カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|トランプとマスクの時代、カジノ化していく社会の生き方|"On the Edge: The Art of Risking Everything" by Nate Silver

ネイト・シルバーはアメリカの統計学者で、選挙予測やデータ分析の専門家として知られています。統計分析ウェブサイトの「FiveThirtyEight」で2008年と2012年の米大統領選挙での正確な予測をして一躍有名になりました。いまもSilver Bulletinというニュースレターをやっていて、それを読みながら「今回はトランプが勝つんだろうなあ」とうっすら思っていました。ネイト・シルバーの著書は日本でも『シグナル&ノイズ』が出版されています。ネイト・シルバーはプロのポーカープレイヤーとしての顔もあって、新著『On the Edge』はその経験を活かした内容になっています。

2024年の大統領選においてドナルド・トランプとイーロン・マスクという計算したリスクを取る典型的な「リバーの住人」(後述)と世界は関わらなければいけない未来が確定した現在、「リバーの住人」がどのような価値観をもとにどんな行動をとるのか理解するのには最適な本だと思います。

今回の『On the Edge』はかなりクセが強いというか、統計学者らしからずかなり主観的な内容なので人を選ぶと思います。まず、前半はポーカーにおけるリスクの取り方について語られます。ポーカーについての説明は簡単にするけど、その戦略なんて素人には全く分からない。ポーカーにおけるゲーム理論最適(GTO)の戦略とか。ほんとわかんない。おそらくここで脱落する人は多いんじゃないかと思います。ただ、ポーカーの戦略は本書のテーマではないです。

本書のテーマは確率的思考を武器に、リスクを取りながら常に新しい機会を探し求める「リバー(River)の住人」です。もう、こっからわけわからないでしょ?なんだよ、川って。「リバーの住人」はポーカープレイヤーが手札の確率を計算するように様々な判断を行いリスクを取る。ベンチャーキャピタリストはスタートアップの成功確率を評価し、暗号資産トレーダーは市場の変動を予測する。「リバーの住人」に共通するのは、不確実性を受け入れ、それを利用して価値を生み出そうとする姿勢。

「リバー」と反対の価値観を持つのは「ビレッジ(Village)の住人」(これもよくわからない比喩)。「ビレッジの住人」は政府機関、大手メディア、学術界など伝統的な組織や制度が含まれる。「ビレッジの住人」はは安定性と予測可能性を重視し、リスクは可能な限り排除すべきものと考える。意思決定は慎重で、時には過度に保守的。

非常に長いポーカー戦略の解説後、後半になってようやく本題である「リバーの住人」の話にに移る。ただ「リバー」と「ビレッジ」の分類が今一つ腹落ちせず、なかなか頭に入ってこない。社会の複雑な問題をリバー対ビレッジという二項対立だけで語るって無理がないか?とか。そこはちょっと脇に置いて読み進める。

後半はシリコンバレーにおける「リバーの住人」としてイーロン・マスクとピーター・ティールの比較したり、暗号化通貨におけるサム・バンクマン=フリードを例としてリスクを取ることが必ずしもいい結果をもたらすわけではないことを示しています。現代では計算したリスクを取る「リバーの住人」が大きな影響力を持ってきているが、それが社会全体として正しい方向に進むわけではない。たとえば「リバー」な指導者が現れてリスクを取って核戦争をはじめられても困るわけです。

「リバーの住人」の様々な特徴を解説しているのですが、ネイト・シルバーのインタビューに基づく主観的な見方であることは否めない。統計などの客観的なデータがあるわけではない(統計学者としてそれはどうなの?と思わなくもない)。それでも分析の中には合理主義と効果的利他主義の比較など興味深いトピックもたくさんあります。論理や証拠を用いて信念や行動を導くという点で共通点があるものの、焦点や基本的な理念が異なる哲学的な運動ですが、「リバーの住人」はどちらかまたは両方の傾向を持っているとのこと。

とても主観的でとっ散らかった印象が残る本ですが、興味深いトピックも所々にあって刺激にはなります。情報量が多いので、用語集が最後に掲載されている。できれば本文でちゃんと解説してほしかったけど、そうしたら膨大なページ数になってしまうから仕方ないんでしょうね。

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