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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

コトづくりの時代に日本発世界へは正しいアプローチか?

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日本のVCのアドバイスとしてよく聞くのが「まずは日本で成功して、それから世界に展開したほうがいい」です。本当でしょうか?このようなアドバイスには「個人的な意見ですが」と続く場合がほとんどです。なぜ「一般的にそう」と言えないのでしょうか?それは、成功例がないからです。多くの場合、聞かれたからなんとなくそう答えたけど、根拠はないよ!ってことでしょう。

モノづくりの時代では日本発で世界で成功した企業がたくさんありました。トヨタもソニーもパナソニックもそうです。でも、よく考えてください。1990年からそろそろ30年経とうとしていますが、コトづくりの時代に日本発で世界で成功した企業ってありましたっけ?楽天?ソフトバンク?サイバーエージェント?DeNA?LINE?いずれも世界で成功したとは言い難いですよね(もちろん日本では成功していますし、それは素晴らしいことです)。日本で成功して、のちに同じモデルで世界で成功する可能性があるのって百歩譲ってメルカリくらいではないでしょうか。あとはゲームですかね。

これは日本企業に限ったことではありません。モノづくりでは現地発世界では成功しているケースが多いです。例えば中国ではDJI、HuaweiやLenovoなどあります。韓国企業ならSamsungとか。物理的なモノは国外に出しやすいのです。でも、物理的に存在しないコトづくりにおいて、現地発世界で成功した企業ってありますか?中国でいえばBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)はゲームを除き中国国外でコトづくりで成功していますか?日本企業だけが国内で成功したコトを海外に輸出するのが苦手なのではありません。体験(エクスペリエンス)を輸出するのは難しいのです。

そう考えると、「まずは日本で成功して、それから世界に展開したほうがいい」というアドバイスは全く根拠がありません。信頼たる事実に基づいていません。コトの時代においてモノづくり時代の方程式が全く成功していないのに、それでもなぜ盲信的に日本企業(投資家たちまでもが)は「日本で成功してから世界へ」と念仏を繰り返すのでしょうか。もちろん、ボクの知らない日本発世界に成功した優良企業はあるのかもしれません。でも、一般的にもあまり知られてないですよね?

モノづくりの時代の成功パターンとしての日本発世界

「日本で成功してから世界へ」のモデルは高度経済成長期(1955年から1973年の18年間)に生まれました。もう、半世紀も前の価値観です。

トヨタ自動車の場合はその地位を確立したのは1966年のカローラからで、これをきっかけに海外進出を本格化しました。ソニーも1960年代後半からのビデオとテレビの開発が1970年代に花開き、1980年代からベータマックスやウォークマンで海外での基盤を築きます。基本は戦後の高度経済成長期に国内で基盤を作り、そこから海外に出るパターンです。

「まずは日本で成功して、それから世界に展開したほうがいい」という信仰はモノづくりの時代の成功体験から生まれていると推測されます。この方程式は高度経済成長期のモノづくりの時代には確かに有効でした。

モノの時代の壁としての国境

モノづくりの時代では本拠地のある国でまずは成功するのはそれなりの根拠がありました。モノづくりには生産開発拠点と市場の両方が必要で、生産開発拠点と市場の距離は近いほうがサプライチェーンの観点からコストが安いからです。

生産拠点とサプライチェーン

また、サプライチェーンで国をまたぐと関税がかかります。輸送費と在庫コストに合わせて関税。そのコストをかけてまで国外市場を狙うにはそれなりの資本が必要となります。その資本は国内市場で稼ぐしかありません。幸いなことに国内市場は高度経済成長で毎年10%以上伸びていました。むしろ、そんな成長真っ只中の国内市場を無視してリスクばかりの海外市場を狙うのって理にかなっていません。

海外市場への進出はリスクが高いため、日本企業は三現主義(現場/現物/現実)を大切にしました。

市場と体験(エクスペリエンス)

モノの海外輸出はコトと比べるとコストが高くなります。国ごとに規制やルールが変わったりするため、その対応コストも高くなります。自動車だと右側運転とか、左側運転とか。しかし、モノは自分の手にとって、目で見ることができる。体験自体は規制やルールがあっても変わらない。

アメリカの自動車と日本の自動車では体験が異なりますが、基本的なコンセプトは変わりません。自動車自体を説明する必要はないのです。言葉でなくても、アメリカ車と日本車のエクスペリエンスはわかる。モノの体験のバリアはコトの体験バリアより低いと言えます。モノづくりに関して言えば、大量生産によりサプライチェーンのリスクさえ乗り越えれば、世界展開はしやすいといえます。だから「まずは日本で成功して、それから世界に展開したほうがいい」はモノづくりでは合理的な考え方でしたし、実際に成功例がたくさんあるのです。

コトの時代の壁としての言語

クラウドやモバイルなどアプリの世界にはモノの時代のようなサプライチェーンや関税の障壁がありません。国内市場への参入コストと海外市場への参入コストはほぼ同じです。

コトづくりの壁となるのは言葉です。市場での受け入れは体験(エクスペリエンス)に依存しますが、モノと違い、コトは体験の核となる実体がありません。もっと言ってしまえばコトづくりの体験(エクスペリエンス)の核となるのはデータなのですが、そのインターフェースとして言葉の役割が大きいのです。SEOが代表的な例ですが、それだけではありません。UberやAirbnbを言葉なしでどうやって説明しますか?自動車はモノを見せればわかりますが、Uberのサービス(コト)は言葉なしで説明するのは至難の技ですよね。日本語の使えないiPhoneを使いたいですか?

