映画『交渉人』は濡れ衣の罪を晴らすために人質をとって立てこもるシカゴ警察東分署交渉人(ケヴィン・スペイシー)と人質開放の交渉を引き受けたシカゴ警察西分署の交渉人(サミュエル・L・ジャクソン)のやり取りが素晴らしい映画でした。
今回紹介する書籍"Never Split the Difference"(日本語タイトル『逆転交渉術』)で著者の元FBI交渉人のクリス・ヴォスはFBI交渉術の成り立ちと、そのエッセンスを紹介しています。実を言うと、ボクはクリス・ヴォスのトレーニングを受けたことがあって、その時はすごく目からウロコだったことを覚えています。
Never Split the Difference: Negotiating as if Your Life Depended on It
- 作者: Chris Voss
,Tahl Raz - 出版社/メーカー: Random House Business
- 発売日: 2017/03/23
- メディア: ペーパーバック
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- 作者: クリスヴォス,タールラズ,佐藤桂
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/06/05
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人間は合理的ではないことを前提とする交渉術
映画『交渉人』が公開されたのは1998年ですが、FBIの交渉術の現代化が1990年代中頃からはじまります。そのきっかけだったのが1993年に起きた子供が25名を含む81名の死者を出した「ブランチ・ダビディアン本部爆発炎上事件」でした。この反省から1994年にFBIで交渉専門部署であるCritical Independent Response Groupが設立されます。
それまでの交渉はロジャー・フィッシャーの"Getting to Yes"(日本語タイトル『ハーバード流交渉術』)が主流でした。
Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving In
- 作者: Roger Fisher
,William L. Ury,Bruce Patton - 出版社/メーカー: Penguin Books
- 発売日: 2011/05/03
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- 作者: ロジャーフィッシャー,ウィリアムユーリー,金山宣夫,浅井和子
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 1989/12/19
- メディア: 文庫
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ロジャー・フィッシャーのアプローチは以下の四つにまとめることができます。
- 「事」と「人」を分ける
- 「何」を要求しているかではなく、「なぜ」それを要求しているかに集中する
- 協力してwin winを探る
- 共通の評価軸を持ち、解決策を評価する
非常に合理的で、論理的です。コンサルティング会社の問題解決アプローチに似ています。まあ、交渉は問題解決なので、論理的な問題解決アプローチを取るのは自然とも言えます。しかし、ダニエル・カーネマン(『ファスト&スロー』の著者)らによる研究で人間は合理的でも論理的でもない(少なくとも半分は)ことがわかってきています。もちろん、現場ではそんなことわかってます。1971年に起きたハイジャック事件でもFBIはもっとできることがあったという判決が出ています。しかし、問題解決に取って代わる方法がなかったのです。
現場で使える方法
ロジャー・フィッシャーが現場で使われていたけと言えば、そんなことはなかったそうです。難しいから。そこで、現場は自分たちで使える方法を探して行くしかなかった。現場の警官が使える方法。犯人を落ち着かせ、ラポールを形成し、要求をクリアにする方法。
これはどの分野でもそうなのですが、大学で研究する学術的なアプローチと、現場で必要なアプローチでは違う。大学で扱うのは理論ですが、現場で扱うのは実践です。
FBIが現場で作り上げたアプローチを要約すると以下になります。
- 交渉は会話とラポール
- 発見のための会話(戦うことが目的の議論ではない)
武器は二つ。
「傾聴」と「戦術的共感」
これくらい単純でないといけない。交渉とは感情のゲームをうまくプレイすることなのだそうです。「好むと好まざるとにかかわらず、世の中はそうなっている」とクリス・ヴォスは言います。
具体的な方法
傾聴
この本では「傾聴」と「戦術的共感」を行うための具体的な方法を事例とともに解説しています。更に心構えと言えることも合わせて解説しています。例えば「憶測は盲目にし、仮説は導く(assumptions blind, hypothesis guide)」です。
この心構えがないと傾聴ができません。FBIでも交渉はチームで行うそうです。場合によっては5人のチームになる。なぜなら、人間は自分の聞きたいことだけを聞くからです。心理バイアスが働く。人間の脳は同時に7つのことしか処理できない。人の言うことを聞いているようで、自分が何をいうか考えている。それは相手も同じ。
さらにいくつかのテクニックとして以下を紹介しています。
- 深夜のラジオDJのような落ち着いたトーン
- 「すみません」からはじめる
- 反復する
- 少し間をおく
- まとめる
戦術的共感
戦略的共感とは他人お立場から物事を見て、考えるです(同意ではないし、同情でもない)。なんか、すごくデザイン思考っぽいですね。ボク自身もサービスデザイナーですが、この部分に関してはとても参考になることが多かったです。例えばレーベリング。
レーベリングは他人の気持ちを言葉にすることです。まず、他人の感情の状態を探知します。そして、その状態を言葉に表します(レーベルをつける)。この時に主語を私はにして「私は...そう見える」にせず、「それは...そう見える」のように客観視するような言葉にする。そして沈黙。沈黙することで相手が自分の感情を表すレーベルに反応することができます。
もう一つ面白かったのは日本語サブタイトルにもなっている「ノーを引き出せ」ですね。「ノー」と言えるのは自分が自由であって、コントロールが自分にあると感じさせることができるのだそうです。相手にコントロールがあると錯覚させる。この辺が単に「共感」ではなく「戦術的共感」な所以です。
この本はどんな人にオススメか
ビジネスパーソンだったらどんな人でも読んだ方がいいでしょうね。ここに書いた以外にもいろんな具体的な方法が解説されています。ボクがトレーニングを受けたのは5年くらい前で、ずいぶんと忘れてしまっていましたが、これを読んで改めていい内容だと思いました。
ただ、言葉に依存する部分が多いので日本語だと若干違うところもあるかもしれません。それでも大枠の部分では非常に参考になると思います。