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『ポゼッサー』映画レビュー|ブランドン・クローネンバーグ監督が描く身体と意識の境界

2020年公開の『ポゼッサー』は、ブランドン・クローネンバーグ監督によるSFノワール作品です。父親であるデヴィッド・クローネンバーグ監督の影響が色濃く感じられる本作は、「身体」や「変身」というテーマを中心に据えています。父の作品を想起させるモチーフを継承しつつも、ブランドン監督独自のスプラッター的な美学が際立つ一作です。

あらすじ|他人の身体を乗っ取る暗殺者の葛藤

主人公ターシャ・ヴォス(アンドレア・ライズボロー)は、脳にインプラントを埋め込み、他人の身体を乗っ取る技術を用いる暗殺者です。ターシャは仕事において冷徹なプロフェッショナルでありながら、自身のアイデンティティが曖昧になりつつあることに違和感を覚えています。

ある任務で、裕福な家族の息子であるコリン(クリストファー・アボット)の身体を乗っ取りますが、コリンの意識が徐々にターシャに抵抗を始め、脳の中で意識の主導権を巡る混沌とした争いが展開されます。この境界の曖昧さと暴力的な衝突が物語の緊張感を生み出しています。

テーマ|身体と意識、そして暴力の関係性

『ポゼッサー』の中心にあるテーマは、「身体」と「意識」の分離、そしてその曖昧さです。ターシャは他人の身体を通して暗殺を実行しますが、その過程で自分のアイデンティティが侵食され、次第に混乱していきます。この描写は、デヴィッド・クローネンバーグ作品における「身体の変容」や「自己の崩壊」というテーマを思わせるものです。

しかし、本作はそれだけに留まらず、ブランドン・クローネンバーグ監督の独自性も感じられます。特にスプラッター的な暴力描写や人体破壊へのこだわりが、父親とは異なる美学を際立たせています。物語の中で繰り返されるグロテスクな描写は、観客に身体の物理的な側面と、そこに宿る意識の脆さを強烈に印象づけます。

映画技法|鮮烈なビジュアルと独特の映像演出

英語レビューで高く評価されている点として、本作の映像技法があります。特に、鮮烈な色彩や光の演出が物語の狂気を引き立てています。ターシャが意識を他人の身体に移行する場面では、視覚的なディストーションや夢幻的なイメージが多用され、観客に没入感を与えます。

また、撮影技術や編集も巧みで、暗殺の場面では緊張感を高めるカット割りが使われています。静かなシーンから突然激しい暴力描写に切り替わることで、観客の不安をかき立てる効果を生んでいます。これらの演出は、ターシャの精神状態や物語のテーマをより深く観客に伝える役割を果たしています。

キャラクター造形|混乱と暴力の狭間で揺れる主人公

ターシャ・ヴォスは冷徹で効率的な暗殺者ですが、物語が進むにつれて、彼女の内面の混乱が表面化していきます。他人の身体を操ることで任務を遂行する一方で、自分自身の意識や存在が揺らぐ様子がアンドレア・ライズボローの演技によって巧みに表現されています。

また、コリン役のクリストファー・アボットは、乗っ取られる側の葛藤を力強く演じています。彼の抵抗がターシャとの精神的な衝突を激化させ、物語全体の緊張感を支えています。

まとめ|観る者を選ぶが、独特の世界観を持つ一作

『ポゼッサー』は、暴力や身体の変容といったテーマを通じて、自己の喪失やアイデンティティの崩壊を描いた作品です。ブランドン・クローネンバーグ監督は父親からの影響を感じさせつつも、スプラッター的な美学や鮮烈な映像演出を駆使して独自の作風を確立しています。

観る者を選ぶ内容ではありますが、この特異な世界観にハマれば、強烈な印象を残す一作です。デヴィッド・クローネンバーグ作品が好きな方には、ブランドン・クローネンバーグ監督の作風もぜひ体験していただきたい作品です。

ポゼッサー(字幕版)

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