「スタートアップ」と聞いてまずパッと思いつくのってテクノロジー系ですよね。今は超巨大企業のGoogleだってFacebookだって最初はスタートアップでした。でも、実際には技術とは関係ないスタートアップもたくさんあります。例えばスコットランドのクラフトビール醸造所であるBrewdogだってスタートアップです。
一般的にスタートアップと中小企業(スモールビジネス)はその成長スピードと着地点の大きさが違います。流行り言葉を使えばアジャイルにスケールするのがスタートアップです。テクノロジーを活用するとそれが実現しやすい。テクノロジー系のスタートアップが多いのはそのためです。そしてそれを実現するためにヒトモノカネが必要になります。じゃあ、日本の地方ってどうよ?ってのが今回の座談会のお題です。
今回お集まりいただいたのは増田さん(TechWave編集長@栃木県宇都宮市在住)、モデリングツールをグローバルで展開している熊谷さん(株式会社チェンジビジョン代表取締役@福井県福井市在住)、TEDxを氷見に誘致してTEDxHimiを実現させた川向さん(HAPPY PROJECT LLC@富山県氷見市在住)です。これにカタパルト式なかむらを加えた四人。四人の共通点は海外経験があること、事業立ち上げ経験があることです。さてさて、どんな議論になるやら!
地方でファンディング集まるの?
カタパルト式なかむら
今回はお集まりいただきありがとうございます!地方のスタートアップ環境をヒトモノカネという三つの軸で議論をしていきたいと思います。まずはお金の話。
一般的なスタートアップの資金調達の流れは……
- 自己資金
- 3F(Friends、Family、Foolsを合わせて3Fと言います)
- エンジェル(エンジェルをFoolsに入れることもある)
- ベンチャーキャピタル
- 銀行
……って感じかと思います。
そして最終的には上場(IPO)するか買収(M&A)されると言うのが出口戦略。もちろん自己資本だけでやってるところもあって、それはブートストラップ(Bootstrap)と呼ばれていますよね。ボク自身もブートストラップです。地方もだいたいこの図式であってますか?
川向さん
まず、4番のベンチャーキャピタルに代表されるリスクマネーは流れてこないと思っています。
日本の地方に特有なのは助成金は補助金ですね。多くは、助成金をもらうことが目的化しているところがあります。また補助金を使って地元に投下しても、身銭を切っていないので、真剣味が足りなくなってしまいます。
増田さん
栃木なども助成金は同じようですが、イベントとか観光の共同事業など単発ものが多いように思います。継続的に助成されないので、助成が終わると事業もたためるようなものが多いですね。彼らは「助成金がつくと会社として箔がつく」と思う節があり、企業成長に欠けるスタートアップとは水を分けるように思います。
川向さん
そう。お金がある状態から始まるので、お金があるのが当たり前という感覚になってしまう。そうなるとまともな事業にならないですよね。助成金に関しては「箔がつく」というのは地元向けにはありますね。
ただ悪い面だけでもなくって運用の仕方だと思います。アグリスタートアップの手伝いを10年ほど前にやりましたけど、それは農家のおっちゃんが始めたので、資金繰りにすぐにぶつかりましたね。スタートアップの初期は資金を調達するのが大変です。助成金をシードファンドだと考えて、それを軸に継続的なビジネスの絵を描ければいいと思います。
熊谷さん
お金に関してはリターンに見合うものがあればある程度は集まると思います。ただ地方の場合はファイナンス関連のコミュニティーへのアクセスは弱いのでその点は難点。
助成金自体は悪くないと思うんですが、運用コストがかかるのは気にかけた方がいいですね。直接人件費が制限されていたり、流行りネタに結構流される、ハード系が有利とかソフトウェア関連だと使いづらいものが多いです。現在の助成金はソフトウェア系スタートアップにはちょっと難しいかなと思います。
増田さん
地方銀行は都心よりもむしろリスクマネーを活用法する機運に満ちています。いわゆる日本のシード系ベンチャーキャピタルがかつてバラまいたような数百万から一千万程度は地銀系ベンチャーキャピタルが無担保で融資します。また、震災後に多くの工場などを救った資本性ローンについても普及が進んでいます。
アメリカ型を真似しようと無理をするよりはずっと現実的のようにみえます。 問題は成功の絵を描ききれていないソフトウェアの問題のように思います。 つまり、人のマインドやノウハウですね。熊谷さんの言う「リターンに見合う」絵が描けない。
熊谷さん
アメリカ型だと大きな絵をドンと描きますよね。私自身は具体的に「このお客さん」に「これを提供する」ことで黒字転換するというのが大事だと考えています。
ちなみにファンドは増田さんのお話にもありましたが金融機関も資本制ローンや保証なしの貸付などの提供機運が高まっています。ベンチャーキャピタル向けにやりたいことと違う流行りのモデルを提案するよりは健全ではないでしょうか。中小企業でも一億円ぐらいなら調達できますね。
カタパルト式なかむら
海外だと資本性ローンを含むデットファイナンシング(返済が必要な資金調達方法)はアーリーからミドルのつなぎ資金のイメージがあります。デットファイナンスは創業者が抱える金銭的なリスクが大きくなりますが、ベンチャーキャピタルで調達するよりは自分の思い描くビジネスを自由に実行できるメリットもありますよね。
日本、特に地方の場合は初期のシード資金に関しては助成金をベンチャーキャピタルのリスクマネーの代わりとして使える環境があって、場合によっては資本性ローンのようなデットファイナンシングというオプションも初期には用意されているという感じですかね。
地方で人は集まるの?
