前著『デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する』が日本でも翻訳出版されたカル・ニューポートの新著"A World without Email"は最近再び注目されつつあるeメールがテーマになっています。少なくとも英語圏ではHeyのような新しいメールサービスに人気が集まったり、ニュースレターが再び脚光を浴びて多額の投資を手に入れるスタートアップ が出てきたりしています。最近ではTwitterがSubstackを買収して話題になりましたよね。
A World Without Email: Reimagining Work in an Age of Communication Overload
- 作者:Cal Newport
- 発売日: 2021/03/02
- メディア: Audible版
しかし、本書"A World without Email"はeメールだけでなく、Slackなどを含めた非同期コミュニケーション手段全般を取り上げています。カル・ニューポートは以前に『大事なことに集中する(原題:Deep Work)』を出版していますが、本著はそのアップデート版であり実用書でもあります。
大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法
- 作者:カル・ニューポート
- 発売日: 2016/12/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
まず、カル・ニューポートのポジションを確認しましょう。カル・ニューポートはナレッジワークは2つに分類されると言います。一つはワークエクセキューション、もう一つはワークフローです。ワークエクセキューションが実際の価値を生み出します。「ディープワーク」とは価値を生み出すワークエクセキューションに集中することを指します。
一方でワークフローは価値を生み出すために調整することです。メールやチャットでのやりとりがまさにワークフローです。まあ、実際に会議ばっかりしている人いますよね。メールがインボックスにすごく溜まってると嘆く人(さりげなく忙しいとアピールする人)もたくさんいます。カル・ニューポートに言わせれば、会議やメールのやり取りに忙しい人は、価値を生み出す活動をあまりしていないことになります。ボクもそう思うんですよね。会議やメールで忙しい人は生産性の悪さを恥じ入るべきだと思います。
ナレッジワーカーのコンセプトを提唱したのはピーター・ドラッカーです。よく、「自律的に働く人材」と言いますが、この自律的な人材もドラッカーが考えるナレッジワーカー像でした。ナレッジワーカーは高度に専門的なプロフェッショナルなので、働き方は個人に委ねて自律性を尊重すべきだとしました。カル・ニューポートはドラッカーが示した「自律性」はワークエクセキューションであり、ワークフローではないと指摘します。メールやチャットなどの不定形で非同期のコミュニケーションは自律性は高めますが、生産性は低下させます。
なぜ、メールやチャットは生産性を低下させるのか?まず、単純にボリュームが多い。CCを含め、たくさん宛先を指定できるので、気軽に多くの人に情報を配信できてしまいます。さらに、不定形なコミュニケーションなので、アクションアイテムが明確ではありません。これを解決するためには情報のオーバーロードを最小化するアプローチが必要となります。
次に、時間が分断されワークエクセキューションに集中する時間が細切れになります。これも生産性の低下につながります。メールやチャットをチェックするのが習慣化してしまい、集中力が長く続かなくなってしまう。集中力が分断化されると生産性が低下するのは様々な研究結果からもわかっています。これを解決するためのアプローチはコンテキストスイッチの最小化です。
情報のオーバーロードを最小化する、 コンテキストスイッチを最小化する。この二つを具体的にどうしたらいいのか?本書の後半はその具体的な方法を提示しています。カル・ニューポートって理論家ではなく、実践者なんですよね。だから、どうしてもハウトゥー本になってしまう。まあ、それが彼の良さなんでしょうが。
彼が提案している非同期コミュニケーションの罠から脱出する方法の中で二つはボクもすでに実践していました。
一つはプロジェクト管理ツールの活用です。何か具体的なアクションアイテムがある場合、プロジェクト化した方が効率的ですし、プロジェクトであればプロジェクト管理ツールを使った方がいい。例えば新入社員の受け入れ。PCやスマホの手配やトレーニング。やることがいっぱいありますよね。だとしたら「新入社員受け入れプロジェクト」としてやることリストをTrelloなどで管理した方がメールでやり取りするより数倍効率的です。
カル・ニューポートはスクラムやXPなど、アジャイルの手法を普段の仕事に取り入れることも提案しています。ボク自身は開発プロジェクトで日常的にスクラムを実践しているので、これも理解できます。プログラマーならコードを書くことに集中して欲しいし、デザイナーならSketchやPhotoshopでどんどんUIを作って欲しい。ミーティングなんて朝会の15分で十分。進捗なんてJiraを見れてばわかるもの。ああ、そう言えば、そろそろZenHubに移行しようと思ってたんだ。
ボクがまだ実践していないカル・ニューポートの提案の一つが人力アシスタントの活用です。これは実践してみたいと思いました。コンピュータのおかげで様々な業務が簡単になりました。そのため、バックエンド業務のセルフヘルプ形式が増えました。例えば経費精算。多くの社員は経費清算の作業を自分でやってますよね。しかし、そのために失われる生産性を考えれば、実際は給料が安いスタッフがやったほうが安い。自分がやるべきことじゃないのは、アウトソースしたほうがいい。ディゲーションが大事。
もう一つ実践してみたいと思ったのがワークタイム制です。これはBasecampが実践している方法で『NO HARD WORK!』でも紹介されている方法です。ワークタイムとは他の人が自分にコンタクトできる時間です。つまり、コミュニケーション(=ワークフロー)に使う時間を限定して、残りの時間を実際の価値を生むワークエクセキューションに使うやり方です。
カル・ニューポートの書籍は実践的なことが多く書かれているので、ハウトゥー本として低くみられたりします。でも、理論より実践。具体的なハウトゥーの方が役に立つこともあるんですよね。