12月から1月にかけて音楽誌が「2024年ベストアルバム」を発表するのが慣例になっています。本屋を待ち合わせ場所に使うことが多いのですが、たまたまペラペラと音楽雑誌を手に取って流し読みして、その内容に暗澹たる気持ちになってしまいました。その気持ちがどこからきているのか整理するためにこの記事を書くことにしました。
ミュージック・マガジンもロッキングオンもここ20年以上読んでないので、潰れようがどうしようが関係ないのですが。それでも音楽が好きな人間として日本で音楽を聴く環境がもっと良くなってほしいと願うのです。音楽を聴ける環境はSpotiyやYouTubeなど配信サービスのおかげでだいぶ充実してきていますが、情報はそれについてきていないと思うのです。タイトルを「音楽ジャーナリズムの未来」としましたが、日本にそもそも音楽ジャーナリズムなんてあるのか?という話かもしれません。
まず最初にお断りしておくと、年間ベストアルバムを発表することが悪いと思っていませんし、それを楽しみにしている人がいることも理解しています。ただ、「年間ベストアルバム」という考え方自体が時代にそぐわなくなってきているのではないかと思うのです。これは優れたジャーナリストが書く優れたコンテンツとは何か?という問いかけでもあります。
この問いを理解するためには、メディアの立ち位置を理解する必要があると思います。商業メディアはビジネスですので、ビジネスとして成り立たないといけません。メディアをビジネスとして成り立たせるためには「優れたコンテンツ」が必要となります。では現代における音楽に関する優れたコンテンツとは何か?
岐路に立たされるメディア:広告かサブスクリプションか縮小か
まず、一般的な事業としてのメディアの現状を把握することが重要だと思います。
いま、アメリカでは大手メディアでのリストラが進んでいます。スポーツメディアの名門であるSports Illustratedは2024年1月にほぼすべてのスタッフがレイオフされました。2000年代には時代の寵児としてもてはやされたBuzzFeedは今は見る影もありません。これは専門メディアに限らず、大手の一般メディアでも見られる兆候です。Los Angeles Timesは142年の歴史の中で最大規模となる115人の従業員を解雇しました。
行き場をなくしたジャーナリストの中には自らメディアを立ち上げる人たちもいます。経営破綻したViceから独立した404 Mediaはその代表例でしょう。しかし、このような小さな独立系メディアも運営はなかなか難しいようです。The Interceptは2014年に設立された独立系メディアでエドワード・スノーデンの報道で一躍有名になったグレン・グリーンウォルドが創業者です。The Interceptも財務状況は芳しくなく、2024年2月にスタッフの1/3を解雇してますし、2025年1月も資金調達をしていますが目標は未達でした。
一方でNew York Timesのようにペイウォールを築きて財政を立て直したメディアもあります。テック系メディアのThe Vergeも最近サブスクリプションをはじめました。サブスクリプションはメディアの生命線です。そのため多くの大手メディアはペイウォールの内側に「優れたコンテンツ」を閉じ込めるようになりました。「優れたコンテンツ」とは有料サブスクリプションをするに値する価値のあるコンテンツです。生成AI企業のOpenAIやAnthropicに対してNew York Timesが訴訟を起こしているのは、このような背景があります。
サブスクによりオリガルヒへと向かうメディア
一部のメディアで事業が縮小して、リストラが進む。しかし、一部のメディアは売り上げを伸ばしている。この格差が大きくなってきている。オリガルヒとは少数での支配、つまり寡頭制を指すギリシャ語です。テクノロジー業界のGAFAMもそうです。メディアもそのような「勝者総どり」になっていくことが予想されます。
多くのメディアがペイウォールの内側に優れたコンテンツを閉じ込める戦略に舵を切りつつありますが、契約者の予算は限られます。自分の場合は仕事の一環で経費を使ってNew York Times、Wall Streat JournalやThe Informationなど有償サブスクリプションを契約しています。これが個人のお金だったらおそらくそこまで多くのサブスクリプション契約はしません。また、よほど映画好きじゃない限り(または自分のように仕事の関係で経費にできない限り)U-NEXT、Netflix、Disney PlusとAmazon Prime Videoすべてに加入することもないでしょう。
