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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|経済学が信用されない理由とそれでも信用すべき理由|"Good Economics for Hard Time" by Abhijit V. Banerjee

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経済学が苦手なのは経済予測です。これは皮肉でもなんでもなく、経済学は未来を予測する学問ではないのです。当然ながら経済学者の経済予測は外れるので、一般の人たちから信頼されなくなる。経済学の得意分野は経済予測という誤解は経済学者にとっても不幸ですし、それ以外の一般の人たちにとっても不幸です。

このギャップの責任の一部は経済学者にもあると今回紹介する"Good Economics for Hard Times"の著書でありノーベル経済学賞受賞者であるアビジット・バナジーとエスター・デュフロは言います。少ないながらも一部の経済学者はテレビや新聞で大々的に未来予測をやったりする(そして外れる)。しかし、多くの経済学者は目立つことはせずに、慎ましく行動している。そのため、本来の経済学は普通の人の目の届くところから離れた場所に存在している。

Good Economics for Hard Times: Better Answers to Our Biggest Problems

Good Economics for Hard Times: Better Answers to Our Biggest Problems

普段、ボクはメモを取りながら本を読んで(聴いて)います。そのメモをまとめたものがこのブログに書く書評だったりします。ボクはそれほど頭が良くないので、書き留めないと忘れるし、まとまった知識として身につきません。インプットだけでなく、アウトプットも大事なんです。だから、このブログは他人のために書いているのではなく、自分のために書いているんです。

この本も最初はメモを取りながら聴いていました(オーディオブックなので)。しかし、途中でメモの取るのをやめました。本の中にどっぷり浸かりたいと思ったんですね。メモを取るとどうしても読書を中断してしまいます。内容は専門的でありながらも、難しい言い回しもなく、経済学に親しみがない人でも楽しめます。ここで出てくる経済理論や考え方はきちんと著者が解説してくれています。

この本は「移民」、「貿易と関税」や「経済成長」といった一般的なテーマを取り扱っています。一般的だから誰でも語りたがるテーマだったりもします。テレビやインターネットでも「専門家」がいっぱい語っていますよね。ボクらはそれを読んだり、聞いたりして「ふむふむ」と納得してソーシャルメディアで広める。その結果が二極化(ポーラライゼーション)です。

アビジット・バナジーとエスター・デュフロは「経済学の十種競技」と呼ばれる広い専門性が求められる開発経済学に焦点を当てています。そして、経済学に因果関係を導き出す方法論(ランダム化比較試験)に取り組んでいます。因果関係と相関関係をきちんと分けるのは科学において非常に重要な考え方です。ジューディア・パールも言うように現在のAIでも因果関係は理解できません。とても幅広い知識と論理的思考が備わってないとできないってことです。まあ、だからノーベル賞なんでしょうね。

例えば移民問題。日本が積極的に移民を受け入れるようになったとします。それで移民が増えるか?日本が移民で溢れてしまうのではないか、もっと中国語や韓国語の看板が増えるのではないか?日本の文化が壊れてしまうのではないか?そんなふうに考えますよね。アビジット・バナジーとエスター・デュフロは移民の受け入れ政策と移民の増加に因果関係は少ないと言います。なぜか?人々はそう簡単に住んでいる土地を離れないからです。経済的に困難なくらいでは暮らし慣れた場所から離れない。とても「粘着性」が高いのです。シリアとかソマリアのように命の危険性が高まってようやくその土地を離れようとする。まあ、そうなれば「移民」と言うより「難民」ですが。

そして貿易問題。アメリカや中国が保護主義的な政策をとって関税を高めています。これは正しいのか?アメリカやEUは金融やサービスといった貿易とはあまり関係のない産業が主要となってきているので、保護主義でも実は(いまのところ)あまり影響がありません。貿易や関税で問題なのは製造業などに依存している国です。そして、それらの国にとっても単に「いい/悪い」のような単純な問題ではないとアビジット・バナジーとエスター・デュフロは言います。

例えばなのですが、自由貿易は経済的なメリットがあるものの、自国の産業と雇用は影響を受けます。例えば中国産のアパレルが増えれば、日本のアパレル工場がある地域は影響を受けます。この貿易と雇用の関係は今まで議論があったのですが、統計データによって徐々に因果関係が明らかになってきました。地場産業がダメになったのなら、他の産業に変えるなり、住む場所を変えればいいじゃないか?と考えますよね。でも、そうならない。先ほどの移民の問題と同じで、人は住む場所や職業に「粘着性」を持っているから。それが簡単にできるなら、日本だってとっくに製造業から金融業やITに基幹産業をシフトしていますよね。失われた三十年目に突入しようとする2020年代でも日本はまだまだ金融オンチでコンピューターオンチなんだから、難しいんです。

そして、経済成長。そもそも経済成長ってなんですかね?生産性の指標は一般的にGDPやTFPですが、グーグルやフェイスブックのサービスは無料です。厳密には莫大な広告収入がありますが、無償サービスにユーザーの費やす時間は生産的なのか?という問題があります。また、好みと差別の境界線の問題。経済用語では選好(せんこう)と言います。どこまでが「好み」でどこまでが「差別」なのか。もちろん、多くの人が積極的に差別しているのではなく、好みの延長線上に差別があります。そして、人間誰しも「好み」があります。

この本はどんな人にオススメか

政治や経済に興味がある人にはオススメです。移民や関税とか安易に「賛成!」とか「反対!」とツイッターやフェイスブックで表明しない。じっくり考える。関連する様々なポイントを理解する。どういう作用があって、どういう因果関係が可能性としてあるのかきちんと理解することって大事です。そうすれば自分自身がフェイクニュースの拡張機械になることはないし、何よりも自分自身に考える力がつきます。

ボク自身も色々と学ぶことができました。世の中って広いし、いろんな深い知見を持った人がたくさんいる。そういう人が本で知識を広めてくれるのはありがたいです。もちろん、Webで検索して情報を得るのもいいんですよ。ただ、Webページだと書籍(紙でもPDFでもオーディオブックなどフォーマットに関わらず)のように網羅性と深みを得るのは難しいですよね。わからない部分があったらWebで調べる。そういう補完関係かなと思います。改めて読書の楽しさを満喫できた一冊でもありました。

いまは読む本が溜まっていて二周できませんが、きちんと理解するためにももう一度読みたい本です。