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書評|それでも世の中は良くなっていると言い続けないければいけない理由|"Enlightenment Now" by Steven Pinker

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色々な事件が毎日のように起きます。世の中は良くなっているのか、悪くなっているのか?悪くなっているのだとしたら、進歩って意味があるのか?そういうことを考えたことがある人は少なくないのではないでしょうか。あのイーロン・マスクですら運命論者になってしまうくらいなんですから。

今回紹介する認知科学者でベストセラー作家のスティーブン・ピンカーの新著"Enlightenment Now"は世の中は良くなっているし、進歩は良いことだという立場を取っています。

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

 

日本も世界も自信をなくしている

日本は失われた20年なんて言われるくらい最近はいいことがありません。オリンピックの後はどうなっちゃうんだろう?失われた30年に突入するんじゃないかなんて言う人もいます。東芝やシャープのような大企業もおかしなことになってしまってるし。自信をなくしちゃってるんですね。

実はアメリカも同じです。スタイルは違いますがオバマ前大統領のスローガンである"Yes, We Can"とトランプ現大統領の"Make America Great Again"は共通項があります。自信をなくしたアメリカから自信を取り戻そうということです。ただ、残念ながらオバマ元大統領も完全にアメリカの自信を回復させるには至らず、トランプ現大統領は迷走を続けています。むしろ、さらに自信をなくしてしまったのではないかというくらいです。

ヨーロッパもさほど変わりません。イギリスのEU離脱はヨーロッパ全体が抱える閉塞感を表しています。世界的に見て「世の中は良くなっている」という感覚を持っている国って大きなところだと中国くらいじゃないでしょうか。

なぜ、世の中は良くなっていると言い続けないければいけないのか

そういった悲観的な世論に疑問を投げかける、前向きな姿勢の書籍が現れはじめています。昨年のベストセラー『その「決断」がすべてを解決する』は「クソは道端にたくさん落ちているが、どうせ踏むならいいクソを踏もう」と訴えます。

最近だとハンス・ロスリングのベストセラー"Factfulness"が代表例です。「世界はまだ悪いこともあるが、全体から見ればよくなっている」ことをデータで説明しています。なぜ、世の中は良くなっていると言い続けないければいけないのか?それは、世の中は実際に良くなっているからです。

そして、スティーブン・ピンカーの"Enlightenment Now"はこの流れをくむ新しいベストセラーということになります。おいおい、実際に世の中はよくなってるんだぜ。ちゃんとよく見ろよ、よく見てみろよ。ハンス・ロスリングも言っていますが、多くの人が悲観的な見方をするのは認知バイアスのせいです。人間がチンパンジーより頭が悪いからではありません。認知バイアスは認知科学を専門とするスティーブン・ピンカーからするとどうしても一言言いたい分野ですね。実際にこの本で何回もハンス・ロスリングは参照されています。

"Enlightenment Now"でピンカーが言ってることを簡単にまとめると「世の中はよくなっている。それは理性、科学、ヒューマニズムと進歩のおかげ」です。ハンス・ロスリングは事実を提示しましたが、ピンカーはそれに理由づけをしています。

で、「理性、科学、ヒューマニズムと進歩」ってなに?

本のタイトルにあるEnlightenmentってなんでしょう?日本語では啓蒙思想ですが、よくわからないですよね。英語で「それ、よくわからないから教えてよ!」というときに"Enlighten me!"と言うことがあります。啓蒙思想が生まれる前の中世を暗黒時代と言ったりします。暗闇を照らし出す光だからEnlightenmentです。

啓蒙思想を簡単にいえば科学と民主主義の土台です。ニュートンやガリレオなどの科学革命とジョン・ロックやホッブスからなる民主主義の系譜は啓蒙思想から派生しています。とても重要なので、欧米の一般教養であるリベラル・アーツでは啓蒙思想を必ず学びます。日本でも教えればいいのにね。

そして、ピンカーは現代人はまた暗闇の中に生きていると危惧しています。だから"Enlightenment Now"と呼びかけているのですね。啓蒙思想の四つの柱として理性、科学、ヒューマニズムと進歩を位置付けています。そして、暗闇の中に生きている人たちは理性、科学、ヒューマニズムと進歩を否定していると考えます。もちろん、それはバカだから否定しているのではなく、認知バイアスのせいで理解が妨げられているだけです。

そこで、正しく理解できるように理性、科学、ヒューマニズムと進歩が実際に世の中を良くしていることをデータで示し、よくある反論についても丁寧に説明しています。

じゃあ、日本はどうなの?

ピンカーも「世界的に見れば世の中はよくなっているが、割りを食っている人たちもいる」としています。アメリカでいえば低中所得者層です。トランプ政権はこのような不満を抱いている層から支持されています。

では、日本はどうでしょうか?この本でも出てきますが人口10万人当たりの交通事故死者数は日本でも減っています。また、人口10万人あたりの殺人事件も減少しています。これはいい傾向ですね。日本ではいじめの問題がよく取りざたされますが、いじめは増えているものの、解決率は上がっています児童自殺の数は減っていますが、子供の数自体が減っているので割合としてはどうなんでしょうか。見えにくい問題でもあるので、データ化が難しい面もあるのでしょうが、これはちょっと微妙ですね。

人口10万人中の自殺率は2003年まで増え続けていましたが、その後減少傾向にあります。つまり、よくなってきているが減少傾向がはじまったのは15年前からであり、恒常的な傾向ではないといった感じでしょうか。

日本では通勤ラッシュが問題になります。働く人にとってはストレスですよね。電車の混雑に関しても少なくとも公表されているデータは改善しています。なんとなく歯切れの悪い言い方になってしまうのは、それは目視による主観的なデータだからです。

日本こそ「理性、科学、ヒューマニズムと進歩」がもっと必要な理由

日本もよくなってる!と言いたいところですが、データがあまりありませんでした。理性を持って科学的に分析し、人間中心進歩を実現するには、まず客観的な事実が必要です。日本はこれが弱い。

日本の教育はテクニカルな部分を重視しているので、数学の問題を解いたり、英文法を正しく使うことには長けています。しかし、その重要性を伝えることは重視されていません。つまり、なぜそもそも勉強をするのか?と言う根本的な部分です。

ピンカーがこの本を書いたきっかけの一つが生徒からの質問でした。「なぜ勉強するの?」です。その答えが啓蒙思想なんですね。暗闇を歩くには光が必要なんです。

この本はどんな人にオススメか

世の中を諦めてしまってる人にはオススメです。「ああ、世の中は決して悪い方向には進んでないんだ」と元気をもらえるかもしれません。ハンス・ロスリングの"Factfulness"も併せてオススメです。

西洋の一般教養であるリベラル・アーツに興味がある人もおすすめです。民主主義や科学を育ててきた人たちの考え方は今でも生きているし、今だからこそより深く理解したいですよね。どうして人間は科学的なアプローチをするようになったのか。なぜ今でも続いているのか。なぜ民主主義が尊いのかが理解できます。

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress

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