カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|マルコム・グラドウェルの逆襲なるか|"Revenge of the Tipping Point: Overstories, Superspreaders, and the Rise of Social Engineering” by Malcolm Gladwell

マルコム・グラドウェルはとても優秀な語り部だと思うし、切り口も新鮮。センスがいいノンフィクション作家(邦題のタイトルが毎回センスのかけらもないのが残念だけど)だと思います。ただ本国では過去作品の考え方が経年劣化してきて、飽きられてきているような印象もあります。新鮮味はあるけど普遍性がない。

それを意識してかどうかわかりませんが、25年前のデビュー作である『Tipping Point(邦題:急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則)』のテーマを再訪して現代のナラティブに合わせる試みが本書『Revenge of the Tipping Point』になります。

最初の『Tipping Point』ではハッシュパピーズの靴やエアウォークといったポップカルチャーの事例で「伝播」のポジティブな面を見せていたけど、新作では米国の深刻な社会問題に焦点を当てて「感染」の広がりを分析している。オピオイド危機、人種別入学枠、COVID-19の感染拡大など。

今回は三つの重要な概念を提示しています。ひとつめが場所に関してで「オーバーストーリー」(社会を支配する物語)と「モノカルチャー」という考え方。ふたつめは変化をもたらす要素として「マジックサード」(変化を起こすために必要な3分の1という臨界量)。そして発火点としての「スーパースプレッダー」(感染を広げる極少数の存在)です。

この三つの要素を理解するための事例をグラッドウェルは用意しています。「オーバーストーリー」を理解するためのマイアミ発展の裏側とメディケア詐欺、「モノカルチャー」を理解するためのエリート校での自殺者増加、「マジックサード」を理解するためのハーバード大学のアスリート優遇の裏側、「スーパースプレッダー」を理解するためのCOVID-19の感染拡大など。

それらの事例の話は確かにおもしろい。ハーバード大学が選考でなぜアスリートを優遇するのかの説明とか本当におもしろい。ただ、事例が一つしかないのはやはり気になる。なんか、語り上手のグラッドウェルに騙されている気分になってくる。マイアミ発展の裏側とメディケア詐欺も物語としては面白いんだけど、単純化しすぎな気もする。優秀なストーリーテラーなんだけど、そこに頼りすぎている印象が今回は強い。読み物としては面白いけど……普遍性がない。やっぱりそこに行きついちゃうんだなあ。前作の『ボマーマフィア』のほうが面白かった。

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