Instagramのエグジット *1 はアメリカで八番目に早い記録になります。資金調達と同時に起業し、その七ヶ月後に製品ローンチ。起業から一年後に更に700万ドル(約7億円)の資金調達をし、その一年後にFacebookに10億ドル(約1000億円)で買収されます。ちなみに、Facebookはその直後にIPOをしてエグジットしています。
以下がInstagramの立ち上げからビジネスとして成立するまでの年表です。うーん、めっちゃ早いですよね。Facebookに買収されるまで全く売上はなかったのですが、これだけ資金調達ができていれば全く資金的には問題なく運営できていたでしょう。絵に描いたような順風満帆です。でも、どうやって?
これほど大成功したスタートアップなのに、日本ではその創業者のケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーについてはあまり知られていません。彼らがInstagramを立ち上げる前に何をしていたのか、Instagramを立ち上げた後に何をしたのかを見ていきましょう。
Instagramを立ち上げる前
ケヴィン・シストロムは自称コンピューターオタクで、子供の頃からQ BasicとVisual Basicに親しんでいました。Doomなどのコンピューターゲームにハマっていたそうです。
スタンフォード大学時代、専攻はビジネスマネージメントでしたが、プログラミングは続けていたそうです。そして、スタンフォード大学生向けのCraiglistのようなものを作りました。8000人くらいのユーザーがいて、これが最初のソーシャルネットワークっぽいプロダクトだったそうです。
トイカメラとの出会い
そして、スタンフォード大学在学中にイタリアのフローレンスに留学をして写真を学びました。その時の写真の講師がトイカメラのHolgaを持っていて、ケヴィンが持っていたニコンと交換して使ったそうです。そのころにトイカメラにハマったそうです
Holgaなどのトイカメラのフレームサイズは他のカメラと違ってブローニという6×6の正方形の形が多いのです。トイカメラはトンネル効果やピンボケ感など独自のロウファイな風合いが出るため、愛好家から非常に人気がありました。日本でも流行りましたよね。Instagramにトイカメラ風のエフェクトが多いのはこのためです。
Twitter人脈との出会いとスタートアップの経験
フローレンスにいた頃に卒業後のキャリアを考えてインターンの機会を探していました。フローレンスにはあまりよいインターネット環境は当時なかったそうで、図書館に行かなければいけなかったそうです。そして、ニューヨーク・タイムスでOdeoを知ります。Odeoはポッドキャストのサービスですが、後にピボットしてTwitterになります。ケヴィンはWhoisでOdeoのメールアドレスを探し当ててメールを送ります。そして、それがきっかけでOdeoでインターンとして働くことになりました。
Odeoでのインターンの期間はローンチまでの三ヶ月半。チームは4、5人から15人くらいに増えるまでだったそうです。ケヴィンはここでスタートアップでの働き方を学びます。しかもTwitterを立ち上げるエヴァン・ウィリアムス、ビズ・ストーン、ジャック・ドーシーといった錚々たる面々から。
Instagramの原型となるBurbn(バーボン)の開発
いくつかのインターンを経験して大学を卒業した後にGoogleに入社しました。本当にやりたかったのは開発のプロダクトマネージャーでしたが、コンピューターサイエンスの学位がなかったため、Googleではマーケティングをやることになりました。
それでもやっぱり開発がやりたくなって元Google社員が起業したNextstopに転職します。ちなみに、NextstopはInstagramが起業した2010年後半にFacebookに買収されます。そこで個人的なサイドプロジェクトとして作っていたのがBurbnというHTML5アプリです。最初の構想はチェックインとソーシャルゲームを組み合わせたものでした。しかし、出来上がったのは(大雑把に言えば)Four Squareのようなチェックインアプリです。ただし、写真の共有機能がありました。
そして、このBurbnが投資家の目にとまり、50万ドルのシード資金を調達できました。Instagramで資金調達したのではなく、Burbnで資金調達をしたのです。まだInstagramはなかったですからね。そして、シード資金を調達したことによりNextStopをやめて起業することに決めました。起業するときに声をかけたのが共同創業者となるマイク・クリーガーです。Instagramはケヴィン・シストロムとマイク・クリーガーの二人ではじめました。
しかし、ケヴィンはBurbnに今一つ自信が持てなかったようです。Burbnのユーザーベースは数百人を超えることはなかったようです。一番人気があった機能は写真の共有。そこで、写真の共有に集中することにしました。Burbnをやるつもりで参加したマイク・クリーガーは相当びっくりしたでしょうね。え?チェックインアプリじゃなくて、カメラアプリ?
