糸ってどうやってできるのか考えたことあります?布はわかる。糸を折り重ねれば布になる。でも、糸って繊維でできてるんですよ細かくて短い繊維。それが長い糸になる。不思議じゃないですか?すでに翻訳が出ていますが、繊維から糸、糸から布ができ、それがどのように文化に影響を与えたのか考えてもみなかったことを考えさせてくれた本を紹介します。
ヴァージニア・ポストレルによる『The Fabric of Civilization』(邦題『織物の文明史』)は、糸の発明から布地の進化を解説したうえで、繊維ががいかにして人類の歴史と経済の構造を支え、果てには金融業にまで影響を及ぼしてきたかを解き明かします。布の貿易がいかにしてグローバルな貿易と資本の移動を生み、銀行業という新たな産業に発展したのか、その歴史が詳細に描かれています。デヴィッド・グレーバーも『負債論』でお金の起源としての借金を考察しましたが、具体的にどのように流通したのかを描いたのがこの『The Fabric of Civilization』といえます。
まず、本書はネアンデルタール人の糸や新石器時代における糸から布への発展から話をはじめます。糸を束ねるとロープになる。それを織れば布になる。しかし布を作るのはもっと安定した繊維の提供が必要となる。つまり農業によるリネンの生産や、畜産による羊の養殖。新石器革命は食料の安定供給という面だけではなく、布の生産の側面もある。
布地は価値ある商品として取引され、各地の交易路を通じて利益をもたらす貿易の中心となる。その中で「手形(bill of exchange)」という金融の仕組みが生まれ、布地の貿易は単なる商品のやり取りにとどまらず、支払いと信用を伴う金融取引の基盤となっていく。この辺はデヴィッド・グレーバーの『負債論』の議論の骨格でもありました。特に中世ヨーロッパにおいては、イタリアやオランダなどの商人が布を担保にした信用取引を行い、その信用取引が銀行の成立につながっていく。
この繊維取引から金融業者になった例の一つがリーマン・ブラザーズ。もともとは繊維の仲介業者としてスタートし、繊維業から得た資本を基に、さらなる信用取引を拡大させる形で金融業界へと進出。
さらに布の生産と貿易においては、技術革新が常にその成長を支えてきました。本書では繊維の生産が新しい機械の発明や工程の効率化を通じて、いかに大量生産へと移行していったのかが描かれています。手でジーンズに必要な糸を作ると12日半かかる。10キロメートルくらい。トーガは40km必要。ステータスシンボルになるのが理解できる。糸を作るだけで4か月。バイキングの帆船を作るには周到な計画が必要。原料を育て収穫、素材の作成など。本当に大変だったんです。イタリアの水力製糸によるシルク生産は産業革命でのイギリスのコットン紡績の機械化より2世紀早かった。そのイタリアの技術をこっそりまねて作ったのがイギリスのコットン工場。質の良いコットンの量産化で、女性は紡ぎのしごとから開放された。多くの布を使う日常品が増え、安価に手に入るようになった。これがグレート・エンリッチメント(WSJ日本版の記事に詳しい解説がある)。
本書は『織物の文明史』という邦題にふさわしく、繊維がもたらした様々な文化的な影響を非常に多岐にわたって紹介しています。今当たり前のように布地が買えますが、ここに至るまですごい長い時間をかけて技術革新があったのだなあと。
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