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『ブルータリスト』徹底解説|ホロコーストを生き延びた建築家と見せかけのアメリカンドリーム

『ブルータリスト』は、俳優としても知られるブレイディ・コーベット監督の最新作です。主演のエイドリアン・ブロディがハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トートを演じ、第二次世界大戦後のアメリカでの彼の波乱万丈な人生を描いています。本作は第78回英国アカデミー賞(BAFTA)で監督賞や主演男優賞など4部門を受賞しました。

注意:徹底解説なのでこのレビューは多くのネタバレ要素を含みます
監督が意図しているテーマなど自分で探したい人にはオススメしません。観終わった後に、答え合わせに読むことはとてもおススメです。

あらすじ|アメリカンドリームを追い求めた建築家の物語

物語は、ホロコーストから生還したラースロー・トートが、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と共に新たな生活を求めてアメリカ・ペンシルベニアに移住するところから始まります。現地の実業家ハリソン(ガイ・ピアース)から礼拝堂の設計・建築を依頼されたラースローは、家族の早期移住と引き換えにこのプロジェクトを引き受けます。しかし、異国の地での文化や芸術への理解の差、そして自身の過去のトラウマに直面しながら、彼は夢と現実の狭間で葛藤していきます。 

テーマ|アメリカンドリームの解体と芸術家の葛藤

『ブルータリスト』は、単なる移民の物語や建築ドラマにとどまらず、深い社会的テーマを内包しています。物語の中心には、アメリカンドリームの解体があります。主人公ラースロー・トートは、第二次世界大戦後の混乱から逃れ、アメリカで新たな人生を築こうとするものの、移民に対する偏見や反ユダヤ主義といった壁に直面します。映画は、「平等な機会の国」とされるアメリカが、実際には新参者に厳しい現実を突きつける場所であることを鋭く批判しています。ホロコーストから逃れても、アメリカでも自由にはなれない。

さらに、物語は「芸術と商業主義の対立」にも焦点を当てています。ラースローは純粋な芸術性を追求する建築家ですが、社会の期待や裕福なパトロンの要求により、しばしば自身の理想を曲げざるを得ない状況に追い込まれます。この葛藤は、建築様式としての「ブルータリズム」が象徴しています。無骨で生々しいコンクリートの構造物は、移民としての孤立感や、社会に馴染めない異質な存在を体現しており、ラースロ自身の苦悩を反映しています。

『ブルータリスト』は、単なる個人の成功譚ではなく、移民として生きることの困難、芸術と商業のせめぎ合い、そして社会の中で異質なものがいかに排除されるかを描き出した作品です。それは同時に、アメリカンドリームの光と影を暴き出す、深い人間ドラマでもあります。

キャラクター造形|実力派俳優陣が織りなす深みある人物像

『ブルータリスト』は、登場人物たちの内面を緻密に描き出すことで、物語に重層的な深みを与えています。ブレイディ・コーベット監督は、各キャラクターに複雑な背景と心理を持たせ、実力派俳優たちがその複雑性を見事に体現しました。それぞれの人物像が物語の軸となり、移民の苦悩、芸術家の葛藤、そしてアメリカンドリームの虚構を鮮明に描き出しています。

ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)

本作の主人公ラースロー・トートは、バウハウスで学んだ才能あるハンガリー系ユダヤ人建築家であり、ホロコーストを生き延びた後、アメリカへ渡ります。しかし、彼を待ち受けていたのは理想と現実の狭間で苦悩する日々。移民としての差別、芸術性と商業主義の板挟み、そして個人的な依存症との戦いが彼の人生を蝕んでいきます。

エイドリアン・ブロディは、この複雑なキャラクターを繊細かつ力強く演じ、内面の葛藤と脆さを見事に表現しました。特に、芸術家としての誇りと生存のための妥協、その狭間で揺れ動くラースロの心情を深く掘り下げた演技が印象的です。

エルジェーベト・トート(フェリシティ・ジョーンズ)

エルジェーベトは、ラースローの妻であり、彼と共にホロコーストを生き延びた強い女性です。物語の序盤では、彼女の存在は手紙やナレーションを通して語られ、実際に登場するまで観客の期待を高めます。アメリカで再会を果たすも、エルジェーベト自身も深い心の傷と、身体的な障害を抱えており、その内面には夫を支えつつも自らの葛藤と孤独を秘めています。

フェリシティ・ジョーンズは、エルジェーベトの繊細な感情の起伏を見事に演じ、物語に温かさと緊張感の両方をもたらしました。彼女の存在は、ラースローの心の拠り所であると同時に、彼が背負う家族という責任の象徴でもあります。

