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『どうすればよかったか?』映画レビュー|家族の愛と鎖を問いかける20年のドキュメンタリー

藤野知明監督が20年もの歳月をかけて撮影したドキュメンタリー『どうすればよかったか?』(2024年)は、家族というテーマに深く切り込み、人間関係の中に潜む愛と歪みを描いた傑作です。本作は、観る者に「家族とは何か」という問いを投げかけ、答えのない葛藤を共有させます。監督の個人的な視点から描かれる一連の出来事は、家族に寄り添う優しさと同時に、その絆の持つ危うさを炙り出します。

あらすじ|家族の中で交錯する愛と葛藤

藤野知明監督の家庭は、医学者の両親を持つエリート一家でした。長女である姉は優秀で、医学部に進学しますが、やがて統合失調症を発症します。映画は、姉の異常が発覚した当初の音声記録から始まりますが、その叫び声は痛々しく、人間の根源的な苦しみを表しています。

しかし、両親は精神科を受診させることを拒否し、姉を家に軟禁状態にしてしまいます。医師であり研究者でもある両親が、なぜ専門家としての判断を下さなかったのか。疑問と憤りを抱いた弟である藤野監督は、カメラを手に家族の日々を記録し始めます。20年をかけた撮影は、家族の絆が守りであると同時に縛りでもあることを浮き彫りにします。

テーマ|家族の絆と「愛の鎖」

本作のテーマは「家族」であり、その絆が持つ両義性です。家族の愛は、支え合うための力になる一方で、時に縛る鎖として機能します。本作では、両親の愛が姉を守ろうとする行動に表れますが、その行動は結果的に姉の自由を奪い、さらなる苦しみをもたらします。

「家族の鎖」は歪なものにも見えますが、それを歪と断じることの難しさも作品は問いかけています。愛ゆえの行動が生んだ状況に、果たして他者が「正しさ」を提示する資格があるのか。本作は、「どうすればよかったか?」というタイトル通り、結論を出すのではなく問いを投げかけ続けます。

キャラクター造形|20年間に及ぶ記録が映す家族の真実

映画の中心にいるのは、監督自身とその姉、そして両親です。監督は当初、「怒り」や「憤り」を原動力にカメラを回し始めます。なぜ、両親は医学的な知識を活かさず、姉を治療しないのか。その疑問は両親との会話を通じて何度もぶつけられますが、話は平行線を辿ります。

両親の行動や発言からは、家族を守るという信念と、それがもたらす苦悩が浮かび上がります。姉は外出を禁じられ、玄関には鎖がかけられる状況に置かれますが、そこにあるのは単なる抑圧ではなく、「愛」が根底にある行動です。この矛盾が観る者を揺さぶります。

映画技法|20年を貫くリアリズムと構図の美

『どうすればよかったか?』は、監督が20年間にわたり記録し続けた膨大な映像をまとめた作品です。そのため、画面には年月の流れが映し出され、家族の変化が如実に感じられます。荒削りな映像の中に、観る者が息を飲む瞬間がいくつも存在します。

また、荒涼とした季節感や、閉ざされた空間の描写は、家族の葛藤を象徴する役割を果たしています。カメラが被写体に近づきながらも一定の距離を保つ撮影手法が、家族への監督の複雑な感情を体現しており、非常に巧みです。

まとめ|家族の絆と問いかけの物語

『どうすればよかったか?』は、家族というテーマに正面から向き合い、その矛盾や複雑さを観る者に突きつける作品です。愛と苦しみが交錯するこのドキュメンタリーは、観客に「家族とは何か」「正解はあるのか」という深い問いを残します。

20年間にわたる記録が映し出すのは、単なる一家庭の物語ではなく、誰にでも起こり得る普遍的な問題の縮図です。答えのない問題を共有するこの作品は、ドキュメンタリーの新たな地平を切り開くものであり、必見の一作と言えるでしょう。


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