少数の企業が市場を牛耳るのはサブスクリプションに限らず、ほぼすべての産業でそうなのです。ここ数十年主流だった新自由主義は少数の勝者に集中するモデルなのです。統計的なデータも含めてサリー・ハバードの"Monopolies Suck"がその辺は詳しいのですが、日本では翻訳されていないのが非常に残念です。
海外の話だと人ごとのように思うかもしれませんが、日本もその波に飲み込まれると思います。メディアはデジタル化していますし、デジタルメディアは言語の壁を簡単に超えます。音楽なんて更にそうです。「音楽についてのテキスト」ではなく「音楽」そのものがコンテンツになっています。
更に危機にさらされる音楽メディア
音楽メディアもこの流れの中にあります。2024年1月にPitchforkがGQの一部として吸収されることが決まり、規模も大幅に縮小されることになりました。英語圏の音楽メディアはほかのメディアと同様にデジタル化を進めました。音楽だけでは十分なサブスクリプションをを集める優れたコンテンツが足らないので、映画やファッションなどあらゆるライフスタイルに手を伸ばしました。代表的なのが米Rolling Stoneですし、英NMEです。Pitchforkはそれに乗り遅れた形になります。Rolling StoneやNMEは吸収してライフスタイルメディアになった。Pitchforkは吸収されてGQというライフスタイルメディアの一部になった。
音楽は単体で十分に価値のあるコンテンツではなくなってしまいました。昔だったら音楽を聴く前に、情報が必要だった。その音楽がどんな音楽なのかテキストの説明が必要だった。だから音楽レビューが「優れたコンテンツ」として成立していました。大型レコード店では視聴できる作品もありましたが、すべてではありませんでした。
「音楽についてのテキスト」の価値は低下した。それほど特別なものではなくなった。それ単体で商売として成立できなくなってきた。PitchforkのGQへの吸収はその象徴だったと思います。
なぜ「音楽についてのテキスト」の価値はここまで低下したのか?
音楽サブスクリプションとの競争
いまはSpotifyやYouTube、Amazon Prime Musicなど様々な手段で無料で音楽を聴くことができます。テキストの情報の価値(特に音楽レビューの価値)が低くなった。音楽サブスクリプションによりテキストで確認する必要がなく直接音楽に触れることができるようになりました。
以前ですと中村とうよう、渋谷陽一、ピーター・バラカン、大鷹俊一、小野島大、高橋健太郎や北中正和など自分と感性が近い音楽評論家の音楽レビューやリストは非常に参考になっていたし、価値が高かったと思います。しかし、現在のサブスクリプションではそれが「プレイリスト」に置き換わりました。自分の視聴傾向からパーソナライズしたリストを作ってくれる。音楽評論家がブランドだった時代はとうに過ぎてしまった。
最近だと日本のシティーポップをよく聴くのですが、おすすめとして佐藤奈々子『サブタレニアン二人ぼっち』が出てきて非常に気に入りました。また、自分の視聴傾向に合わせずにランダムな出会いが欲しい時もある。そういう時は配信サービスが作った独自のプレイリストが役に立ちます。自分の場合だとAll New IndiesというSpotifyのプレイリストをよく聴いています。今もそれを聴きながらこの記事を書いています。
そして「アルバム」という単位は既に過去のものとなりました。ビデオと同じでショートコンテンツが好まれる時代です。そんな時代に「2024年ベストアルバム」ってどうなんだろうなと。
音楽配信サービスがあれば音楽メディアはいらない。少なくとも音楽レビューや個人的な年間ベスト10の価値は音楽メディア最盛期と比べて著しくその価値は低下していると思います。なお、PitchforkもThe 50 Best Albums of 2024という記事があります。"best album 2024"という検索キーワードはまだまだ人気がありそうなので、ページビューを稼ぐ(=広告表示を増やす)にはいいと思います。だから無料コンテンツとしてどんどん表に出す。それがペイウォールの中の有料コンテンツだったら?おそらくそれほど価値はないと思います。無料であふれているものをわざわざお金を出してみる必要ないですから。日本の音楽メディアはデジタルのペイウォールどころか、紙のアナログなペイウォールで「2024年ベストアルバム」を囲っている。それにどんな意味があるのか?
