ざっくり言うと
- 偉い人のエアカバー大事。GOV.UKの場合は当時の内閣府大臣のフランシス・モード(Francis Maude)。GDSがかなり自由にやれたのはこの人のおかげ。ここには書いていないけど、当時のイギリス政府の課題の一つは増え続けるコスト。フランシス・モードはこのプロジェクトを通じて実はかなりコスト削減をしている。つまり、GDSをサポートする動機がフランシス・モードにはちゃんとあった。
- 最初は16人のアルファチームでスモールスタート。このあとイノベーションラボ方式でスケールする。外からチームを招集して内製化。
- アルファから一般公開。フィードバックを初期からとる。ユーザーリサーチ大事。一貫した行動を取るための原則がはっきりとあったのがGDSの強み。だからデザイン原則はかなり早い時期から形になっていた。
- 8週間で最初のサービスをローンチ。すっごくアジャイル。
原文:"A GDS Story 2010" and "A GDS Story 2011"
2010/2011年|2012年|2013年|2014年|2015年
イントロダクション
GDSに訪れる訪問者に最もよく聞かれる質問は以下の三つ。
- どうやってはじまったんですか?
- どうやってここまで来たんですか?
- どうやったら私たちの政府/チーム/組織は同じことができますか?
これはこれらの質問に答えようとする試みです。これは慎重に組織の記憶をくみ出すことでもあります。わたしたちは常に自分たちのデザイン原則を信じています。そのひとつに「オープンにして、改善する」があります。これは私たちのスタート地点とこれまでの道のりについてのオープンな物語です。
一つだけ注意点
このストーリーは網羅的ではありません。物語のすべてではありません。そのためタイトルは “a story"であり “the story"ではないのです。間違いや抜け漏れなどいろいろと問題もあるでしょう。なにか不具合を見つけたら私たちに連絡してください。
2010年
夏
「英国デジタルチャンピオン」に任命されたMartha Lane Foxは当時の主要政府のウェブサイトであるDirectgovのレビューを行うよう依頼を受けました。彼女はTom Loosemoreを含むチームを招集しました。また、すでに独自の調査を行っていたコンサルティング会社のTransformも参加しました。
Directgovに取り組んでいるチームは何百ものウェブサイトを閉鎖する野心的なプロジェクトにすでに取り組んでいました。数年後、Sarah Ricards(後にGOV.UKのコンテンツデザイン担当ヘッドになる)は次のように書いています。
私と素敵なチームがすべてのルールを守れば、決して何もなしえなかったでしょう。私たちは個人的な関係を使い一丸となって働き、上から跨いだり下を潜ったりしました。やれることすべて。ピカピカに光ったものができた?いいえ。素晴らしいものができた?いいえ。前よりいいものができた?はい。DirectgovがなかったらGOV.UKをローンチできなかったでしょう。
10月14日
Martha Lane Foxは当時の内閣官僚だったFrancis Maude宛てに手紙を書きました。その手紙で「進化ではなく革命を」と要請しました。
私はDirectgovだけを切り出してレビューしません。政府がインターネットを活用して国民との会話ややりとりを改善すること。インターネットへシフトすることにより大幅に効率性を改善する一環と捉えています。
この手紙がきっかけとなりGDSが設立されることとなりました。
11月
Martha Lane FoxsのFrancis Maude宛の手紙と彼の返信はTransformによるサマリーとともに公開されました。
官僚のChris Chantが責任者としてこの新しい組織の責任者に任命され、GOV.UKアルファ計画を立てました(この時点では、プロジェクトは「alphagov」と呼ばれていました)。 Chantの任命は翌年の2月まで正式には発表されませんでした。Tom Loosemoreはチームづくりを任されました。Chantは彼に「キミが必要とする人材を集めよう」と言いました。そして、アルファを構築するチームを探しはじめました。 早い段階で、David MannとNeil Williams(後にGDSでGOV.UKのヘッドになる)に声をかけました。
12月
クリスマスの直前、ホワイトホール向かいのデジタル人間達が仕事の後にランバート・ノースのパブに集まり、実際にMarthaのビジョンをどのように実装するかを議論しました。そのうちの2人、Neil WilliamsとWill Callaghanはワイヤーフレームのモックアップで考えを図案に落とし込んでいきました。
