デロリアンといえば映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンに改造されたスポーツカーですね。実際のモデル名はDMC-12です。作った会社はデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)で、その創業者がジョン・デロリアン。今回紹介する映画"Framing John DeLorean"の主人公です。まだ日本では公開予定はないっぽいですね(2019年12月7日公開予定の『ジョン・デロリアン』は"Driven"という別の映画)。
"Framing John DeLorean"は再現シーンを役者が演じつつ、関係者のインタビューを交えたドキュメンタリーです。再現シーンの撮影風景や、役者がジョン・デロリアンや当時の妻のクリスティーナの心境がどうであったか想像したりしています。以前に紹介した『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』もそうでしたが、最近のドキュメンタリーって現実と虚構を織り交ぜたりするのが流行ってるんですかね。
この映画ではジョン・デロリアンの様々な側面を描き出そうとしています。ジョン・デロリアンはとても派手で目立つ人だったので、まずはパブリックイメージをそのまま切りとります。そして、会社の設立と逮捕。そして、破綻。様々なイベントを通じてジョン・デロリアンの様々な側面を描き出します。ヒーローなのかヴィランなのか?
当時の世界最大の自動車会社であるGMの異端児。ポンティアック部門の責任者として大きなエンジンをついたセクシーなポンティアックGTOを1964年に世に送り出したのがジョン・デロリアンでした。映画『ワイルドスピード』シリーズで主人公のドミニクが乗っているダッジ・チャージャー(1966年)や映画『グラン・トリノ』に出てくる1972年式のフォード・トリノのようなマッスルカーブームの先駆けでした。
初期のマッスルカー市場を牽引していたのがビッグ3の中でも若いクライスラー。今でもある300レターシリーズです。ヘミエンジンを開発してパワー競争を仕掛けます。イケイケでロックンロールな1950年代。それに比べるとGMはおとなしいイメージでした。それまでGMは350インチ以上のエンジンを中型車に搭載することを禁じていましたが、既存のテンペストのオプション装備だとして役員の承認プロセスを回避してGTOには389インチのV8エンジンを搭載させました。これがマッスルカーブームの一般への広がりのきっかけとなりました。日産のスカイラインGT-R(1969年)や前身であるスカイラインGT-B(1965年)もその影響がありましたよね。
自分のやりたいことのための抜け道を見つけるのがジョン・デロリアン。「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」グレンラガンの口上を地で行った人。さらに時代の流れを読んで、適切なプロダクトをリリース。ポンティアックのほか、同じGMグループのシボレーでも実績を出しました。時代はデロリアンに味方していた。
テスラのイーロン・マスクも派手な人ですが、ジョン・デロリアンも負けず劣らず派手でした。週末をカリフォルニアで過ごし、もみあげを伸ばし、顔の輪郭を男らしくするために整形手術をしました。いろんな女性と浮世を流し、当時19歳のブロンドと再婚しました(すぐに離婚して、トップモデルのクリスティーナと再婚)。テレビのインタビューではセックスは自分のドライブだと公言していました。ロックスターですね。
若くして実績を出し続け、GMの社内でも出世していきました。しかし、極彩色のデロリアンは無色が好まれるGMのエグゼクティブには疎まれる存在でした。GM社内で浮きまくっていた。デロリアンを押さえつけようとする他のエグゼクティブ達と確執が生まれました。デロリアンはそれをメディアにリークしてしまいます。GMの品質について痛烈に批判。役員の責任を追求。その結果、ジョン・デロリアンは1973年にGMを追放されます。
GMを追放されたジョン・デロリアンはフェラーリやランボルギーニではない大衆のためのスポーツカーを世に送り出すためにデロリアン・モーター・カンパニー(DMC)を創業します。パートナーはエンジニアのビル・コリンズ。DMC以前、最後の自動車スタートアップは1920年代のクライスラーでした。石油もデータセンターもスタートアップには向きませんが、自動車会社もスタートアップには向きません。それなりにテスラを軌道に乗せているイーロン・マスクってすごいんですよ。クライスラーも幾度と倒産を乗り越えてきましたし、DMCも最終的には破綻してしまいます。そして、この破綻はジョン・デロリアンにとっても家族にとっても決定的なものでした。
デロリアンは政府の補助金を期待して紛争真っ只中の北アイルランドに工場を建設を決めます。U2も『ブラディ・サンデー』歌いましたよね。当時はDMC-12のプロトタイプしかない状態。北アイルランドには自動車工場のインフラもなく、経験のない労働者しかいない。しかも、2年で大量生産を開始しないといけない。そこで、コーリン・チャップマン率いるロータスとパートナーシップを組むことにします。 テスラのプロトタイプもロータス・エリーゼでしたが、自動車スタートアップにとってロータスって組みやすいんですかね?ロータスとのパートナーシップに伴いビル・コリンズをはじめ、アメリカのエンジニアチームは解散。しかし、このパートナーシップが最終的にはデロリアンの破滅につながります。
なんとか5000台を出荷することに成功しますが、最初のロットは品質問題だらけでした。経済状況も悪かった。新自由主義を標榜するマーガレット・サッチャーが首相になったことで政局も変わった。政府からの補助金は期待できなくなった。デロリアンは資金がショートする寸前まで追い詰められます。そして、ロナルド・レーガンが大統領になって麻薬との戦争をはじめます。
レーガンのために実績を上げたいFBIは内通者を使って資金調達に躍起になっていたジョン・デロリアンをコカイン取引による資金調達スキームにハメます。おとり捜査どころかFBIが事件化するためにデロリアンを様々な手を使って誘導していきました。そして、ジョン・デロリアンは逮捕されてしまいます。これで資金調達のめどが立たなくなったデロリアン・モーター・カンパニー(DeLorean Motor Company)は破産します。ジョン・デロリアンはFBIの手法があまりにもひどいので、無罪を勝ち取るのですが、時すでに遅し。無罪だったのに、会社を失い、家族も失います。でも、本当に無罪だった?
これで終わりません。コーリン・チャップマンとのパートナーシップで不正が発覚します。投資を受けた中から1700万ドルを二人で着服していたことが発覚します。盟友ビル・コリンズを会社から追い出したのも、ビル・コリンズがこのスキームに気づいたからでした。自動車業界のスーパースターとしての顔、父親としての顔、夫としての顔、お金のためなら友人も裏切る顔。これらすべてがジョン・デロリアンでした。
こんな感じで、映画の内容としてはすでにWikipediaでも書かれていることです。特に新しい事実はありません。ジョン・デロリアンは彼と関わった今を生きる人たちにも影響を与え続けているんですよね。元従業員や関係者、子供達へのインタビューでデロリアンが亡くなった後も影響を与え続けていることがわかります。離婚していち早く自分の道を見つけることができたクリスティーナは強い人だったんだなあ。それにしても、ジョン・デロリアンのような強烈な個性と行動力を持った人でも、時代には抗えない。小型化と省エネと新自由主義の時代についていけなかった。新しいセクシーなスポーツカーの時代。イーロン・マスクは時代に愛され続けますかね?
10月前半に観た映画ひとこと評(あいうえお順)
Slacker:リチャード・リンクレイター監督作品では一番好き
トップをねらえ2!:はやく『トップをねらえ3!』やらないかなあ
Framing John DeLorean:この映画
バッド・チューニング:リチャード・リンクレイター監督作品では二番目に好き
ホステル:ごめん、さすがにこれは無理だった
The Last Black Man in San Francisco:A24らしい佳作
ローカル・ヒーロー/夢に生きた男:80年代のミニシアター的な良作