ハリソン・ヴァン・ビューレン(ガイ・ピアース)

ガイ・ピアースが演じるハリソンは、アメリカの裕福な実業家であり、ラースローの才能に目をつけ、彼を支援するパトロン的存在です。しかしその関係性は単純なものではなく、ハリソンはラースローに仕事の機会を与える一方で、お金に厳しくコスト削減のために彼の芸術性を抑圧しようとします。

また、ハリソンは事業で成功しながらも芸術的な才能がないことに劣等感を持っています。初版本の蒐集も単なる興味の域を超えた憧れを表しています。そのためラースローに才能があることを認めつつも、貶めたい欲望に駆られていきます。

ガイ・ピアースは、この二面性を持つキャラクターを巧みに表現し、移民と権力者の間に存在する不均衡な力関係を浮き彫りにしました。ハリソンはラースローにとって恩人であると同時に、縛り付ける牢獄でもあり、アメリカ社会の冷酷な現実を体現する人物でもあります。

映画技法|象徴的映像と独特の構成が生む深い没入感

『ブルータリスト』は、その重厚な物語を映像的にも豊かに表現するため、ブレイディ・コーベット監督が独自の映画技法を駆使しています。特に視覚的象徴、撮影手法、編集構成、音楽の使い方など、細部に至るまで緻密に計算された演出が観客を物語世界へと引き込みます。

視覚的象徴とオープニングショット

物語の幕開けは、主人公ラースロー・トートが暗い船内を歩く長回しのショットから始まります。このシーンは、カメラが途切れなく彼を追い続け、最終的に逆さまに映し出される自由の女神像で終わります。この倒立した象徴は、「歪められたアメリカンドリーム」を表現し、移民としてのラースローの孤立感と疎外感を強調しています。

また、物語中盤では、ラースローが設計した建築物に「光の十字架」が差し込む場面があります。これは、移民たちに押し付けられる異文化の重圧や、アメリカという国が約束する希望の儚さを示唆しています。

撮影手法と没入感の演出

コーベット監督は、古典的なVistaVisionカメラを使用し、35mmフィルムを水平に走らせることで、より大きく鮮明な映像を実現。この手法は1950年代の映画に使われていたものですが、本作では時代背景の再現と観客の没入感を高めるために採用されています。

さらに、長回しのシーンが多用されており、物語の緊張感を高めています。特に、物議を醸すレイプ告発の場面では、カットを挟まず一連の流れを捉えることで、観客に直接的な衝撃を与える演出となっています。また、撮影監督のロル・クロウリーは自然光を活用したライティングを選択し、映像全体にドキュメンタリー的なリアリズムをもたらしています。

編集構成と物語の重層性

編集は、ブルータリズム建築の特徴である幾何学的な精密さを意識して行われています。編集者のダーヴィド・ヤンチョーは、長回しの映像と鋭いカットを組み合わせ、静と動のコントラストを演出。物語は数十年にわたる壮大なスパンで描かれ、移民としての苦悩やアメリカンドリームの変遷が丁寧に掘り下げられています。

特筆すべきは、215分という長尺にもかかわらず、全3章構成を採用し、第1章と第2章の間に15分のインターミッション(休憩)を挟む独特の上映形式です。この形式について監督は、「観客に時間の流れを意識させ、物語の重厚感をより深く感じてもらいたかった」と語っています。

音楽と心理描写

元Yuckのフロントマンであるダニエル・ブルンバーグが作り出す音楽は本作において非常に重要な役割を果たしています。ストリングスを中心としたクラシックな要素と不協和音を用いたモダンな要素が見事に融合して、ラースローの芸術家としての精神を見事に表現しています。

繰り返し使われる哀愁を帯びた打楽器の旋律が特徴的で、特にオープニングシーンでは移民としての不安と孤独を強調します。シンプルながらも執拗に繰り返されるリズムは、ラースローの内面的な葛藤や焦燥感を観客に直接伝える効果を持っています。

まとめ|壮大なスケールで描かれる感動のヒューマンドラマ

『ブルータリスト』は、戦後の混乱期における一人の建築家の人生を通じて、家族愛や夢、そして人間の強さを描いた感動的な作品です。実力派俳優陣の熱演と、監督の独自の演出が融合し、観る者の心に深い余韻を残します。建築や歴史に興味がある方はもちろん、重厚な人間ドラマを求めるすべての映画ファンにおすすめの一作です。