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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|イノベーションは文化でなく仕組みで作る|"Loonshots" by Safi Bahcall

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イノベーション推進の取り組みを行っている企業はたくさんあると思います。組織の外から取り込むこともあります。スタートアップを買収したり。また、組織の内側から変える取り組みもあります。アジャイルやリーンスタートアップに取り組んだGEなんて代表例ですよね。日本だと新規事業を専任でやる組織を作る場合もあります。このような取り組みは成功することもあるし、失敗することもあります。

大企業とスタートアップを比較して、企業文化がイノベーションを推進する原動力になっているという考え方もあります。しかし、今回紹介する"Loonshots"の著者であるサフィ・バーコールは「企業文化」はイノベーションには関係ないといいます。実際に、多くのイノベーションを生み出した携帯電話のノキア、医薬品のメルク、そしてディズニーもイノベーションを生み出したにも関わらず、同じ企業文化で同じ人材がその後に失敗したりしています。

タイトルとなっているルーンショットは一般的に言われる「ムーンショット(月に行くような難しいこと)」にかけて「いっけん馬鹿げた(Loon)クレイジーなアイデア」という意味です。

Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries

Loonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries

液体の組織と固体の組織

水は液体、氷は固体ですよね。組織も同じだとサフィ・バーコールは言います。この状態の変化を相転移(そうてんい)といいます。水はゼロ度で液体から固体になります。液体でいながら固体でいることはできません。組織も同様でイノベーションを生み出す液体型の組織と管理が得意な固体型の組織は両立しません。組織において「元素」にあたるのは人です。元素が液体と固体では行動が違うように、人も組織の状態によって行動が変わります。

このような考えのルーツは第二次世界大戦で軍隊と科学を結びつけたヴァネヴァー・ブッシュなのだそうです。当時のアメリカはドイツと比べて科学的な兵器開発が遅れていました。潜水艦「Uボート」、弾道ロケット「V2ロケット」やメッサーシュミットが開発した初のジェット戦闘機「シュヴァルベ」が代表例ですね。アメリカは科学力がなかったわけでなく、固形的な当時のアメリカ軍隊が液体的な科学者のアイデアを取り入れることができなかったのです。

固形型組織と液体型組織の化学反応

ヴェネヴァー・ブッシュは軍隊の外に科学研究開発局(OSRD:Office of Scientific Research and Development)を設立、固形型の軍隊組織から離れた場所で液体型の科学者組織を作りました。この「兵士と芸術家を分ける」というのが成功の秘訣のひとつめ。

ふたつ目が「技術」を管理するのではなく、「移転」を管理するということ。液体型組織が作り上げた「クレイジーなアイデア」を固体型組織に採用してもらうことですね。つなぎ役が大切。これが、イノベーションは文化でなく、組織の立て付けが大切だということです。

イノベーションの罠

この本ではイノベーションを妨げる様々な罠についても解説されています。その中でも興味深かったのが、ふたつのルーンショットです。P型ルーンショットは派手でわかりやすいアイデア。例えば、ネットフリックスやアマゾン。もう一つはS型ルーンショットで地味でわかりにくいアイデア。例えばウォルマートやグーグル。P型ルーンショットを続けて、S型ルーンショットに敗れ去る例がたくさん紹介されています。パンナムやポラロイドが代表例ですね。アップルを追い出されて、ネクストを創業した頃のスティーブ・ジョブスもその一人です。

もうひとつ興味深かったのは「結果」のマインドセットと「システム」のマインドセットの違いです。何かに失敗した場合(もしくは成功した場合)、その結果の原因を分析するのが「結果」のマインドセット。例えば、競合より価格が高かったとか。「システム」のマインドセットはその結果を生んだプロセスに着目します。なぜそのような決断をしたのか?誤った決断を避けるためには何をしたらいいのか?

この本はどのような人にオススメか

イノベーションに興味がある人にはまずはオススメです。イノベーションのツールや文化について書かれた本は多いのですが、組織について書かれた本はあまり多くありません。

この本では組織が液体から固体になる方程式を提示しています。実際の方程式は本で確認してください。水が液体から固体に変わるのがゼロ度であるように、組織が液体から固体になるのが150です。これは偶然にもダンバー数と同じです。

ただ、これはまだまだ仮説として考えたほうがいいでしょうね。"Loonshots"で提示されている仮説が本当にそうなのかはまだまだ分からない。

サフィ・バーコールは物理学の博士号を取ってるだけあって、科学者なんですよ。過去のイノベーション事例から数式を作り出したら生存バイアスを受けますからね。ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』なんてまさに生存バイアスの代表例で、彼の本に取り上げられた企業の多くはその後に没落しています。そういう意味では、"Loonshots"は誠実な本でもあります。

*2020/1/23に日本語に翻訳出版されました。