1971年公開のルキノ・ヴィスコンティ監督作品『ベニスに死す』(原題:Death in Venice)は、抑圧された欲望や性的アイデンティティをテーマに、究極の美を追求した芸術映画です。トーマス・マンの同名小説を原作に、監督の美意識が詰め込まれた本作は、映画史に残る名作として高く評価されています。本記事では、映画のあらすじ、ファッションの魅力、そしてヴィスコンティ監督の美学について解説します。
- あらすじ|ベニスのリゾート地で囚われる芸術家の物語
- ファッションと美術|衣装デザインの圧倒的な存在感
- 撮影秘話|舞台と美術への徹底したこだわり
- テーマとヴィスコンティの美学|美と欲望の追求
- まとめ|『ベニスに死す』はヴィスコンティ美学の極致
あらすじ|ベニスのリゾート地で囚われる芸術家の物語
物語の主人公は、老年期に差し掛かった芸術家グスタフ・アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)。彼は創作の行き詰まりと健康回復を求めて、ベニスの高級リゾート地を訪れます。そこで彼は、美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)の姿に心奪われます。タジオの容姿に「究極の美」を見出したアッシェンバッハは、次第に彼の美に囚われ、人生そのものを見つめ直すようになります。
しかし、当時ベニスには伝染病が蔓延しており、街全体に不安が漂っています。この不穏な空気の中で、アッシェンバッハの内面的な葛藤と彼の「美」に対する追求が交錯していきます。
ファッションと美術|衣装デザインの圧倒的な存在感
本作のファッションと美術は、ヴィスコンティ美学の象徴とも言えます。コスチュームデザインを担当したピエロ・トシと、膨大な衣装コレクションを所蔵するウンベルト・ティレリの協力によって、登場人物たちの衣装は物語の一部として強い印象を与えます。
冒頭に登場するルイ・ヴィトンのトランクケースや、美少年タジオが纏うシャネルの衣装など、細部にまで行き届いたデザインは、観る者に驚きと感嘆を与えます。また、ベニスのビーチで展開されるシーンでは、登場人物たちが身に着ける衣装の一つひとつが、この映画を視覚的に象徴する存在となっています。特に、ビーチシーンでの衣装はすべてピエロ・トシがデザインし、ウンベルト・ティレリの手によって一から作り上げられたものです。
撮影秘話|舞台と美術への徹底したこだわり
映画の舞台となった「ホテル・デ・バン」は撮影当時改装中でしたが、ピエロ・トシがオリジナルの家具を用意し、当時の雰囲気を忠実に再現しました。この徹底した美術へのこだわりが、映画全体に時代を超えたリアリティをもたらしています。
また、この映画がアメリカで公開された際、ファッション業界にも大きな影響を与えました。伝説的なファッション編集者ダイアナ・ヴリーランドは、映画を観て感銘を受け、ウンベルト・ティレリのコレクションを訪れたといわれています。
テーマとヴィスコンティの美学|美と欲望の追求
『ベニスに死す』は、「美」への欲望とその抑圧を描いた作品です。主人公アッシェンバッハのタジオに対する感情は、ただの恋慕ではなく、美そのものを追求する哲学的な葛藤を内包しています。タジオは、単なる少年ではなく、アッシェンバッハの「理想の美」を具現化した存在です。
さらに、映画全体を支配する退廃的な雰囲気や、伝染病というテーマも、美と死、そしてそれをめぐる人間の儚さを象徴しています。ヴィスコンティ監督の美学が、視覚と音楽、そして物語全体に息づいています。
まとめ|『ベニスに死す』はヴィスコンティ美学の極致
『ベニスに死す』は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の美学が凝縮された作品です。視覚的な美しさ、哲学的なテーマ、圧倒的な衣装と美術の存在感が融合し、観る者に深い感動を与えます。ファッションや美術への興味がある方はもちろん、映画史に残る名作を楽しみたい方にとって必見の作品です。
美と死、欲望と抑圧という普遍的なテーマを、ヴィスコンティの手腕で極限まで昇華させた本作を、ぜひ一度体験してみてください。