テクノロジー系の捜査といえば暗号化通貨と闇サイトを扱った書籍が多かった。この前紹介したアンディー・グリーンバーグによる『Tracers in the Dark』もそうです。
今回紹介するジョセフ・コックスによる『Dark Wire』が扱うテーマは携帯電話の暗号化されたテキストメッセージ。2021年6月7日、世界18カ国で同時に行われた大規模な警察の摘発作戦です。12トンのコカイン、22トンの大麻、300以上の銃器が押収され、800人以上が逮捕されました。これを成功させたのはFBIによる偽装通信アプリ、「Anom」(トロイの盾作戦)がありました。著者であるジョセフ・コックスはジャーナリストが立ち上げた独立系メディアの404 Mediaの共同創業者のひとりですね。
2000年代初頭、犯罪組織はBlackberryを改造した特殊な暗号化端末を使っていました。遠隔でデータを消去できる機能や、海外サーバーを経由したメッセージング機能など、プライバシーを重視する犯罪者のニーズに応える専門企業が次々と登場していきます。最初のBeStealthはOperation Candystormでつぶすことができた。しかし、そのあとを埋めるようにGhost Secureが出てきてしまう。暗号化通信端末は非常に利益率の高いビジネスとして、他にも出てきた。Ghost Secureの次のターゲットとなったSkyのように。Signalなどのアプリは無料で犯罪組織以外のユーザーも使うが、暗号化端末は非常に高価で特定のユーザーしか使わない。
イタチごっこなので、そこでFBIは犯罪者向けの暗号化通信会社「Anom」を自ら立ち上げることにする。本書によれば、その契機となったのは、既存の暗号化通信サービスの開発者の一人を情報提供者として獲得できたことだった。この人物の協力を得て、すべての通信をFBIに中継する仕掛けを施したアプリを開発。オーストラリア警察と協力し、犯罪組織に密かに配布をはじめた……という話です。
「言うは易く行うは難し」でこれは本当にスゴい。すでにSky ECCやEncrochatなど強い競合がいる中に入っていかなければいけない。ふつうに優れたスタートアップビジネスにしなければいけない。優れた製品、優れたサポート、優れた販売網がなければいけない。これをゼロから作るって、FBIのバックアップがあるとはいえ大変なことですよ。FBIだってビジネスのプロではないのだから。ちゃんとユーザーニーズに合った機能をわかりやすいUIで提供しないといけない。これをしっかりやって競合に割り込んでいくというのはスゴい。
近い例でいえば『Tracers in the Dark』でも紹介されているHansaがあります。ダークウェブの闇取引所の大手であったSilk RoadとAlphabayが閉鎖に追い込まれる中、三番手だったHansaが人気になっていた。しかし、このHansaも捜査機関の手に落ちていた。オランダ警察はHansaを閉鎖せず、こっそり自分たちで運営していた。犯罪組織のプラットフォームを警察が運営するといういいではAnomと同じ。ただ、この場合は既に人気だった闇取引所を引き継いでの運営でした。Anomはゼロから立ち上げたのだから大したものです。
そして、Anomはあまりにも人気になりすぎてFBIの手に負えなくなってくる。自分たちの成功に押しつぶされてしまいそうになる。捜査機関が令状もなしに通信を傍受していいのか?それはどこまで許されるのか?という問題はもちろんあります。FBIが運営していたにもかかわらず、アメリカ本土では法的問題で使えなかった。印象としてはプライバシーに厳しいヨーロッパのほうが自由にできてしまうのはなかなか興味深くはあります。ただ、本書はそのような倫理的な問題を問いかけというより、ビジネス素人の捜査機関が人気サービスを立ち上げちゃて、それ故にどんどんつらい立場になっていくそのさまが面白い。
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