カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|現場のiPhone開発者が見たAppleの創造力の源泉とは?|"Creative Selection" by Ken Kocienda

f:id:kazuya_nakamura:20190113115854p:plain

Appleの株価は2018年8月に米国史上初の時価総額が10億ドル(1000億円)を超えました。そして、同年10月をピークにして、2019年1月にはアメリカで一位から三位まで転落してしまいました(一位はアマゾン、二位はマイクロソフト)。

Appleの想像力の源泉と言えばスティーブ・ジョブス。Appleの洗練されたデザインを生み出したとされるのはジョナサン・アイブ。おそらく、ここくらいまではテクノロジー分野に興味がある人ならわかるでしょう。Appleについて少しは詳しい人ならiPodの生みの親のトニー・ファデルやiPhoneの生みの親のスコット・フォーストールも知ってるでしょう。そして、それを業務面で支えたのが現CEOのティム・クックでした。

でも、実際には彼らだけでiPodやiPhoneが生み出されるわけではありません。彼らは確かにビジョンを描き、その実現のためにチームを牽引しました。iPodやiPhoneレベルのイノベーションは小さなイノベーションの集まりです。その小さなイノベーションを実現するのは世には知られることのない名もなきデザイナーでありエンジニアです。今回紹介する書籍"Creative Selection"はAppleのエンジニアとしてSafariブラウザ、iPhoneとiPadのソフトキーボードの開発をしたケン・コシエンダが自らの経験をモノローグとして語っています。

Creative Selection: Inside Apple's Design Process During the Golden Age of Steve Jobs

Creative Selection: Inside Apple's Design Process During the Golden Age of Steve Jobs

iPhoneの開発を指揮していたのはスコット・フォーストール。初代のiPhoneは「パープル」というコードネームで少数のエンジニアが一般の社員からは隔離されて開発していました。ちなみに、iPadのコードネームは「K48」でした。

創造は取捨選択の連続となります。いきなりいいものが出来たりはしない。試行錯誤をしながら徐々にいいものに仕上がっていく。Googleに代表されるシリコンバレーの企業は科学的な手法で取捨選択をします。代表的なのはABテスト。AとBを比べて、量的に優れた方を選択する。これは人工的な取捨選択です。

ケン・コシエンダはAppleの開発スタイルはGoogleのような人工選択ではなく、自然淘汰だと感じたそうです。タイトルとなっている"creative selection"は創造的淘汰は自然淘汰のことなんですね。そして、その創造的な自然淘汰を支えているのが以下の7つの要素。

  • 刺激(inspiration)
  • 共同作業(collaboration)
  • 技巧(craft)
  • 勤勉(dilligent)
  • 決断(decisive)
  • 趣味のよさ(taste)
  • 共感(empathy)

Appleで成功するチームはこの要素を持ち合わせているそうです。ケン・コシエンダが担当していたソフトウェアキーボードもアイデアをのグレッグ・クリスティ(Human Interfaceチームの責任者。後にジョニー・アイヴとの対立でAppleを去る)やバス・オーディン(iPhoneのUIに大きな影響を与えたデザイナー)といった多くの人たちとのコラボレーションによって徐々に磨きがかかっていきます。Appleの開発は秘密主義で有名なので、ユーザーでテストすることはできない。必然的にGoogleのような科学的なアプローチは限られているんですね。

エンジニア達が作り上げた動くプロトタイプを初代iPhoneの開発責任者だったスコット・フォーストールがジョブスに見せていいかどうかを見極める。そして、最終的にはジョブスの判断。全く科学的ではない。これはヒューリスティックなアプローチとアルゴリズミックなアプローチかの違いでもある。AppleはよりヒューリスティックでGoogleはよりアルゴリズミック。どちらが「いい/悪い」のような二元論ではなく。単に違う。

ティム・クックになってAppleから創造力が失われました。AppleやGoogle、Microsoftのような大企業の場合、一人の人間ができることは限られています。それはスティーブ・ジョブスであろうと、現在のMicrosoftを引っ張っているサティヤ・ナデラであろうと同じです。企業のトップができるのはその組織に方向性を示して、人材がその力を発揮できるようにすることです。つまり、リーダーシップとタレントです。この本を読んで、優秀な人材はどこにでもいて、それを活かすも殺すもリーダー次第なんだなあと強く感じました。

この本はどんな人にオススメか

もちろん、Apple信者にはオススメです。あと、開発でヒューリスティックなアプローチを取り入れたいと考えている人にも参考になるかもしれません。多分、日本人にとってはGoogleのようなアルゴリズミックなアプローチより、Appleのようなヒューリスティックなアプローチに親近感を覚えると思うんですよね。どっちがいいというわけではないのですが。