2011年
1月
最初のアルファチームがウォータールー駅の近くの政府ビルHercules Houseに集められました。Tom Loosemore、Richard Pope、David MannとJamie Arnoldです。
2月
2月からさらに多くのメンバーが参加しました。James Stewart、James Weiner、Paul Annett、Relly Annett-Baker、Lisa Scott、Ben Griffiths、Matt Patterson、Joshua Marshall、Helen Lippell、Russell GarnerとPeter Jordanです。
March
アルファチームの仕事がはじまりました。Tom Loosemoreがブリーフィングをしました。「閣僚達に"この中のどれかが欲しい"と言わせるものを作る」
チームは壁にプロジェクトのマインドマップを描きました。
Richard Popeによるこの初期のスケッチはチームのアイデアが後期のものとどれほど違っているのかを表しています。そしてDirectgovとも大きく異なっていました。このスケッチでは、ページの上部にバナー広告風のCTAスペースがあると想定されていました。ページの多くのスペースは中央の検索窓が確保し「あなたのしたいことはなんですか?」という大きな見出しがありました。初期段階の名前は"ukgov.gov.uk"でした。
リチャードはFlickrに数百点のスケッチをポストしました。
数週間のアイデア出しとプロトタイプの後、チームは野心的でありすぎることを認識しはじめました。最初のアプローチはあまり適切ではなかった。Richard Popeは「もっと適切な方法を取らないといけない」と主張しました。ユーザーのニーズを優先しないといけない。そこでアルファのスコープを100人のユーザーのニーズに絞り込むことにしました。100人のユーザーニーズを付箋紙に書き、壁に分類しました。
3月15日
Government Digital Serviceについての公での初めての小さな告知。「Directgovとそのほかの小さなチームを統合した新組織」
3月29日
alphagovプロジェクトが公式に発表された。Tom Loosemoreが責任者(Foreign and Commonwealth OfficeにおけるHead of DigitalのJimmy Leachの助けを借りて)。 ブログで率直な宣言がなされました:
通常「アルファ」は公開されません。そのあとの「ベータ」ではじめてドアが開けられます。今回はユーザーからの実際のフィードバックを得るためにとても急進的なアプローチをとります。
4月
5回目のスプリントに入りアルファチームは作業量と人手不足に苦しんでいました。 アルファが公開された後にJamie Arnoldはこの問題について書きました:
私たち(あるいはむしろ私)はすべてを正しくできていなかった。スプリント5が終わる頃にExcelを閉じて英国王立動物虐待防止協会に逃げ込む準備ができていました。
チームが完全に集まってからメンバーリストを発表しました。
4月7日
これが最初に公開されたアルファの画面。The Daily Telegraphで報じられる。
4月28日
Richard Popeは「少ない労力で」「すぐにやれることを見つける」「統一性ではなく一貫性」など、最初のデザインルールに関するブログ記事を書きました。これらは後にデザイン原則の基礎となりました。
5月9日
アルファチームのメンバーであるDavid Mannが政府横断のデジタルプロジェクトについて書きました。そしてそれはGDSがはじめての試みでないことも指摘しました。
私たちのプロジェクトは官公庁の広い支持者とともに進める文化的ムーブメントです。よりアジャイルで反復検証するユーザーのニーズに基づくデジタルプロダクトの開発を追求します。
5月11日
アルファのローンチ(予定より1日遅れ)
オリンピックスタジアムの写真がのちに追加されました。「西海岸な感じ」を出すようにと言われていました。ゴールは当時の他の政府系のウェブサイトとは根本的に違ったものを作り出すこと。
反応は概ね好意的でした。しかしいくつか批評もありました。Leisa Reichelt(後にHead of User ReserchとしてGDSに参加)はユーザーエクスペリエンスのリーダーを雇っていないと批判しました(他にもありましたが)。
ユーザーエクスペリエンスの実践者として、残念ながらうんざりとした気持ちです。エンドユーザーを中心におくとか、政府のニーズや要望よりもユーザーニーズを優先させるとされてきましたが、口だけで実行されていません。他のプロジェクトが参考にすべき点はあまりありません。
