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書評|クソ野郎、キチガイ、変態と戦う法律事務所|"Nobody's Victim" by Carrie Goldberg

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イブラム・X・ケンディの人種主義に関する本"How to Be an Antiracist"を読みながら、レイシズムが人種主義で、レイシャル・ディスクリミネーションが人種差別ならば、セクシズムが性別主義で、セックス(ジェンダー)・ディスクリミネーションは性別差別とした方がいいんじゃないかなあ?なんて考えていました。しかし、現時点でのセクシズムの日本語訳は女性差別となっています。じゃあ、セクシズムとセックス・ディスクリミネーションの違いはなんなんだろう。男性だって差別される時もあるよね?そんな時に目に留まったのがキャリー・ゴールドバーグの"Nobody's Victim"でした。

Nobody's Victim: Fighting Psychos, Stalkers, Pervs and Trolls (English Edition)

Nobody's Victim: Fighting Psychos, Stalkers, Pervs and Trolls

キャリー・ゴールドバーグはクソ野郎(assholes)、キチガイ(Psychos)、変態(Pervs)、ネット荒らし(Trolls)と戦うブルックリンの法律事務所のC.A.Goldbergの創設者です。戦う相手は大抵男性で、守るクライアントは大抵女性です(例外あり)。大きな黒縁メガネがトレードマークなんですが、めっちゃカッコいいですね。ドラマ化が検討されているのも納得です。

なんでそんな法律事務所を作ったのか?それは彼女自身がストーカーの被害にあったからです。その内容も凄まじい。ストーカーと化した彼氏に精神的に追い詰められ、職場に押しかけられ、嘘の証言で警察に逮捕までされてしまいました。元彼は裸の写真や性行為のビデオも持っていて、それをインターネットにアップロードすると脅しました。この時、警察も弁護士事務所も誰も助けてくれませんでした。性行為のビデオを本人の了承なしにアップロードするのも権利章典第一条の言論の自由に反するのだそうです。当時はまだリベンジポルノを禁止する法律はありませんでした。この経験から自分が同じ経験をしている数多くの女性を助けようと専門の弁護士事務所を立ち上げることを決意します。

ストーキングに関する法整備が進んだのはアメリカでも最近です。きっかけは1989年レベッカ・シェイファー殺人事件でした。この事件は『ムーンライト・マイル』という映画にもなりました。カリフォルニアが最初にストーキングを犯罪とする法整備をし、1996年には49州とワシントンDCでストーキングが犯罪になりました。残りの一州ってどこなんだ?

フランチェスカ・ロッシの場合

この本を読んでいると、アメリカは犯罪者もネットリテラシー高いなと感心してしまいます。いや、感心しちゃダメなんだけど、すごいですよ。被害者でありクライアントの一人であるフランチェスカ・ロッシの元カレであるホアン・トンプソンはOKCupid、FacebookやTwitterなど様々なチャネルで被害者の元カノ偽アカウントを作り、偽情報を流し続けます。メッセージボードを利用して、被害者を攻撃する兵隊をリクルート。VPNを利用してIPアドレスを隠し、Torブラウザでインターネットの活動履歴を隠し、Totanotaでメールを暗号化していました。キャリー・ゴールドバーグの定義ではキチガイ(Psychos)であり変態(Pervs)ですね。

法整備がされていても、施行されないと意味がない。多くの場合、警察はデジタル・フォレンジックのスキルがなく、特にストーカーがオンラインでの行動を匿名アカウントや使い捨てのプリペイド携帯電話を使っている場合はお手上げになってしまうそうです。被害を警察に届け出ても、証拠がない限り何もできないと言われてしまう。キャリー・ゴールドバーグは州警察が動かないため、クライアントのためにまず司法省CCIPSモナ・セッドキーにコンタクト。数週間かけて事件化するように依頼します。そして、その間、クライアントであるフランチェスカにストーキングログを取り続けることを依頼。

加害者のトンプソンはさらに攻撃をエスカレートして、フランチェスカがユダヤ・コミュニティー・センターに爆弾予告をしていると警察やテレビ局に通報します。しかも、12回も。テロの犯罪の場合、普通の警官が訪問するのではなく、スワットチームが派遣されます。偽情報でスワットチームが出動されることをスワッティングというのだそうですが、まさにこの状況。ゴールドバーグも実際に元カレに虚偽の通報をされ、逮捕された経験があるので、この状況は見逃せません。どうやって対応するのかは本を読んで確認してください。ちなみに、トンプソンは逮捕されてめでたしめでたしです。

マシュー・ヘリックの場合

キャシー・ゴールドバーグのクライアントには男性もいます。マシュー・ヘンリックのケースはキャシー・ゴールドバーグをさらに有名にしたケースです。マシューはゲイで元カレのオスカー・ホアン・カーロス・グティエレズにゲイの出会い系サイトで偽プロフィールを作られてしまいます。しかも、偽のマシューアカウントではセックスを求めるメッセージを住所とともに流していたので、マシューとセックスを求める人たちがたくさん訪れました。その数、なんと1000人以上!

出会い系アプリでなりすまし「ホントにあった生き地獄」|WIRED.jp

グティエレズはキチガイ(Psychos)ですが、キャシー・ゴールドバーグの定義では偽アカウントを掲載し続けたグラインダー(Grindr)はクソ野郎(assholes)に分類されます。もちろん、マシュー本人もキャシー・ゴールドバーグもグラインダーにコンタクトを取り、偽アカウントを削除して、グティエレズのアクセスを禁止するように依頼しました。他のゲイアプリは要請に応じたのですが、最大手のグラインダーだけは頑なに無視を決め込みました。いやいや、1000人ですよ!毎日毎日、セックスを求めて赤の他人がドアをノックしたらどうします?

