カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|60年前のケンブリッジ・アナリティカはダメなスタートアップの典型だった?|"If Then" by Jill Lepore

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フェイスブックなどから個人情報を集め、データ分析をして、投票行動に影響を与えるキャンペーンを行ったケンブリッジ・アナリティカは多くの人にとって民主主義への脅威に映りました。しかし、ケンブリッジ・アナリティカのような会社は最初ではありませんし、おそらく最後でもないでしょう。

ジル・ルポールによる書籍"If Then"は行動科学とコンピューターを組み合わせによる投票者の行動分析レポートでジョン・F・ケネディーの大統領選挙戦にも関わったシミュルマティックス社の歴史を振り返ります。ケンブリッジ・アナリティカが誕生するはるか前からコンピューターによる行動操作をしようと考え、実行した人たちがいたんですね。ただ、なぜ彼らは成功しなかったのでしょうか?アイデアは良さそうなんですが。それがこの本のテーマです。

「シミュルマティック」とは聞きなれない言葉ですが、シミュレーションとオートマティックを組み合わせた造語だそうです。人間行動のシミュレーションと自動化。名前からして、とても不気味なのですが創業者たちは全くそんなこと思っていなかったようです。いまだったら、マーク・ザッカーバーグもラリー・ペイジも自分たちがユーザーの個人的な行動データを集めてビジネスに利用するのが「不気味」だとは思ってないと思うんですよね。それに近い感覚をシミュルマティックス社の創業者たちも持っていたようです。

シミュルマティックス社の創業は1959年。1950年代に民主主義の根幹である「選挙」を変える二つが発展しました。ひとつは、コンピューター。1952年アメリカ合衆国大統領選挙の予測をUNIVACを使って行ったのが最初。もうひとつは行動科学です。フォード財団とランド研究所が行動科学の分野で本格的にリサーチに力を入れるのがこの時期。

シミュルマティックス社はこの二つの大きな流れを結び付けました。コンピューターによる人間行動の予測。なんとなく、イギリスのEU離脱キャンペーンやトランプ大統領が勝利した2016年の大統領選挙戦でFacebookなどから得た個人の行動データを使った選挙キャンペーンを主導したケンブリッジ・アナリティカを彷彿させますよね。

確かに、シミュルマティック社はスキャンダラスな面においてはケンブリッジ・アナリティカに近いです。ジョン・F・ケネディの選挙戦でアンケートをコンピューターで分析して政策と投票行動に関するレポートを出しました。そして、ケネディが選挙で勝利した後に、その事例をメディアに大々的にアピールしてケネディの立場を危うくしてしまいました。無断で自分たちの実績をPR?そりゃそうだよ、馬鹿か?お前らよく考えろ!この行動はロバート・ケネディーの逆鱗に触れて出禁になってしまいます。

行動科学とコンピューターを組み合わせて選挙に利用する。このアイデアは確かに当時は斬新でした。いろんなことに利用できるぞ!とシミュルマティックス社の創業者たちは胸を躍らせました。広告だ!広告で大儲けできるぞ!なかなかいい目の付け所だと、グーグルやフェイスブックのビジネスモデルを知っている現在のボクらたちは思いますよね。しかし、シミュルマティックス社はグーグルでもフェイスブックでもないのです。データがない。当時、消費者の行動データを持っていたのは広告代理店です。そして、大手の広告代理店は自分たちで同じことをやりはじめ、自分たちのクライアントにサービスを提供しはじめました。

選挙に関してはケネディー大統領の件もあって出禁状態です。そこで、ピヴォットしたのがメディアです。政党に選挙予測のデータをうることはできないけど、メディアになら売れるのでは?なんとニューヨークタイムズが契約してくれました。しかし、ここでも大チョンボをやらかしてしまいます。シミュルマティックス社にはまともなコンピューターの専門家がいなかった!

そのあとはベトナム戦争で行動科学とコンピューター予測をベトナムの現地で実験する仕事をアメリカ軍から請け負ったりします。それも、やっぱりイマイチな結果。アイデアはいいのだけれど、スキルがついてこない。なんか、ダメなスタートアップの「あるある」ですよ。