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『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』映画レビュー|青春映画が描く成長と共感

チャンドラー・レバック監督の『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』(2022年)は、2003年のカナダを舞台に、映画オタクの高校生の葛藤と成長を描く青春映画です。レンタルDVDが全盛だった時代、スマホも配信サービスもない中で、映画を愛する若者たちの姿が描かれます。

本作は、映画そのものをテーマにした作品の多くが持つ独特のノスタルジックな魅力と、主人公ローレンスの欠点だらけの性格を通じて、観客に笑いと共感を届ける佳作です。映画愛を共有しつつも、成長と社会性の獲得という普遍的なテーマを掘り下げています。

あらすじ|映画オタクの高校生の選択

2003年、カナダ。高校生のローレンスは映画に心酔しており、将来はニューヨーク大学ティッシュ芸術大学院で映画を学ぶことを夢見ています。唯一の友人マットと共に土曜夜の「サタデー・ナイト・ライブ」を観るのが楽しみという日常を過ごしています。

しかし、ローレンスの自己中心的な性格と高すぎる自己評価が、周囲との関係を悪化させ、孤立を深めていきます。そんな中、彼の夢への道が次第に現実味を帯びる一方で、彼自身の未熟さが大きな壁となり、彼の成長が物語の焦点となります。

テーマ|成長と映画愛がもたらす希望と自己認識

映画への執着がもたらす影響

『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』の主人公ローレンスは、映画に対する過剰な情熱が自身や周囲にどのような影響を与えるかを体現しています。映画を人生の中心に据えることで、彼は希望を見出す一方で、人間関係を犠牲にし、自身の成長を妨げる結果に陥っています。

特に女性との交流が、彼の未熟さを浮き彫りにします。母親やビデオショップの店長アラナは、ローレンスの行動に異議を唱え、自分の行いに責任を持つことを教えようとします。これらの対話を通じて、映画への執着が時に自己中心的で不健康な形になる危険性を示しています。

社会性の獲得と感情的成長

ローレンスの物語は、青春時代特有の自己中心的な視点から、他者との共感や責任感を学んでいく「成長の旅」として描かれています。

彼の性格はしばしば滑稽に描かれますが、監督チャンドラー・レバックは彼をただ笑いものにするのではなく、共感的な人物として描写しています。観客はローレンスの欠点を認識しながらも、彼の孤独や苦悩を理解し、共感することができます。このバランスが、物語に温かみと深みを与えています。

映画文化へのノスタルジーと批評

2003年という舞台設定は、ビデオショップが映画ファンの憩いの場だった時代をリアルに再現しています。ローレンスがアルバイトするビデオショップでのやり取りや、トッド・ソロンズの『ハピネス』、ハーバート・ロスの『マグノリアの花たち』といった作品への言及は、映画ファンには懐かしさと親しみを感じさせるでしょう。

しかし、本作は単なるノスタルジーにとどまらず、シネフィリア(映画愛)の有害な側面も批評的に描いています。映画への過度な依存が、現実の人間関係や世界観を歪める可能性を示しつつ、観客に自己反省を促します。このバランスによって、本作は単なる映画愛の賛美ではなく、複雑なテーマを探求しています。

映画技法|時代背景とノスタルジアを彩る演出

ノスタルジックな時代再現

『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』は、2003年のカナダという特定の時代を舞台に、観客をその世界へと引き込みます。スマホや配信サービスがなかった時代の人間関係や、レンタルDVDショップという文化的要素が、映画愛というテーマを補強しています。監督チャンドラー・レヴァックは、廃業したビデオショップから小道具やセットを調達し、当時の雰囲気を細部まで忠実に再現しました。これにより、映画ファンが懐かしさを覚えるだけでなく、物語に信憑性が生まれています。