YouTubeでの競争
PitchforkはYouTubeチャネルもあり、Over/Underのような人気コンテンツもあります。ボクはFlying LotusとThundercatの回が特に好きで、今でも観かえしています。しかし、PitchforkのYouTubeチャネルも縮小のあおりを受けてあまり更新されなくなってしまいました。YouTubeの場合は再生回数で広告収入が増減しますので、登録者を増やすことが重要です。しかし、PitchforkはOver/Underのほかに人気コンテンツを作れなかった。それでも130万登録ユーザーがいるので立派だとは思います。ミュージック・マガジンもロッキングオンもそもそもYouTubeチャネルがないですから。
では、なぜPitchforkはYouTubeで勝てなかったのか?それはYouTubeには優れた音楽コンテンツがごろごろ転がってるからです。たとえば日本のTHE FIRST TAKE(2025年1月1日時点の登録者数1040万人)もそうです。日本でこれだけの登録者数を誇る音楽系YouTubeチャンネルがあるのだから、もっとあってもいいですよね。
具体的にどれだけ優れた音楽コンテンツがあるのか見ていきましょう。
おすすめ音楽YouTubeチャネルその①:NPR Music
まず最初にお勧めする音楽系YouTubeチャンネルはNPR Music(2025年1月1日時点の登録者数 1050万人)です。Tiny Desk Concertsという小さな空間でやるライブ演奏がとても人気です。NHKと共同で日本で収録されたこともあり、藤井風やキリンジも出演したことがあります。
おすすめ音楽YouTubeチャネルその②:COLORS
次にお勧めする音楽系YouTubeチャンネルはCOLORS(2025年1月1日時点の登録者数781万人)です。COLORSは24/7 A COLORS RADIOという配信を24時間休まずにやっています。 COLORSは個性的な新人アーティストとオリジナル・サウンドに焦点を当てています。音楽的には落ち着いた音楽が多いので、仕事中に流していてもあまり気になりません。日本のTHE FIRST TAKEと同様にクリアでミニマルなステージを追求しています。
おすすめ音楽YouTubeチャネルその③:KEXP
次にお勧めする音楽系YouTubeチャンネルはKEXP(2025年1月1日時点の登録者数342万人)です。KEXPは1972年設立で50年以上の歴史があるシアトルのラジオ局です。個人の寄付者(3万人以上の音楽愛好家)、ボランティア(数百人)、企業サポーター、企業や財団からの寄付と政府からの補助金で成り立っている。こちらはラジオ局のスタジオからのライブ演奏がメインコンテンツになっています。
まとめ
上で紹介した三つ以外にもSiriusxmやAudiotreeなど登録者数は100万人前後でも優れた独自の音楽コンテンツを提供するYouTubeチャネルはたくさんあります。
最初の問いかけ「現代における音楽に関する優れたコンテンツとは何か?」ですが、それは「音楽」そのものなんだと思います。「音楽についてのテキスト」が優れたコンテンツたり得た時代もありました。いまはテキストに価値がないとは言いませんが、お金を出して有料サブスクリプションに登録するまで価値のある音楽テキストはそれほどないんじゃないかと思います。消費に長い時間が必要な映画と違って、音楽は短時間で消費できてしまう。テキストを読むより聴いたほうが早い。カタパルトスープレックスで映画評はやるけど、音楽評はやらない理由はここにあります。
この記事の出だしでこのように書きました。
音楽を聴ける環境はSpotiyやYouTubeなど配信サービスのおかげでだいぶ充実してきていますが、情報はそれについてきていないと思うのです。タイトルを「音楽ジャーナリズムの未来」としましたが、日本にそもそも音楽ジャーナリズムなんてあるのか?という話かもしれません。
もし、「音楽ジャーナリズム」があるのだとすれば、それは音楽を聴いただけではなかなかわからないものを解き明かすもの。単なる音楽評論家の個人的な感想ではなく、もっとリアルな、その音楽の時代背景とか、音楽家が持つ思想とか。しかし「音楽ジャーナリズム」があったとして、そのような記事ができたとして(ペイウォールの内側にとどめておく価値がある記事)、それでもPitchforkのように音楽メディア単体としては成立しないのではないか。メディア全体が大きなメディアに集約されて行ってしまうと思うので。音楽ジャーナリズムもファッションや映画と同様にライフスタイルコンテンツの一部になってしまうのでしょう。