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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|進化は野蛮で自然は優しい|"Civilized To Death" by Christopher Ryan

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世の中には楽観主義者と悲観主義者の両方いて、楽観的な意見と悲観的な意見を喧々諤々やっています。スティーブン・ピンカーが楽観主義者の代表だとしたら、今回紹介するクリストファー・ライアンは悲観主義者の代表かもしれません。どちらかの意見が決定的に間違ってはいません。様々な異なる意見に耳を傾けるべきでしょう。

クリストファー・ライアンは日本では『性の進化論』がすでに翻訳されて出版されています。今回紹介する"Civilized to Death"は一般的に信じられている「進化はよいもの」に疑問を投げかけ、文化人類学や生物学など様々な観点から検証しています。

Civilized to Death: The Price of Progress

Civilized to Death: The Price of Progress

  • 作者:Christopher Ryan
  • 出版社/メーカー: Avid Reader Press / Simon & Schuster
  • 発売日: 2019/10/01
  • メディア: ペーパーバック

進化の出発点は狩猟から農業への移行です。農業から文明が生まれます。狩猟生活は文明以前の野蛮な生活だと信じられています。クリストファー・ライアンは、まずこの一般的に信じられている進化の出発点から検証をはじめます。文明のはじまりと農業の起源に光を当てた本で有名なのはジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』とユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』ですよね。それらの研究からなんとなくわかっているのが、農業は人類が積極的に選んだわけでなく、環境の変化で仕方なく移行したことです。

狩猟生活は環境変化に弱いのですが、環境が安定している時は労働時間も少なく、健康な生活でした。むしろ、農業生活の方が労働時間も長いし、疫病なども農業生活からです。また、クリストファー・ライアンによると文化人類学の研究成果から狩猟生活には三つの素晴らしい特徴があるとしています。

平等主義:特定のリーダーはいない。男女間の差別もない。

移動の自由:そのグループに馴染めなければ、別のグループに参加できる。

自然への感謝:食物を提供してくれる自然へ感謝。農業にとって自然はコントロールしなければいけない恐怖の対象。

文明にとって自然はコントロールしなければいけない対象になりました。クリストファー・ライアンはそれを動物園に例えます。文明とは自分たちのために動物園を作ったようなものだと。本当の自然は野蛮で過酷だが、自分たちの住む動物園はコントロールされて住みやすい。それが文明後のパラダイムとして信じられています。例えば、ホッブス、マルサス、ダーウィンやドーキンスなど(それぞれの分野で素晴らしい仕事をしていることは認めつつも)自然は敵で文明が味方という概念に閉じこもってしまっているとクリストファー・ライアンは言います。しかし、文化人類学的にそのような考え方は正しくない。

読んでいて面白いと思ったのが思春期について。そもそも「思春期」という言葉はなく、比較的最近の現象なのだそうです。不安定な時期。不安定といえば、ADHDの症状もこどもとしては普通なのだそうです。だから、12月に生まれた子供は1月に生まれた子供より30%多くADHDと診断される。ADHDの薬は子供の周りの環境を変えず、子供の脳内物質を変える試みだとクリストファー・ライアンは言います。そういえば、マルコム・グラッドウェルの『天才(本当にこのダサいタイトルなんとかならないか?)』にも似たような話が出てきましたよね。

この本はどんな人にオススメか

クリストファー・ライアンは科学者というよりは文筆家なんだと思います。比べて良いものかわかりませんが、マルコム・グラッドウェルみたいな。興味のある分野を深掘りしてストーリーを作り上げる。多くの科学者が一般へのアピールが上手いわけではないので、彼らのような存在は貴重です。進歩って本当に素晴らしいの?と考えてみる機会も必要だと思います。

ただ、その問い「進歩って本当に素晴らしいの?」に答えたがあったとして、何か具体的な解決方法があるわけでもないのですけどね。おそらく言いたいことは「アメリカ人のように必死に働かず、ヨーロッパ人のように気楽にいこうぜ」なので、同じメッセージの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を観た方がいいかなあ。日本人はどちらかといえば(ヨーロッパ人ではなく)アメリカ人っぽいメンタリティーですしね。

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ(字幕版)

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ(字幕版)

  • 発売日: 2016/09/28
  • メディア: Prime Video