映画文化を活用したメタ的アプローチ

劇中で言及される『ハピネス』や『マグノリアの花たち』といった映画作品は、ローレンスの映画愛を象徴する重要な要素です。これらの作品へのオマージュや分析的な言及が、本作を単なる成長物語にとどまらず、映画ファンに向けたメタ的なアプローチとしても楽しめるものにしています。映画を題材とした本作のテーマが、これらの要素によって一層強調されています。

シンプルな映像表現と感情描写

本作は、特別な演出や派手なカメラワークを控え、登場人物の感情や会話に焦点を当てたシンプルな映像表現を採用しています。特に、アラーナが「変態プロデューサー」との経験を語るシーンでは、長回しを用いることで彼女の内面的な感情の高まりを丁寧に描写しています。この技法は、物語のシリアスなテーマを観客に強く印象づける効果を発揮しています。

フィルム撮影の活用

特定の場面では16mmフィルムが使用されており、これが時代設定にさらなる信憑性を与えています。例えば、年末のビデオ撮影のシーンでは、ローレンスの映画愛がより感覚的に伝わるようなノスタルジックな雰囲気が演出されています。デジタル全盛期以前の映画制作の空気感を醸し出し、主人公の情熱とシネフィリアのテーマを補強する役割を果たしています。

キャラクター造形|欠点だらけの主人公と温かな周囲の大人たち

『I Like Movies』のキャラクターたちは、それぞれが個性豊かでありながらリアルな人間味を持っています。ローレンスを中心に、彼と関わる人物たちの関係が物語を進行させ、観客に共感や考察を促します。特にアラーナや母親といった大人のキャラクターは、ローレンスの自己中心的な性格に温かくも厳しく向き合い、彼を成長へと導く重要な役割を果たしています。俳優たちの繊細な演技がこれらのキャラクターに深みを与え、映画全体の感情的な魅力を高めています。

ローレンス(主人公)

主人公のローレンス(アイザイア・レティネン)は、17歳の自意識過剰で自己中心的な性格が際立つティーンエイジャーです。彼の映画への情熱は並外れており、その魅力が物語のエンジンとなっています。しかし、この情熱が過剰すぎて、周囲の人々との関係を損なう原因にもなります。ローレンスは自分を中心に物事が回っていると信じており、他者の気持ちに鈍感です。レティネンの演技は、不器用でナルシシスティックな彼の性格を的確に捉え、観客に共感と苛立ちを同時に引き起こします。

アラーナ(ビデオ店の店長)

ロミーナ・ドゥーゴが演じるアラーナは、ローレンスが働くビデオ店の店長で、彼のメンター的な存在です。アラーナは温かみのある人柄でありながら、過去に苦しみを抱えた複雑なキャラクターです。彼女の厳しくも優しい指導が、ローレンスが成長するきっかけを作ります。特に、アラーナが自身のつらい経験を語る長回しのシーンは、本作の感情的なクライマックスの一つです。このシーンで彼女が見せる演技の力強さは、観客に深い印象を与えます。

ローレンスの母親

クリスタ・ブリッジスが演じるローレンスの母親は、思春期の息子と向き合う優しさと忍耐力を持ち合わせた人物です。しかし、ローレンスはその母親に対してしばしば冷たく接し、彼の未熟さが際立ちます。母親のキャラクターは、ローレンスの自己中心的な性格を浮き彫りにしつつ、彼の成長の可能性を示唆する存在として描かれています。

まとめ|映画愛と人間の成長を描いた良質な青春映画

『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』は、映画を題材にしながらも、人間の成長や社会性の重要性を織り込んだ作品です。主人公ローレンスの未熟さや孤立に苛立ちを覚える一方で、彼を温かく見守る周囲の存在が物語に深みを加えています。

時代背景や映画へのオマージュが、映画ファンにとっては楽しみを倍増させる一方で、普遍的なテーマが誰にでも共感を呼び起こします。大きな劇的展開こそありませんが、小さな成長と気づきが詰まった佳作として、多くの観客の心に残ることでしょう。