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書評|独占禁止法の歴史から現代のGAFA寡占と経済の停滞を検証する|"The Curse of Bigness" by Tim Wu

f:id:kazuya_nakamura:20190310110025p:plain多くの人は世の中を悪くしてやろうなんて考えてないですし、その人たちなりの正義に基づいて行動しています。ある人にとっての正義が、別の人の正義ではないというだけです。それはこれまで散々もてはやされていたGoogleやFacebookが、ここ最近は悪者として描かれることが多くなったことにも見て取れます。

人としては悪いことをしているつもりではないのに、いつの間にかダークサイドに落ちている。人の問題でなければ仕組みの問題となります。今回紹介するティム・ウーの新著"The Curse of Bigness"では仕組みの問題として独占禁止法のあり方を指摘しています。

The Curse of Bigness: Antitrust in the New Gilded Age

The Curse of Bigness: Antitrust in the New Gilded Age

現在の問題:先進国内での貧富の差の拡大

ティム・ウーはまず問題提起からはじめます。それは貧富の差の拡大です。

ハンス・ロリンズは『ファクトフルネス』で、スティーブン・ピンカーは"The Enlightenment Now"でそれぞれ「世の中は今だよ悪いが、全体的には良くなっている」という分析を数値とともに示しました。最貧国はどんどん少なくなってきています。国と国の間の格差はなくなりつつあります。しかし、悪くなっていることもあります。スティーブン・ピンカーも認めるところではありますが、その一つに先進国内での貧富の差の拡大があります。

アメリカでは1%の人が23.8%の所得(フロー)を稼ぎ、30.8%の資産(ストック)を所有しています。1997年から2012年にかけて産業が一部の企業によって寡占化され、寡占度指数であるハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス(HHI)は75%の産業で上昇しました。そして、株価は全体的に下がりました。

ティム・ウーの主張を簡単に言えば「寡占化がイノベーションを妨げている。寡占化が1990年代から進んだのは、独占禁止法がシカゴ学派によって無力化されたからだ」です。この主張を検証するために、19世紀から今までの独占禁止法の歴史を紐解きます。そう、この本は独占禁止法の歴史本なんです。

ルーズベルトとトラスト・バスター

英語で独占禁止法はアンチトラスト(anti trust)です。反トラスト法とも言います。トラストが隆盛を極めたのはこの本の副タイトルにもなっている「金ぴか時代(gilded age)」で、ロックフェラーやカーネギー、モルガンなど19世紀に多くの資産家を生み出しました。この時代はまだ株式会社の設立は許可制で規制も多かったため、多くの資産家がトラスト(信託)を形成し、緩い規制の中で独占化をしていきました。

この動きに待ったをかけたのがルイス・ブランダイスセオドア・ルーズベルトです。セオドア・ルーズベルトはテディーベアの名前の由来にもなった今でも人気のある大統領ですね。アメリカの独占禁止法は1890年に制定されたシャーマン法が当時すでにありましたが、あまり効果的に使われていませんでした。ブランダイスは弁護士として、ルーズベルトは大統領としてモルガンなどの独占企業の解体(トラスト・バスター)を進めました。

理想の政治と経済とは

なんでもそうですが、どのような価値を最大化するために、どのような手段を用いるのか理解するのって大事ですよね。当時は経済活動の最大化のために独占は効果的だと考えられていました。ダーウィンから派生した優生学も人気があったので、競争を勝ち抜いた独占は社会的にも経済的にもいいものだとみなされていました。

もう一人の独禁法活用の立役者のルイス・ブランダイスはそうは考えませんでした。彼の考えを簡単に言えば「良い経済と政治は個人に十分な自由とサポートを与えて、意味があり充実した人生を送るようにしなければならない」です。そして、独占はそれを実現するための自由を奪うというのがブランダイスの考えでした。ふつうの人々の認識って、「経済はお金を稼ぐ活動、政治は自分の好みを投票で反映させる活動」くらいの感じではないでしょうか。だから、ブランダイスの考え方はかなり理想主義でラディカルでした。そんな理想主義を貫いてJPモルガンの鉄道独占を阻止して、最終的には最高裁判所の判事まで上り詰めてしまうんだから、大したものです。

よい独占とわるい独占

ルーズベルトはいい独占とわるい独占を区別して、「わるい独占」を徹底的に叩きました。ルーズベルトの時代はそれでもよかったのですが、国として運用するためにはなにが「いい独占」でなにが「わるい独占」なのかを判断するための客観的な基準が必要となります。

これを定義したのがロバート・ボークシカゴ学派でした。そして、シャーマン法を実質的に無力化してしまったのもシカゴ学派でした。シカゴ学派は「わるい独占」は価格が上がる独占だとしました。非常にシンプルですよね。独占的な立場を利用して価格が上がれば「わるい独占」になる。独占禁止法が適用されて実際に会社が分割されたのってATTが今のところ最後なんですよね。シカゴ学派は新自由主義のひとつで、政府の規制は最小限であるべきという立場です。

この「価格が上がる独占は悪い」という判断基準はとても明確なので、幅広く受け入れられました。そして、実際に裁判までなったのがマイクロソフトで、それ以降はまったくありません。最近のGAFAの寡占化による弊害の議論で悪者として登場するミルトン・フリードマンもシカゴ学派の一人ですね。

ティム・ウーの主張と提案

マイクロソフトの独禁法裁判以降、様々な産業で寡占が進み、イノベーションを妨げているというのがティム・ウーの主張です。たしかに、GoogleはGoogle Videoで失敗してYouTubeを買収したり、Facebookも勢いが落ちてからInstagramやWhatsAppを買収したりとやりたい放題ですよね。スタートアップも結局のところ、GAFAに買収されるのが最終ゴールになりつつあります。買収を拒んだFacebookの買収を拒んだSnapなんて頑張ってはいますが、規模の経済でどこまで戦えるかというとかなり厳しいでしょう。おなじくFacebookからの買収を拒んだTwitterだって、ようやく明かりが見えてきたという感じです。買われるか、潰されるかという選択肢がメインになってしまってる。

ティム・ウーはこのような状況を打開するためにいくつかの提案をしています。合併には審査プロセスがありますが、このプロセスを改革して民主化することを提案しています。あと、面白いなと思ったのはヨーロッパから学ぶということです。

この本はどんな人におすすめか

なかなかニッチなテーマですが、GAFA寡占に対する危機意識のトレンドに興味がある人は読んでおいたほうがいいでしょう。おそらく、現在の状況の根幹にあるのは新自由主義の価値観で、GAFAに代表される特定産業の寡占化はその現象というか結果なんだと思います。結果を変えるには根底にある価値観を変えるしかないですからね。だからこそ価値観から再定義したルイス・ブランダイスを大きくフィーチャーしたのでしょう。