Instagramの開発
当時はたくさんのカメラアプリたくさんあって、Appstoreには906のカメラアプリが登録されていました。その中からなぜInstagramだけが浮上したのでしょうか?創業者二人が口を揃えていうのが「運」です。
ケヴィン・シストロムは「運が最大の要因。誰でも失敗する。どんなに経験がある人でも。適切な時に、適切な人と、適切なことをやる。ここまでの道のりで、それが出来たのは運。そして、運は自分で引き寄せるしかない。それには必死に働くしかない *2」と言っています。
マイク・クリーガーはインタビューでもう少し分析してくれています。
「もちろん運の要素が大きい。運以外の要因をあえて挙げるといくつかある。まず、全くスクラッチから作ったプロダクトではないということ。1000人ほどのユーザーベースだったが写真の部分だけはすごく気に入られてた。その経験から解決すべき課題を理解していた。
- 写真をよくしたい
- よく撮れた写真はシェアしたい
- 早くしたい
この三つ」
写真をよくしたい
当時のiPhone 3Gは今のiPhoneと比べてあまりカメラの性能がよくありませんでした。ケヴィンがガールフレンドと旅行に行ったときに、ガールフレンドが写真をよく撮れるようにしてほしいと言いました。実際に当時のカメラアプリはあまりキレイに写真が撮れませんでした。
そこで開発したのがX-Pro IIというエフェクトで現在でも使われています。Instagramの初期のユーザーからは写真のフィルターアプリだと思っていた人が多かったそうです。
共有したい
よく撮れた写真は共有したくなります。やはり多くの写真共有アプリが当時もあったそうなのですが、そもそもいい写真を取ることができませんでした。そして、Instagramの初期に重要だったのは人気の写真を集めたポピュラーページだったそうです。友達がInstagramを使っていなくても、いい写真を共有している人をフォローできるました。つまり、友達がいなくてもInstagramにアップした写真を見てくれる人がいる。
早くしたい
当時のiPhoneはカメラ性能もよくありませんでしたが、通信速度もあまり早くありませんでした。特に二人がいたサンフランシスコのネットワークスピードは遅かったそうです。そのために、最初からパフォーマンスには気を使っていたそうです。
例えば、写真やフィルターを選んでいるときにバックグラウンドでアップロードを開始するなどの工夫をしました。そのために、アップロードが早いという感覚が生まれます。
成長の秘訣
グロースハック的な意味での成長で言えばTwitterやFacebookのピギーバッギング *3 や有名人にベータを使ってもらうなどいくつかの工夫をしていました。ただ、こういうことはおそらく普通のスタートアップならやってると思うんですよね。
それよりも大事だったのは、やるべきことに集中したことなんじゃないかと思います。素晴らしい体験を届けるためにすべきことをやる。どうせわからない将来なんて予測(Second Guessing)しない。邪魔なハンバーガーメニューは作らない。何か追加する場合はInstagramの外で試す。マネタイズも考えない(資金はたっぷり調達してますからね)。
InstagramがFacebookに買収された時の社員数は13人で、当時のユーザー数は約3000万人。ユーザー数が1000万人くらいまでは5人だったそうです。あれもこれもやっていたらできない人数ですよね。
どうしてそんな少ない人数でできたのか?という質問に対してケヴィン・シストロムは「すごくスマートな人たちが集まったから」と答えています。
スタッフを雇う時に二つのアプローチがあります。ひとつは早く雇って、早くクビにする(Hire fast, fire fast)。もうひとつはゆっくりその人の能力や企業文化との相性を見極めてから雇う(Hire slow and smart)。インスタグラムの場合は後者でした。そして、参加した仲間たちを信じること。それが少ない人数でこれだけのことを成し遂げた秘訣だそうです。
参考文献
BBC - Future - The simple cult camera that inspired Instagram
Foundation 16 // Kevin Systrom - YouTube
Instagram: Conversation with Co-Founder Mike Krieger - YouTube
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