーの身元を確認することができます。同様にEthereumの他のすべてのアプリケーションもuPortが提供す認証サービスから自動的に利益を得ます。uPortを使うユーザーが増えるたびにエコシステム内のアプリケーション全体がユーザー認証をこな得るために、エコシステム全体に利益をもたらします。

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 さらにGolemをエコシステムに追加することで、分散型プラグアンドプレイ計算プラットフォームを使用して、保険アプリケーション内のさまざまなサービスを実行できます。同様にEthereum上にあるすべてのアプリケーションはネイティブで自動的にサービスから恩恵を受けます。Golemを使う新しいユーザー(マシン)が増えるたびに、システムにさらに多くの計算能力が向上、エコシステム全体に利益をもたらします。

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 Gnosisを追加することでプラットフォーム上の借り手が債務不履行となるような市場の不確実性を予測することができます。この場合も同様にEthereum上に構築された他のすべてのアプリケーションがGnosisの市場予測の恩恵を受けます。Gnosisのユーザーが増えるごとに、予測プラットフォーム市場をよりよくし、エコシステム全体に利益をもたらします。

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 Oracalizeを追加することで外部情報を取得できるようになります。この場合も同様にEthereum上に構築された他のすべてのアプリケーションが恩恵を受け、外部情報を取得できるようになりました。

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 Argonは素早く安価で公正な方法で保険金請求を処理することを可能にする投票型の管理システムです。この追加によりEthereumの他のすべてのアプリケーションはArgonの管理システムをシームレスに使用できます。プラットフォーム上にArgonユーザーが増えるごとに、サービスはより改善され、エコシステム全体に利益をもたらします。

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…という感じで続いていきます。

 これらの統合はすべてバックエンド、支払いモデルやAPIなどへの独自なインテグレーションなしにシームレスに行うことができます。

 これは実際に可能なことの一部であり、小さな縮図でしかありません。これらの自動的な相乗効果には無限の可能性があります。

Ethereumの皮肉:摩擦を排除することは独占を困難にする

 逆を言えばEthereumでは直接的なネットワーク効果をもたらす巨大なビジネスを構築することがはるかに難しくなるということです。ラディカルに合理化されたエコシステムは代替サービスへの切り替えコストを大幅に削減します。エンドユーザからみてもあるサービスから別のサービスへ切り替えるのは簡単になります。Ethereumプラットフォーム上にあり、任意のアプリケーションで機能するEthereumのアカウント/アドレスを持っているだけでいいのですから。

 この記事の冒頭で説明したLinkedInの例とは異なり、サービスの周りに「堀」を作成するのは難しくなります。独自のパズルのような規格がなくなるからです。現実世界の企業がEthereumを選ぶ際に、この「独占への抵抗」の仕組みがどのように発揮されるのかはこれから注目していきましょう。

 その結果にかかわらず、私は個人的にもアプリケーションだけでなくユーザーも摩擦がほとんどない状態で価値を生み出すことができるシステムの可能性に期待しています。

解説

ブロックチェーンの可能性については色々と議論されています。しかし、多くの人のイメージはビットコインを実現した技術の一つくらいの認識なのではないでしょうか?同じように「ネットワーク効果」もなんとなくしか理解できていない言葉の一つのような気がします。

この記事はPreethi Kasireddy氏(Mercury Protocolの共同開発者兼エンジニア、元Coinbase、アンドリーセン・ホロヴィツ、ゴールドマン・サックス)がイーサリウムの分散アプリケーションによるネットワーク効果と相乗効果をわかりやすく解説した"The Synergies Gained from Building on Ethereum’s Decentralized App Ecosystem"の翻訳です。

実を言うとブロックチェーンに関してはビジネス側の期待の方が大きく、開発者の方が「ハイプ」と感じる人が多い印象です。この記事はエンジニアの視点からブロックチェーンが具体的にどのようにネットワーク効果を生み出すのかを非常によくまとめられています。なるほど、相乗効果って間接的なネットワーク効果と考えればいいのね。

カタパルトスープレックスなかむらかずや

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