カタパルト式なかむら
事前にアンケートを取らせていただいたのですが、「ヒトモノカネ」の中で一番課題として挙がったのが人の課題でした。人材って地元の人材と地元以外の人材に分けることができると思うんです。
増田さん
まず、地元の人材に関していえば地域特性があると思うんですよね。その土地でしか調達できない人材。50万の都市と、労働人口3000万の大都市では母数の比較すれば大きな差があります。ただ地域特性に依存するのかなと思うんです。 自動車産業の研究者が集まる50万都市があるとして、3000万大都市だとして金融やITが中心なのだとしたらその分野の経験者がいる確率は低いわけで、業界や業種、働き方、地域特性などで調達の仕方は全く違うように思います。
熊谷さん
地元/地元以外というアングルに加えて、コア人材とノンコア人材というのもあります。アウトソースできる役割とそうでない役割ですね。
働くのはリモートで構わないし、立ち上げの頃はほぼほぼアウトソースでいいんですよ。よい人材はコミュニティー参加での直接リーチが最適なのですが、地方だとオフラインでのリーチが難しいなと。出会えればリモートワーク自体はそんなにしんどく無いんですけどね。うちの場合は。
私は月二回ぐらい東京出張しますがそのスケジュールの1/3はコミュニティーへの参加です。海外はオンラインコミュニティーで繋がっといて年数回の出張でリアルにあうみたいな感じ。
ちなみにうちの場合英語圏マーケティングはクリーブランドの人とたまにベルリンの人だし開発は上海とハノイにも人がいます。
川向さん
コアな情報ソースってネットにないのでどうしても人的リソースの比重が多くなりますかね。そういう意味で熊谷さんがおっしゃるようにコア人材はリアルな場所で会えるのが理想。地方でコア人材は業種によって変わってくるのでまさしく地方だと限られてきます。
増田さん
特に受託以外、独自のサービスなどを展開しようとする場合、経験値や総合力、もしくはその両方が求められます。若年層の場合、多様性を認められる理解度や柔軟性、およびいよくなどのバランスが求められます。そういった資質がある人材の多くは都心に目を向けているため、地方だと獲得が困難になりがちです。
熊谷さん
事業拡大時に適切な知識と野心を持った人材確保は本当に難しいですね。
カタパルト式なかむら
スタートアップに適した性質ってありますよね。それはその人がもともと持っている気質もあれば、育てられる気質もある。例えば海外だと地方でも割とコミュニティー活動が盛んで経験則の知財がそこにたまる。それを商売にしているのがGeneral Assemblyみたいなスタートアップだったりする。アクセラレーターとかインキュベーターもまあ、そうですかね。地方にはそういうのってあまりないんですかね?
川向さん
最近は地方にもStartup Weekendが出てきたりサポートできるのが増えてきてる感じはしますね。インキュベーションスペースは行政が作ったりしててだれもいないっていうのが多いです。
距離はハンデになる?
カタパルト式なかむら
最後にモノの話です。ボク自身シンガポールからオランダへ移ったのってコストを抑えるためだったんです。最大のコストがボク自身の人件費だったから。そういう人間からすると地方ってモノに関しては東京よりアドバンテージがあるんじゃないかと思うんですよ。東京と比べてコストが抑えられるし、インターネットがあればモノの調達はできるだろうから。
インターネットから得られる恩恵は地方だとかなり大きいのではないですか?