数週間後、Tom Loosemoreはブログで彼の考えについて書きました:
プロトタイプは12週間で261,000ポンド(約4000万円)で開発されました...従来の枠を外した実験的プロトタイプ(またはMVP: Minimum Viable Product)です。社内のチームがオープンかつアジャイルな方法で作業し、ユーザーのニーズを設計のコア プロセス。 これは新しいアプローチではありませんが、まだ政府全体では非常に斬新なアプローチです。
もう一つのアルファページ。これは財務省のホームページ。 部門別のニュースはTwitterフィード風になっています。
Paul Annet(アルファチームのデザインリード)はブログで当時考えていたビジュアル言語について説明しました。また奥付リストツールを作りました。
アルファはその目標(プロダクトとしての完成ではなく)としていたポイントを達成しつつありました。その点で成功と言えました。数週間で次の段階がはじまります:ベータ。
5月20日
内閣府のExecutive Director for DigitalとしてMike Brackenが公式に発表されました。
この役割は責任範囲はDirectgovの最高責任者、政府期間をまたがるデジタル改革のリード、デジタルエンゲージメントと透明性のためのディレクターの仕事の一部が含まれます。彼は政府の最高執行責任者(COO)であるIan Watmoreを上長とし、内閣府でGovernment Digital Service(GDS)の100人以上のスタッフを統括します。
その舞台裏ではGDSが形を作りはじめていました。ベータのスコープの定義をはじめました。
前回のアルファと同様に壁にマインドマップを描くことからはじめました。
7月
GOV.UKベータはDirectgovと並行しての作業でした。それを置き換えるまでは。(GOV.UKをDirectgovと置き換えることはJames StewartとEtienne Pollardによってコーヒーを飲みながら2012年の早い時期に決められました。この日は第二候補でした。第一候補の日は政党会議のシーズンだったのです)
すべてのユーザーのニーズをインデックスカードに書き出して床一面に広げました。それ以外にこれほど多くのニーズを広げてカテゴリー分けと優先順位付けの作業をする広さがある場所はありませんでした。
Sarah Rishardsはコンテンツデザイナーがどうして必要で、どうやってその役割を作ったかを2016年のブログで説明しています。
デジタルコンテンツは単なる文字ではないことが私にとって熱意となりました。コンテンツが人々が許可されている以上に多くのことができることを政府は理解する必要がありました。ターゲットとするユーザーが情報として消費できることがコンテンツを絞り込むベストの方法です。そのコンテンツとはツール、電卓、カレンダーやビデオかもしれません。コンテンツは文字ではなく意味を持つコンテンツです。そして私たちは英国政府のために「コンテンツデザイナー」という役割を作ることを決めました。
7月4日
「オープンなコーディング」アプローチの最初の兆候が現れました。それは後にJames Stewartのブログ記事で説明されています。
7月29日
GDSは最初のプロダクトをローンチしました:オンライン嘆願サービス。これはアジャイル手法で8週間で開発されました。ちょとした使い切りのプロジェクトで自分たちの力を示すいい機会でした。この請願サービスは2015年にGDSと議会チームの協力の元にアップデート、再構築しました。
同じ日にMike Brackenは最初のブログを書きました。それはGOV.UK Verify(認証サービス)となる仕事を示唆するものでした:
これまでの学びの二つ目は政府のサービス全体に利用できる認証の重要性です。市民としてユーザーとしてデジタルサービスについて地方政府のものなのか国としてのものなのかはわかっていますが、その責任部門はあまり意識されません。政府をまたがるデジタルサービスの準備するにあたりこのユーザー行動を原理とすることを3週間に渡り繰り返し考え続けました。
8月
Mike Beavenが夏にチームに加わりました。彼の最初の仕事は再編成です。新しくなったGDSで人と役割をマッピング。ほとんどのスタッフは新しいチーム内の仕事に再就職しなければなりませんでした。
8月に参加したもう一人はChris Thorpe。戦略的思考を行い閣僚への説明を担当しました。"Trust, users, delivery"というタグラインは彼によるものです。
8月10日
David Rennieは後にGOV.UK Verifyとなる身分証明プロジェクトを紹介しました。