コトづくりの生産拠点と言葉

開発においてモノづくりでは材料のサプライチェーンが重要ですが、コトづくりでは人材のサプライチェーンの方が重要となります。人材の観点で見れば、英語圏の開発者やデザイナーの方が人口が多い。言葉という壁さえなければプールの大きい海外の方が日本国内よりメリットが大きいです。よく、日本人で「海外の開発は難しい」という人がいますが、「それはお前の英語力という個人の能力に依存した問題で、一般的な問題ではないだろ?ごちゃ混ぜにすんな!(怒)」と言いたくなります。アメリカ人やヨーロッパで英語を話す人たちは普通にインドやベトナムのオフショアを使って(日本人と比べたら)問題ありません。

さらに「なんで、日本国内でなくて海外開発なんですか?」と聞かれることもあります。そんな時は「なんで英語圏の市場向けのサービスなのに日本開発なんですか?」と聞き返したくなります。コンテンツやデザインは英語圏のユーザー向けに作るのに、日本人が作るメリットってなんでしょうか?日本人だろうが、アフリカ人であろうが、パプアニューギニア人だろうが、そこはフラットに見るべきでしょう。ユーザーにとってベストの選択をすべきです。

コトづくりの市場と言葉

むしろユーザーは物理的な国境ではなく、言語圏で分かれています。以下が言語毎の市場規模となります。

  1. 英語(11.32億人)
  2. 中国語(11.16億人)
  3. ヒンディー語(6.15億人)

日本語圏は言語毎の市場として考えると1.28億人で13位となります。英語圏や中国語圏と比べると約1/10の市場規模です。

例えばなのですが、WeChatがどんなに素晴らしくて先進的でも英語圏では中国語圏ほどは受け入れられません。同様にWhatsAppが英語圏でどれだけ使われようと、中国語圏で普及する様子はありません。言語はそれだけで大きな参入障壁になります。各経済圏は言葉の参入障壁以外にも様々な障壁で経済圏を守ろうとしています。中国なら金盾ですし、EUならGDPRなどです。しかし、最大の障壁は言葉であることに変わりありません。

そのため、成功している企業はその言語圏で生まれることが多いです。日本では楽天やサイバーエージェントがそうですし、中国ではBATがそうですよね。韓国ではカカオトークとか。いわゆるユニコーン企業に中国やアメリカ企業が多いのはその市場となる言語圏が大きいからです。日本にユニコーン企業が少ないのは日本語の市場が小さいからです。そういう単純な話です。

言語圏で市場を見る意味

ボクが住んでいたシンガポールやオランダは広い意味で英語圏です。ほぼ全ての人がネイティブ並みの英語を話します。ボクがシンガポールでお手伝いをしていたスタートアップのZopim(現:Zendesk Chat)は最初から英語圏をメインとしてビジネス展開をしていてアメリカで成功していました。日本のVC的な「まずは日本で成功して、それから世界に展開したほうがいい」はシンガポールのような国のスタートアップには全く意味がないアドバイスなんです。だって、シンガポールの市場なんて小さいですから。アムステルダムで起業したBooking.comも同様です。

ZopimやBooking.comが成功したのはコトづくりは言語圏が市場だということを理解していたからです。「まずはシンガポールで成功してから」とか、「まずはオランダで成功してから」という日本のVC的なマインドセットでは今は存在すらしていなかったでしょう。

「いきなり中国語圏」の事例:Lending Clubが中国展開しなかった理由

日本ではまだ普及していませんが、P2P金融はアメリカと中国では大きな広がりを見せています。P2P金融はインターネットを通じてお金の貸し借りをマッチングする仕組みです。P2P金融のパイオニアで最大手が米国Lending Clubです。

英語圏で成功した後は、中国語圏を狙うのは自然な流れですよね。そして、このLending Clubの共同創業者であるソウル・フタイトがとった中国市場進出の方法がすごい。なんと、Lending Clubを辞めて、中国にわたり、ディエンロン(点融)というP2P金融のスタートアップを起業してしまったのです。モノづくりのマインドセットで考えればLending Clubの中国法人を中国パートナーと設立したでしょう。でも、このやり方で成功している企業ってほとんどないんです。

「いきなり英語圏」の事例:Spotifyが正式ローンチまで2年半かかった理由

音楽配信サービスのSpotifyはスウェーデンの企業です。それなのにSpotifyが狙っていた市場は英語圏、特にアメリカです。英語圏の音楽サービス市場で成功するには英語圏の音楽のライセンスが必要となります。もちろん、スウェーデンの音楽だっていいんですよ。日本のVCのように「まずはスウェーデンで成功して、それから世界に展開したほうがいい」とダニエル・エクが考えていたらそうしたでしょう。でも市場としては非常に小さいし、現在のようなSpotifyとは随分と違うサービスになっていたでしょう。

Spotifyは正式ローンチまで2年半かかりましたが、それはアメリカの音楽レーベルとライセンス交渉にそれだけかかったからです。

「いきなり英語圏」の事例:日本人がアメリカで起業したFond(旧:AnyPerk)

日本人だっていきなり世界で成功しています。日本人チームとして初めてY Combinatorを卒業して、米国トップシェアまで駆け上ったFondです。Fondを創業した福山さんの話はいろんなところで記事(TechCrunchの記事:前編後編)になっているので、ここでは割愛します。

ただ、ボクが付き合いのあるZopimなどのシンガポールの起業家やアムステルダムの起業家たちも福山さんと同様に海外の投資家とのパイプをいきなり作ったところが共通点です。最初のシードファンドはもちろん国内で調達するんですが、その次にはいきなりベイエリアのVCやエンジェル投資家と繋がりに行きます。

その言語圏でビジネスをする場合、開発や市場をよく知る投資家と付き合った方がいいに決まってる。それがわかってるんですよね。