「戦略」という言葉はビジネスでも使われますが、元々は軍事用語です。第二次世界大戦以降は武力を使った大きな戦争は以前と比べて少なくなりましたが、戦略の重要性は低くなるどころか益々高まっています。
今回紹介する"On Grand Strategy"はアメリカの歴史学者であるジョン・ルイス・ギャディスがイェール大学で教えていた戦略に関する講義をまとめたものです。歴史から戦略を学ぶのって大事ですよね。日本だと『失敗の本質』という良書がありますが、この本の意図もそれに近いものがあります。
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ハリネズミとキツネ
ギャディスの戦略とは先を見通す理想主義と周りを見渡す現実主義の間を行き来するものです。トルストイの『戦争と平和』を題材にしたアイザイア・バーリンの『ハリネズミと狐』を引き合いに出して説明を進めます。大きな理想を追い求めるハリネズミと、たくさんの知恵で現実と折り合いをなす狐。
ゴールと手段の合致
英語で"Means to an end"は目的を達成する手段のことです。Meansは手段、Endsは目的です。戦略上、重要なのは目的は無限で手段は有限だという認識です。目的と手段は合わさっていないといけない。多くの歴史上の偉人たちが最後に失敗したのは、手段が有限だということに気づかなかったことが原因でした。有限の手段で無限のゴールを追いかけてもどこかで破綻します。
なぜ偉業を達成した偉人でもそのような間違えを犯すのか?ギャディスはその理由として酸素を比喩にして説明しています。後から振り返れば自明のことでも、その時は気がつかない。常識は酸素のようなもので、上に登るほど薄くなる。そうならないようにするにはグランドストラテジー(大きな戦略)が必要になります。上に登るにはビジョンも必要だが、周りを見渡す周到さも必要となります。
グランドストラテジーができていた例としてリンカーンを挙げています。リンカーンは崇高なビジョンを掲げながら、かなり泥臭い政治的な駆け引きもやっています。スピルバーグの映画はドラマ化されて誇張化されていますが、それでもリンカーンの現実主義者の面を垣間見ることができます。
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戦略に必要な三つの要素
ギャディスはグランドストラテジーには以下の三つの要素を考慮しなければいけないと説明しています。
- 時間
- スペース
- スケール
これが常識が酸素と同じだという理屈にもつながります。時間軸が長くなり、扱うスペースが大きくなり、スケールの速度が速いほどに細部に目が届かなくなってきます。
時にはキツネのように状況判断をして波に乗る(Steering)ことが必要ですが、時にはハリネズミのように、波に抗い前に進む(Leading)必要があります。
この本はどんな人にオススメか?
まず歴史が好きな人にはオススメです。ペルシャ戦争からはじまり、様々な戦争を上記の戦略という観点から考察しています。また、西洋の考え方に興味がある人にもオススメです。この本では孫子の兵法なども紹介していますが、基本的にはアウグスティヌスやマキアヴェリのような西洋の思想家の引用が多いです。
特に昔の思想家はキリスト教が根本にあるので、なかなか日本人には馴染みがないのですが、西洋的な考えがどこから来ているのかを知るにはいいきっかけになるのではないでしょうか。特にアメリカの学校ではリベラルアーツの一環としてこの辺の知識は授業で習うので、カレッジレベルでは一般常識の部類に入ります。