デジタル時代に信頼関係を築くためのより良い方法が必要です。長いユーザーリストや映画の名前よりいいセキュリティー確保の方法が必要です。GDS身分証明プログラムを通じてこれらの問題に取り組みます。
8月11日
GOV.UKのベータが正式にブログで発表されました:
alpha.gov.ukからの学びに基づいて開発し、さらに積み残された多くのギャップも埋めていくつもりです。これまでになかった最も使いやすくアクセスしやすい公共のウェブサイトを作りたいと考えています。単に「アクセス可能」というボックスをチェックするだけでは不十分です。誰にとっても使いやすく、実際に使われるものではければいけません。
ベータには3つの目標がありました:
- 市民に対するコンテンツ配信としてのパブリックベータ(内部的に「メインストリーム」と呼ばれる)
- 新しいパブリッシングプラットフォームとしてのプライベートベータ(各政府機関のスタッフがGOV.UKのページを追加したり管理したりする)
- GOV.UKのビジュアルアイデンティティと明確なユーザーエクスペリエンスを提供する「グローバルなエクスペリエンス言語」を開発する
9月19日
Richard PopeがNeedotronについて書きました。これは何百ものユーザーニーズと、それを満たすであろうページとページの形式を追跡する内部ツールです。
10月
Mike Brackenの任命前にGDSの暫定責任者だったChris Chantは今では有名となった「容認できない」演説を政府研究所で発表したしました。これが、その現状の公共におけるITを批判したスピーチの一部です。
私は12ヶ月以上契約を締結するのは今の時点では全く受け入れられないと考えます。このITの世界において2年前にiPadが出ることを予測できませんでした。それでいて2年、3年、5年、7年さらに10年後まで予測できると考えているのです。まったくのナンセンスです。まったく容認できません。どのようなシステムを所有し、どれくらいコストがかかり、そもそも使うかどうかもわからないのに。
そしてGDSのブログにこの問題をどう直していくのかを書きました。
11月
GDSはHolbornのAviation Houseの6階にある新しいオフィスに移りました。
Ben TerrettとRussell Daviesがチームに加わりました。Benは小規模なデザインチームを率いて、それを拡大していきました。彼はガーター勲章を訪れ、GOV.UKで王冠を使用する許可を求めました。そして許可されました。
11月4日
当社は身分証明プログラム(Identity Assurance Programme)のために1,000万ポンド(約15億円)の資金を発表しました(これは後にGOV.UK Verifyとなります)
11月10日
Chris Chantは中小企業(SME)を招いて政府との対談の場を設けました。GDSと協力してすべてのITサプライヤーが広く競争力を高める方法について話しました。これは後にデジタルマーケットプレイスの一部となりました。
12月1日
Emer ColemanがDeputy Director of Digital EngagementとしてGDSに参加しました。
12月8日
すでに1年間ほど作業しているのですが、GDSの正式な組織としての「オープン」がこのブログで発表されました。
GDSはオープニングイベントを主催し、プレスを招待しました(イベントの写真)。記事は非常にポジティブでした:
- Wired (インターネットアーカイブより):公共サービスはデジタルが前提(Digital by Default)でなければいけない
- Telegraph:失敗したWebサービスは納税者にとって10億ポンド(1500億円)の負担
- Computer World:GDSが始動
この記事はイギリス政府のGovernment Digital Service(略称:GDS)が自らの組織とGOV.UKの成り立ちをブログ記事にした"A GDS Story"の翻訳です。
GDSの取り組みはこれまでいくつか取り上げてきました。日本でGOV.UKみたいなことできないよなあ......なんて思わず考えてしまうすごい取り組みの数々。でも、当然ながら一日でできることではないですよね。最初は小さな一歩でした。それを積み上げていって今があるんですよね。
プロジェクトはここから加速的に大きくなっていきます。官公庁や政府機関のWebサイトを合わせると膨大な量のコンテンツとなります。それを彼らはどうやって変革していくのでしょうか。
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