フランチェスカ・ロッシの場合と同様に、犯人であるグティエレズの逮捕には成功します。しかし、そもそもグラインダーが削除要請に応えていれば、ここまで状況は悪化しませんでした。当然ながらその罪を報いるべきだと、マシュー・ヘンリックはグラインダーを訴え、キャシー・ゴールドバーグもそれをサポートします。ところがです。この裁判には負けてしまいます。グラインダーとその他のインターネット会社を守っているのが通信品位法(CDA)230条です。この法律のおかげで、グラインダーもフェイスブックもツイッターもユーザーが投稿したコンテンツに対して法的責任を負いません。道義的に削除すべきでも、法的には削除義務がないのです。これは言論の自由を重んじるためなのですが、それにしてもひどいですよね。

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守ってくれない学校と戦う褐色の少女たち

学校でも女性は性的被害を受けます。十代の子供達は性に興味がありますし、テクノロジーにも精通しています。女の子は彼氏に頼まれれば、自分の裸の写真を撮ってあげたりするそうです。女の子はそんな不用意なことをしてはいけない!と言う人もいるでしょうが、そもそもそれをお願いする男が悪いのです。スナップチャットは消えるメッセージツールで、十代に人気があります。そして、十代はスナップチャットをセクスティング(性的なメッセージ)にも使うんだそうです。

スナップチャットは相手が自分のメッセージや写真のスクリーンショットを撮ると通知されます。しかし、それを迂回して相手に通知を送らないようにするツールもあります。男性はそうやって女性から送られてきた裸の写真を自分の携帯に保存しておきます。これが変態(Pervs)ですね。そして、男たちは彼女と別れるとヌード写真をばらまくと脅します。

元カノを脅す男子生徒がキチガイ(Psychos)であり変態(Pervs)ならば、被害者である女子生徒を守らない学校はクソ野郎(assholes)です。

アメリカには教育プログラムや活動における性差別の禁止を規定した法律である教育改正法第9編(タイトル・ナイン)があります。公立だけでなく助成金を含む公的資金を受け取っている私学も、女性が平等に教育にアクセスできるようにしなければいけないと規定しています。この法律が成立する2年前の1970年に8%の女性しか大学の単位を持っていませんでした。そもそも女性を受け入れない大学もありましたし、女性が入りにくくする大学もありました(日本では明確な法律がないために東京医大のようにまだまだ女性差別がなくなる様子はありませんが)。

タイトル・ナインの適応範囲は授業など学問だけでなく、スポーツなどあらゆる学校の活動が含まれています。アメリカであれば甲子園で行われる高校野球に女性が参加できないのは明確に違法です。素養があるのであれば、女性もマネージャーとしてだけでなく、選手として参加できるようにしなければいけません。法律でそう決まっています。公平平等の原理原則が伝統や文化よりも重んじられます。セクハラも女性の学業の邪魔をすると認定され、タイトル・ナインに含まれるようになりました。慶應義塾大学も私学助成金を国から受け取っているので、タイトル・ナインがあるアメリカであれば大学はセクハラの責任を負わなければいけません。コロラド大学で起きたフットボール選手によるレイプ事件ではコロラド大学が被害者女性生徒に250万ドル(約2億5000万円)の和解金を支払いました。コロラド大学はさらに300万ドル以上の訴訟コストを支払っています。慶應義塾大学はアメリカになくてよかったですね。

人種差別もそうですが、女性差別に関しても日本はまだまだ先進国と比べて法整備が50年近く遅れていますね。

タイトル・ナインのおかげで大学は対応する体制を組むようになりました。しかし、これが高校や中学となるとなかなか追いつかないのが現状です。キャリー・ゴールドバーグの当時の最年少クライアントは13歳で学校でレイプ被害に会い、学校は正しい対応をしてくれませんでした。そもそも、現場にその知識がない。そこで、キャリー・ゴールドバーグは学校を訴えるだけでなく、教育省公民権室(Office for Civil Rights)にタイトル・ナイン違反を報告しました。

同様のケースが立て続けに三件あり、これが例外的な学校の対応ではなく、ブルックリンの公立学校ではよくあることだということがわかりました。そして、その三件とも被害者は有色人種でした。白人の女性の場合は被害を届けて、タイトル・ナインに基づいて適切に処理されることもあるのですが、有色人種の場合は適切に処理されないことが多いのだそうです。これもイブラム・X・ケンディの言うところの人種主義的な政策なんでしょうね。そして、その具体的な政策の是正のために戦っているのがキャリー・ゴールドバーグのような弁護士なんでしょう。

この本はどんな人にオススメか

男性はなるべく読んで欲しいです。少なくとも、学ぼうとする人を茶化して邪魔をしないでください。意識高い系を茶化す風潮がありますが、中身が伴ってなくとも学ぶ姿勢は大事ですよ。だって、日本の差別意識って本当に遅れてるんです。日本人は平均的に差別問題に関して意識が低すぎるんです。知らないのはしょうがない。間違うこともある。学べばいいんです。ハフィントンポストのDJ社長と白河桃子さんの対談すごく良かったです。レペゼン地球もジャスミンゆまもがんばって!

学ぶ意識の高い人にとって、本書はとても良いテキストになります。ここに書いてあること以外でもハンター・ムーアのリベンジポルノサイトだったIs Anyone Up?と弁護士たちはどうやって戦ったのかも解説されています。

やっぱり、リベンジポルノサイトの運営者も通信品位法(CDA)230条を盾に取るのですが、リベンジポルノ防止法が各州で制定されていきます。日本でも私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律が制定されましたね。言論の自由も大事ですが、プライバシーだって基本的人権で守られなければいけません。デジタルの世界は新しい公民権運動のはじまりで、法律家たちがデジタルでの公民権はどうあるかを議論しています。