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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|普通であることが凄い映画|"Chained for Life" by Aaron Schimberg

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今回紹介するアーロン・シムベルク監督作品"Chained for Life"は「普通であることが凄い」非常に稀有な映画です。何がそんなに凄いのか、ネタバレにならない程度に解説したいと思います。ぜひ日本でも公開してほしい!

まず、"Chained for Life"は映画として非常に優れています。とても印象的な長回しを使います。そして、劇中劇のフォーマットを使いながら、それが多重に折り込まれて境界線を曖昧なものにしています。どこまでが「劇」で、どこまでが「劇の中の劇」なのか。さらに、誰の劇なのか。そう、「劇の中の劇」が複数存在するのです。単に物珍しい映画ではなく、映画としてとても良くできています。

テーマとストーリーは非常にシンプルです。テーマは「美しさとは」です。ストーリーも一編の映画を作り上げるまでです。たったそれだけです。普通でしょ?インディー作品にありがちな、難解な「アート映画」でもありません。『サタンタンゴ』もそうですが、すごい映画ってシンプルでスゴイんですよ。

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では、なんで「普通であることが凄い」のか?それは登場人物たちです。

主演の一人であるアダム・ピアソン(写真右側)は俳優です。そして、神経線維腫症という難病のために顔が著しく変形しています。そう、一般的に「奇形」と言われる人です。英語ではデフォーミー(Deformies)です。上の写真は特殊メイクではないのです。本人そのまま。ちなみに、写真左側は双子の兄弟のニール・ピアソンです。多分、ニール・ピアソンもこの映画であの役で出てるよなあ……

人気テレビドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』でティリオン・ラニスターを演じたピーター・ディンクレイジはデフォーミー(奇形)にとって普通に扱われる役を演じた一つのブレイクスルーでした。しかし、それ以前の映画に出てくるデフォーミーたちはフリークスでした。つまり、怪物です。古くはトッド・ブラウニング監督の1932年に公開された作品『フリークス』があります。そして、デフォーミーを題材にした最も有名な映画はデヴィッド・リンチ監督の1980年公開作品『エレファントマン』でしょう。

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 『フリークス』も『エレファントマン』でもデフォーミーは虐げられる存在です。奇形ではない「普通の」人たちとは対等ではない。『エレファントマン』のメッセージは「それでも彼らだって人間だ」だとは思いますが、その時点で対等ではない。『ゲーム・オブ・スローンズ』のティリオン・ラニスターだって、強力なラニスター家の一員だから対等以上に扱ってもらっています。そうでなかったらあのように振る舞うことはできなかったでしょう。ラニスターは借りを返しますから。アダム・ピアソンが出演した前作の『アンダー・ザ・スキン』も普通に接してもらえた理由ってあれですものね。

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しかし、"Chained for Life"でアダム・ピアソンが演じるローゼンタールは本当に普通の存在です。もちろん、デフォーミーであることは認識されています。認識されていて、かつ普通なんです。ローゼンタールも人と違うことは認識し、そのために不自由であることは認めつつも普通に暮らしています。そして、観客はそこに若干の違和感を感じつつ、話が展開されるのをひたすら見守るしかないわけです。観客はまだその世界に住んでいないのですから。

アダム・ピアソンは俳優であり、デフォーミーへのイジメに反対する活動家でもあります。人を見た目で判断して差別することをルッキズムといいます。"Chained for Life"の世界ではルッキズムは存在しません。違いは認めつつも、差別はない世界なのです。実際の世界でアダム・ピアソンが活動家として目指す世界なんですよね。それはとても穏やかな世界で、映画自体もルッキズムに対する社会批判みたいな安易な体裁にもなっていないのです。そこも凄いなと思うのです。そして、この映画が本当に「普通の映画」になる日は来るのだろうか。

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