熊谷さん
すべてオンラインでできる場合はそうですね。オンラインで済ませられない場合、やはり都市圏との物理的な距離は課題はあります。
特にB2Bの場合だとクライアント訪問だけでなくセミナー、カンファレンス、展示会参加も含めてオフライン接点確保が商談のポイントであるので。B2Bでもそこそこ手間がかからない案件であれば国内外を問わずマーケティング・オートメーションで対応は可能かもしれません。それでもスケールさせるにはそれなりのコストがかかりますが。
川向さん
家賃は確かに安いです。そこはありがたいかな。遠方にいると、都市部のクライアントのところへの移動がかかりますが、それも気分転換になっていいです。
増田さん
福岡のように大都市でありながら関東圏と比較すると生活費が安価に済むところもあり一概にいえませんが、それぞれの地域には自然や地域に根差した文化との接点が介在すると思います。
東京のように密集することがいいと思われがちですが、いろいろな産業は地域の文化と連携して価値づくりをしてきたわけで、そのことを軽視する流れが依然続いているのは恐ろしくも感じます。シリコンバレーなどは北関東そっくりで自然が豊か、かつゴールドラッシュ時代の文化が継承されているからこそ今があるわけですから。
カタパルト式なかむら
世の中にはいろんなビジネスがあってそれぞれ地方特性があるということですよね。そういう意味においても一つの正解なんて絶対ないわけですが、皆さんそれぞれ別の地域でビジネスの立ち上げにかかわっている。座学ではなく、行動から得てきた知見はとても刺激的ですし、はら落ちします。
本日は皆様お忙しい中、この座談会にお時間をいただきありがとうございました!
参加者プロフィール
川向正明 - HAPPY PROJECT LLC@富山県氷見市在住
シリコンバレーでベンチャー企業に参画。帰国後は様々な事業立ち上げに関わる。子育てのできる環境を求めて北陸に移住した後、インバウンドなどの企画立案に従事。現在は本業であるHAPPY PROJECT LLCでベンチャー支援や教育事業の傍ら、定置網エバンジェリストとして、資源管理に優れた持続可能な漁業として定置網漁を国内外へ発信。2016年1月には北陸初開催となるTEDxHimiを立ち上げ。
熊谷恒治 − (株)チェンジビジョン代表取締役@福井県福井市在住
マイクロソフトのエバンジェリスト元本家(元祖ではない)としてオブジェクト志向の普及啓蒙に長きに渡り邁進。「エバンジェリスト」の日本での普及に貢献。株式会社豆蔵では董事長として上海に赴任。中国ビジネスの立ち上げと拡大に貢献。現在は株式会社チェンジビジョンの代表取締役として福井を拠点としてグローバルにソフトウェア設計支援ツール『astah*』を展開中。
増田真樹 − TechWave編集長@栃木県宇都宮市在住
1990年代初頭からソフトからハードまで50以上のスタートアップ立ち上げを国内外で経験。平行して雑誌ライターとして疾走。シリコンバレーでガレージベンチャーに参画後は、国内でネットエイジを筆頭にスタートアップに多数関与。ブログやSNSの国内啓蒙、ソニーの社内イノベーション事業など関与。通信キャリアのニュースポータルの立ち上げ期の編集デスクとして数億PV事業に育てた後、TechWaveにジョイン。世界最大のグローバルIT系メディアであるスペインの「Softonic」の元日本編集長。
カタパルト式なかむら - カタパルト式スープレックス主筆@東京都練馬区在住
PR業界からマイクロソフトに転身。Windows 95の立ち上げ前にサービスデザインの手法を使ってエクスペリエンス向上に貢献(ペルソナやジャーニーマップを実際のビジネスで活用したのはおそらく日本初=自慢)。その後、18年間だらだらと働き続ける。シンガポールに渡って、それでもアジア全体で年間1000億円のビジネスを二桁成長させてきました(自慢)。「もうやることないなー」とシンガポールでqeuepを立ち上げ、政府系機関や大手企業のデザインプロジェクトに参画。その傍ら、写真まとめアプリ『Bindly』を開発。その後さらにオランダに渡り、独自のデザインツール『サービスジオラマ』を開発、多くのUXコミュニティーやスタートアップコミュニティーで講師を務める。現在は日本を拠点としてブログマガジン『カタパルト式スープレックス』主筆をしている。