今回の特集はブロックチェーンです。第一回目はブロックチェーンが生まれる背景となるサイファーパンク、第二回目はサイファーパンクとビットコインをつないだハル・フィニーの話でした。サイファーパンクもそこから生まれたビットコインもアメリカの完全自由主義が背景にあります。ある意味、完全自由主義に縛られていた面もあるかと思います。そして、アメリカの完全自由主義からも自由になったのがロシア生まれのカナダ人であるヴィタリック・ブテリンのイーサリアムなのかもしれません。
なぜビットコイン/ブロックチェーンは自由なのか
サイファーパンクから生まれたビットコインは必然的に自由を求めます。
サイファーパンクはリバタリアン(完全自由主義者)の集まりでした。 完全自由主義は権威主義の反対ですね(下のノーラン・チャート参照)。アメリカでは選挙権を持つ10%から20%が完全自由主義者と言われています。さすが自由の国アメリカ。「権力は腐敗する、絶対権力は絶対に腐敗する (Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.) 」が彼らの信念です。
名前がリベラルに似てるので勘違いされがちですが、リバタリアンはリベラルと全く違います。リベラルは「大きな政府」で、保守は「小さな政府」をよしとします。リバタリアンはは全く政府のない状態を理想とします。日本は与党も野党もリベラル(大きな政府と社会保障)なので、なかなか理解しづらいコンセプトだと思います。
サイファーパンクの人たちが政府の干渉を嫌い、暗号化技術で自由を勝ち取ろうとしたのはこのような背景があります。
ロシアから来た少年
ヴィタリック・ブテリンはモスクワで生まれ、6歳の時の両親とカナダに移住しました。ヴィタリックがビットコインと出会うのは2011年、17歳の時です。父親のデミトリーはエンジニアでスタートアップを立ち上げていました。その父親から教えてもらいました。まだビットコインが誕生して2年しか経っていませんでした。その頃はオンラインゲームのWorld of Warcraftにハマっていて、興味は持てなかったそうですが、徐々に他の人からもビットコインについて聞くようになり興味を持ちました。
ヴィタリックはビットコインのブログで記事一つあたり5BTCで記事を書くことになります。これでビットコインのTシャツとか買ったそうです。しかし、このブログはすぐに破綻してしまいます。当時はそれほどビットコインに関心を持つ人がいなかったからです。
それでもビットコインの情熱を失わなかったヴィタリックは2012年に最初のビットコインメディアであるBitcoin Magazineをミハイ・アリジエと共に立ち上げます。
イーサリアムの立ち上げ
2013年にサンノゼで開催された暗号化通貨のイベントがヴィタリックにとって大きな転換期となります。ここで多くの人と関わり、実際のプロジェクトを体験することで暗号化通貨の可能性を確信し、次の学期に大学を中退します。大学を辞めたヴィタリックはイスラエルやアムステルダムなど世界中にいる暗号化通貨の関係者を訪れます。そして、多くの人たちがやろうとしているビットコイン2.0は上手くいかないと考えるようになります。
ビットコインはセキュリティーの関係上、その上にアプリケーションを作りにくくなっている。ビットコインの上に何かを作るのではなく、新しいものを作らなければいけない。ヴィタリックは早速トロントに戻り、ホワイトペーパーを作成。15人の友人に送りました。これがイーサリアムになります。
イーサリアムとリバタリアン(完全自由主義)
ピーター・ティール
ピーター・ティールはPayPalの創業者として有名で、イーロン・マスクを含むPayPalギャングの親分格とされています。最近ではデータ分析企業でユニコーンのパランティアの共同創業者としても有名ですよね。彼が立ち上げたベンチャーキャピタルのFounders Fundは大量のビットコインを購入して資産を大きく増やしました。そして、ピーター・ティールは生粋のリバタリアンでもあります。
暗号化は完全自由主義者、AIは共産主義者 by ピーター・ティール *1
"Crypto is libertarian, AI is communist"by Peter Thiel
そして、ヴィタリック・ブテリンは2014年にピーター・ティールの立ち上げたThiel Fellowshipのフェローの一人として10万ドルを受け取り、これを元にイーサリアムの開発を本格化します。ちなみに、これを受け取れるのは学校をドロップアウト(中退)した若者だけです。
その後、ヴィタリックと創業チームはクラウドファンディングで1800万ドルを調達し、翌年の2015年7月にイーサリアムをローンチします。
スマートコントラクト
イーサリアムの特徴の一つがスマートコントラクトです。ビットコインがサイファーパンクによるイノベーションの集大成だったのと同様に、イーサリアムもサイファーパンクのイノベーションを活用しています。スマートコントラクトもその一つです。
スマートコントラクトの名付け親はサイファーパンクのニック・サボです。1996年にネットワーク上のプロトコルとしてプログラムされる「スマートコントラクト」のアイデア"Smart Contracts: Building Blocks for Digital Markets"を発表し、1998年にはそれを使った暗号化通貨Bit Goldのアイデアを発表します。このアイデアはすぐに実現しませんでしたが、暗号化通貨はビットコイン、スマートコントラクトはイーサリアムで実装されます。
ビットコインは人間が使う暗号化通貨で、イーサリアムはマシンが使う暗号化通貨です。暗号化の思想の根幹にあるのが人間の自由なので、暗号化は人のためにあり、契約も人のものなんですね。イーサリアムはそこから一歩踏み出した形になります。
ヴィタリック・ブテリン
イーサリアムはあらゆる意味でリバタリアンの血を引き継いでいますが、そこから適当な距離も取ってもいます。ヴィタリック自身もリバタリアンではありません。ウラジミール・プーチンを含む多くの政治家たちと会う機会があり、概ねよい印象を持ったそうです。むしろ、暗号化通貨のコミュニティーの諍いに辟易しているようでもあります。
ビットコインはサイファーパンクの思想を強く引き継いでいます。これはこれで良いことなのですが、しなやかさを失う部分もあります。イーサリアムはそこから一歩引いた立場にいるため、思想に縛られないところがあります。例えばThe DAOのハッキングでハードフォークをすることに決めましたが、賛否両論あるものの、このような判断ができたのも理想より現実をとるしなやかさのためだと思います。
イーサリアムでブロックチェーンもようやく「自由」から自由になれたんですね。
参考文献
Bitcorati Interview Series : Vitalik Buterin - Head Writer, Bitcoin Magazine - YouTube
The Abelard School | Toronto Private School | Canada | - ALUMNI
The Rise of Smart Contracts : Hodl the Moon
Who is Nick Szabo, The Mysterious Blockchain Titan - unblock.net
Cryptocurrency Might be a Path to Authoritarianism - The Atlantic
Here's Why Billionaire Peter Thiel Said 'Crypto Is Libertarian, A.I. Is Communist' | Inc.com
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*1:ちなみにパランティアのデータ解析はAIではなくAIと人の解析を組み合わせたIntelligence Augmentationです