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映画『ある男』レビュー|石川慶監督が描く「偏見と差別」をめぐるミステリー

2022年公開の『ある男』は、平野啓一郎の同名小説を原作に石川慶監督が手がけたミステリー映画です。複雑な人間関係や社会的なテーマを扱いながら、他者との関わりや「本当の自分」をめぐる問いを描いています。謎解きの要素を含みつつ、深刻な社会問題をテーマにした本作は、注目すべきポイントが多い一作です。

 

あらすじ|幸せな結婚生活に隠された夫の正体

主人公は、幼い次男の死をきっかけに夫と離婚し、文具店の店長として働く谷口里枝(安藤サクラ)。彼女は、谷口大祐(窪田正孝)と再婚し、新たな幸せを見つけます。しかし、大祐は仕事中の事故で突然命を落としてしまいます。

夫を失った里枝が大祐の家族と会った際、衝撃的な事実が発覚します。家族は遺影を見て「彼は大祐ではない」と言うのです。では、彼は誰だったのか?その謎を解き明かすため、弁護士の城戸章良(妻夫木聡)が調査に乗り出します。

テーマ|「偏見と差別」を問いかける物語

本作のテーマは「偏見と差別」です。探偵役である弁護士・城戸章良は、在日韓国人のバックグラウンドを持ち、帰化して日本社会で生活しています。彼が謎を追う過程で浮かび上がるのは、死んだ「谷口大祐」の裏に隠された過去と、日本社会に根付く偏見や差別の構造です。

また、「他人の人生を生きる」という設定は、自分のアイデンティティや他者との関わり方を考えさせるものです。人間がいかに社会的なラベルによって評価されるか、そしてそれを乗り越えることができるのかが物語の根幹を成しています。

キャラクター描写|深みに欠ける部分が惜しい

里枝を演じた安藤サクラは、母としての優しさや、夫の正体を知った後の戸惑いを繊細に表現しています。一方で、窪田正孝(大祐)や妻夫木聡(城戸)は、美しいビジュアルが際立つものの、キャラクターとしての深みが不足している印象です。彼らが抱える過去の重みや、乗り越えてきた過酷さが十分に伝わらないため、物語全体の説得力に欠ける部分があります。

ストーリー展開|設定の良さに対し物足りない謎解き

「彼は誰なのか?」という謎を追う設定自体は非常に魅力的です。しかし、謎が解けるごとに観客が「驚き」よりも「納得」止まりになってしまう展開が続きます。「そうだったのか!」といった驚きや感情的な衝撃が不足しており、ミステリーとしてのスリルや緊張感に欠ける印象です。

また、人物描写や背景の掘り下げがもう一歩足りないため、テーマやキャラクターの魅力を最大限に引き出すことができていない部分も感じられます。

まとめ|「深み」に欠けるも社会派ミステリーとしての価値あり

『ある男』は、「偏見と差別」というテーマを軸にした設定が秀逸で、現代社会に一石を投じる作品です。一方で、キャラクター描写やストーリー展開における深みの不足が惜しまれる部分でもあります。

社会問題をテーマにしたミステリー映画や、人間のアイデンティティを問いかける作品が好きな方にとっては、十分に楽しめる一作です。とはいえ、もう少し感情を揺さぶる要素や、ストーリーの緊張感があれば、さらに強い印象を残す映画になったのではないでしょうか。

ある男

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