カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|セリフと音の不在が不安を生む|"Bait" by Mark Jenkin

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今年はコロナ禍で生活のリズムが変化したために読書が減り、映画鑑賞が増えました。さすがに今年も後半になり、書評があまりに少ないことに気づき、大急ぎでたくさんの本を読みました。おかげでだいぶ読書もキャッチアップできた感じです。そして、ふと気がついたんです。あれ?今年は映画評をたくさん書こうと思ってたのに。しかも、日本では未公開映画の。というわけで、今年も残り少ないですが、映画評もキャッチアップしていきたいと思います。

今回紹介するのはイギリス映画"Bait"です。監督はイギリスですでにドキュメンタリーなどを中心に多くの作品を手掛けているマーク・ジェンキン監督。ストーリーは単純で、セリフもあまりありません。セリフによる説明がほぼありません。それなのに(だからこそ)、この作品が生み出す緊張感は尋常ではありません。

Bait [Dual Format] [Blu-ray]

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  • メディア: Blu-ray

舞台は観光化しつつある漁港コーンウォール。地元民と新しく来た観光業の対立がメインのストーリーです。元々いた漁師を代表するのがマーティン(エドワード・ロウ)です。マーティンの兄のスティーヴン(ガイルズ・キング)は漁業を諦め、漁船で観光客のためにツアーで生計を立てます。一方で観光業の代表が"Skipper's Cottage"を経営するリー一家です。

撮影はボレックスの16ミリカメラ(上の写真)で撮影されています。これがこの作品の大きな特徴の一つを生み出しています。家庭用のビデオカメラは8ミリカメラが多いのですが、ボレックスは家庭でも使える16ミリ映画カメラとして普及したのだそうです。マーク・ジェンキン監督が使ったカメラは録音機能がなかったため、セリフなど音声は後からアフレコをあてました。これが二つ目の特徴的な効果を生み出しています。

二つの特徴的な効果とは……

  1. 編集とモンタージュ
  2. 効果的な音の使い方

……です。

この作品はかなり独自の編集とモンタージュで構成されています。カットアウェイともジャンプカットとも違う。大事なシーンでは時系列や場所がバラバラになります。しかし、支離滅裂ではない。何が起きているのかはわかる。

ボクは独りよがりで自己満足な前衛表現は大嫌いです。この作品で使われている独自の編集は決して監督の独りよがりではない。ちゃんと観客に伝えたいことがあるから、あえてそうしているんだと思います。だから、ボクみたいな前衛表現が苦手な人間にもちゃんと伝わる。

特に独自のモンタージュが使われるのは漁師の代表であるマーティンと観光業の代表であるリー夫婦が交わる時なのです。この独自の手法で緊張感を高めている。観客を不安にさせるんですよね。最初はそれほどストレスではないのだけれど、それが続くとどんどんストレスが蓄積される。これがこの作品独自の緊張感を生み出しているんだと思います。

この作品にはほとんど音がありません。かすかに波の音、かもめの鳴き声が聞こえる程度です。バーでは音楽がかかりますが、それも作品ではかなり抑えられているので、どんな曲かまでは判別できません。

この作品は「存在」よりも「不在」が重要な意味を持つ映画です。「何があるのか」ではなく「何がないのか?無くなったのか?」が大事です。例えばコーンウォールの漁業です。人の存在よりも人の不在の方がより大きな意味がある。その象徴が音なんだと思います。音がない世界。それがコーンウォールです。釣餌は何か?その釣餌の罠にハマっているのは誰か?