カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|社員の管理なしでイノベーションして成長するネットフリックスの秘密|"No Rules Rules" by Reed Hastings & Erin Meyer

f:id:kazuya_nakamura:20200926180537p:plain

*異例の速さで日本語翻訳が出たのでリンクを追加しました。

ネットフリックスは間違いなく最も成長している企業の一つです。1997年に創業し、その三年後の2000年にはレンタルビデオの巨人だったブロックバスターに身売りを提案するが断られます。しかし、ネットフリックスは成長を続け、2002年にはIPOします。でも、この頃もまだブロックバスターはネットフリックスの100倍の売り上げでした。しかし、その8年後の2010年にブロックバスターは破産してしまいます。

何がネットフリックスとブロックバスターの明暗を分けたのか?共同創業者で本書"No Rules Rules"の著書のリード・ヘイスティングは文化だと言います。

ネットフリックスには有名なNetflix Culture Deckがあります。リード・ヘイスティング本人がSlideshareにアップロードしたものです。現在のバージョンはネットフリックスの採用ページに掲載されています。Facebookのシェリル・サンドバーグなど、多くの人たちに大絶賛されて話題になりましたよね。この本はNetflix Culture Deckを事例に基づいた詳しく解説したものです。

リード・ヘイスティングはネットフリックスの文化はすべての企業に有効なわけではないと言います。例えば、安全が求められる厳格な管理が必要な業種には向いていません。イノベーションが求められる企業にのみ有効だと言います。また、イノベーション を推進したい企業であっても、一定の条件が揃わなければネットフリックスのやり方はできないと言います。それは、自律型の人材が自由に才能を発揮できる環境です。

自律型の人材が自由に才能を発揮できる環境を作るためにネットフリックスがやったことは以下の三つです。

  • 才能の密度を高める(talent dencity)
  • 率直なフィードバックを推奨(increase candor)
  • 管理をなくす(remove control)

自律的に動いてもらうには、管理を無くさないといけない。考えてみれば当たり前のことなのですが、これがなかなか難しい。

まず、「才能の密度を高める」は優秀な人材を集めるという意味です。優秀な人材であれば、あまり管理は必要がない。ルールやプロセスはあまり優秀ではない社員のために必要というロジックです。優秀な人材を引き付けるために、市場で最高値のサラリー水準です。しかも、月収(基本給)が高い。ボーナス(成果報酬)ではなく。海外企業では成果を出した人ほど収入が高くなる成果報酬型が多いのですが、リード・ヘイスティングはクリエイティブな仕事に成果報酬はそぐわないと言います。だって、成功するとは限らないですからね。成果ベースのサラリーではなく、市場ベースのサラリーはすごく珍しいと思います。

次に、「率直なフィードバック」です。優秀な人間が集まれば、お互いのフィードバックでお互いが成長できるはず。しかし、これも難しい。単なる批判になってはいけない。そこで、ネットフリックスでは率直なフィードバックのための4Aガイドラインがあります。

  1. Aim to assist(フィードバックをする場合は、相手のためになることを)
  2. Actionable(フィードバックは相手が行動が取れることを)

  3. Appreciate(フィードバックを受けた人は感謝すること)

  4. Accept or discard(受け入れるか、受け入れないかは相手に委ねる)

このフィードバックも「率直さ」が大事なのですが「横柄」ではいけません。嫌なやつをJerkと言いますが、Jerkはちゃんと取り除かないといけない。英語でよくWeeds outと言ったりします。雑草摘みという意味。

ここまでやって、ようやく「管理をなくす」ことができます。ネットフリックスもいきなりすべてのルールや管理を廃止したわけではありません。まずは簡単な休暇規則から廃止しました。ネットフリックスでは休暇の制限がないので、好きなだけ休暇をとって構いません。一ヶ月休んでもいい。でも、それでちゃんと会社として大丈夫なの?って思いますよね。もちろん、大丈夫じゃなかった。

まず、トップからちゃんと有言実行で長い休暇を取らないといけない。そして、休暇でどれだけリフレッシュできたかを多く語らないといけない。休暇が自由に取れる雰囲気を作らないといけない。休暇をみんなが取るようになると、仕事に支障をきたすケースが出てくる。そこで登場するのが本書での重要コンセプトである「コンテキスト」です。社員に「コンテキスト」を理解してもらうのが重要。会社のためを考え、他人のゴールも尊重する。その上であれば、どれだけ休んでも構わない。ルールとコンテキストは違います。ルールは明文化した明示的なルール。コンテキストはネットフリックスの求める規範に近い。

そして、続いて経費のルールをなくし、上司の承認プロセスも無くします。自分で判断して、自分で決定しなさい。まさに会社のためとなるのであれば、自律的に動いて構いませんということです。この「会社のためとなるのであれば」がコンテキストです。経費も裏ではチェックされているし、プライベートで乱用していれば当然解雇されます。解雇された場合は、ちゃんとその理由を周りにも説明する。これが「コンテキスト」を社内に広め、定着する効果があります。

これらルールがないことは、市場でも最も評価されているネットフリックスの「福利厚生」で、高額なサラリーに加えて優秀な人材を引き付ける要因となっているそうです。「日本企業では無理だよ」というのは簡単です。ネットフリックスだって相当苦労してここまで持ってきたんですから。難しいことを成し遂げるからこそ、数少ない成長企業になれるんですよね。みんなができる簡単なことばかりやっていたら、こうはならない。

ネットフリックスの考え方はベースキャンプに似ていますが、本質はかなり違います。ベースキャンプも優秀な人たちだけが集まって、ルールなしで、自律的に働いています。ネットフリックスもベースキャンプも顧客価値を第一に考える企業です。違うのは成長に対する考え方ですね。ネットフリックスは急成長をよしとして、ベースキャンプは成長はそれほど重要視していない。コストがカバーできる売り上げを持続的に得られればいい。持続性重視。

 一方で、ネットフリックスのやり方には批判もあります。ダン・リオンズは著書"Lab Rats"でネットフリックスの成長至上主義はヒトをモノのように扱うことにつながっていると批判しています。ただ、これは株式公開している企業であれば、ある程度仕方がないことだと思うんですよね。ベースキャンプは自己資本で株式公開していないから好きなスタイルを貫くことができる。ネットフリックスはそうはいかない。

おそらく、リード・ヘイスティングもそのような批判があるのはわかっているのでしょう。ネットフリックスではPIP(業務改善プログラム)をやっていないと本書でも解説しています。PIPはパフォーマンスが悪いヒトに改善機会を与えるとともに、企業の訴訟リスクを軽減するためにあります。そんなことは無駄なので、退職金をたっぷり出して訴えないと一筆入れさせた方がいいとリード・ヘイスティングはいいます。なんか、どことなく「面倒なことは金で解決すべし!」という感じがいろんなところで見え隠れします。多少のコストがかかっても、社員が自律的に創造的な仕事ができればそれでいい。それはそれで一貫性のある素晴らしい考え方だとも思います。それって成長してるからできるんっすよ……と思わなくもないが。