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書籍|脳で語られる男女の差はほとんどウソ|"The Gendered Brain" by Gina Rippon

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Aは〇〇で、Bは〇〇のようなレッテルはわかりやすく、話題にしやすいですよね。「日本人は」とか「外国人は」とか。女性は直感的で、男性は論理的。女性は地図を読むのが苦手で、男性は話を聞かない。そんな本も出ているくらいです。そんな男女脳のカジュアル(かつ差別を助長する)疑似科学的な分析に「もう!いい加減にして!」と声をあげたのが今回紹介する"The Gendered Brain"の著者であるジーナ・リッポンです。

The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

The Gendered Brain: The new neuroscience that shatters the myth of the female brain

生まれてから周りの環境に合わせて、男性と女性の脳がどのように形作られていくのか詳しく説明されています。おかげで長年不思議に思っていた疑問「なんで日本は女性の社会進出がこれほどまでに遅れているんだろう?」に自分なりの回答が得られました。

日本は世界の中で圧倒的に女性の社会進出が遅れている

世界の中で日本は女性の社会進出が遅れています。どれくらいか?圧倒的にです。東京医大の入試における女性差別もかなり衝撃的でしたが、それも氷山の一角です。

2018年において国際経済フォーラム(WEF)のレポートでは149カ国中110位。エコノミスト誌が毎年発表しているガラスの天井インデックスではOECD29カ国中28位でした。国際労働機関(ILO)のレポートにようると女性の取締役の割合はわずか3.4%でG7の中で圧倒的な最下位です。その次がアメリカで、それでも女性の取締役の割合は16.4%です。列国議会同盟(IPU)の調査によると女性議員の割合も日本は世界193カ国中165位です。

女性の社会進出が遅れているのは、日本人が他の国の人たちに比べて野蛮で民度が低いというわけではありません。単に社会として差別を解決する継続的な努力をしていないだけです。日本の女性は結婚しても仕事を辞めてしまう。女性は男性と比べてキャリア的な野心が少ない。「日本の女性はそういうもの」みたいな空気感。じゃあ、日本の女性が悪いのか、努力が足りないのかといえば、そうでもありません。ジーナ・リッポンは脳科学の見地からそれを設明してくれています。

脳は生まれつきか、生まれつきではないか

男女の脳が生まれつき違いがあるのか?それとも、最初は違いがないが、徐々に男女で違いが生まれてくるのか?ジーナ・リッポンはこれに単純には答えません。簡単に答えるのであれば、男と女の脳は生まれる前から違います。問題は、それがそれほど重要な違いなのかどうか?です。

以前に紹介したマシュー・リーバーマンの書籍『21世紀の脳科学』でも解説していましたが、脳は社会的な存在です。周りの影響を受けて変質していきます。

ジーナ・リッポンは男女の脳の差は生まれつきのもの(nature)よりも育ってきた環境(nurture)だと科学的に根気強く証明していきます。まだ母体にいる頃から、生まれて、どのようにそだって行くのか。その間、どのように脳は環境の影響を受けながら「男」になり、「女」になるのか。それは生まれてから性別がわかってからの周りの反応、幼児期に与えられるおもちゃにまで至ります。「女性らしさ」や「男らしさ」は生まれてから徐々に作られていくのです。実際によく科学的にここまで調査したものだと感心してしまいます。

「女性は結婚したら家庭に入るもの」と現代の日本女性が考えているのは環境の影響の方が大きいのですね。日本女性が生まれつきに「お嫁さんになったらお母さんになる」ために生まれたわけではないのです。育った環境がそういう「いいお母さん」を作っています。もちろん、そういう価値観が悪いわけではありません。同じ意味で専業主夫の「いいお父さん」がいてもいいですし。男の役員や政治家がいたらいけないわけでもありません。同じ意味で女性の役員や政治家がいてもいい。男女差が社会進出における格差に繋がっている環境が問題なのです。日本の社会は女性にとってフェアじゃないのです(それは男性にとってもフェアでもないのですがーお金を稼がない男は甲斐性がないとかね。フェアな社会であれば女性も同じでしょ?)。

「お母さんが家庭にいないと子供がかわいそう!」と言う声が聞こえてきそうですが、世界の幸福度ランキング上位の国(フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランドなど)は男女格差が少ないトップの国だったりしますからね。日本の幸福度は156カ国中58位です。

脳科学の見地から偏見が生まれるメカニズム

サイモン・バロン=コーエンの『共感する女脳、システム化する男脳』やアラン・ピーズとバーバラ・ピーズの『話を聞かない男、地図が読めない女』もそうなのですが、男と女の脳は違う話はヒットしやすいです。自分たちの考えを肯定してくれるし、わかりやすいですから。実際には男女の脳に差がないという実験結果の方が多いのですが、差があるという「衝撃の発見」の方が表に出やすい。これを出版バイアスと言います。書籍としての出版だけではなく、大学などの論文でも同じことが言えます。男と女は違うという偏見を肯定して補強してくれるデータの方が受け入れやすいのです。東京大学の四本裕子准教授も近い主張をしていますね。おそらく脳科学者の一般的な合意事項なんでしょう。

サイモン・バロン=コーエン(心理学者)もアラン・ピーズとバーバラ・ピーズ(コミュニケーション)も脳科学者ではありません。男女の脳の違いの研究が盛んになったのは脳スキャン(fMRI)の登場が大きく寄与しています。脳スキャンで脳の「アクティブ」な部分を表すことで、とてもわかりやすい説明ができます(科学的に正しいかどうかは別として)。

実際に脳スキャンを使う専門家は色分けした画像を使いません。レントゲン写真のように白黒の画像を使います。微妙な変化を捉えることが難しいからです。脳の機能を単純に部位で説明することはできません。胃や肝臓、心臓のようにわかりやすい役割があるわけではなく、それぞれの部位がネットワークによって繋がって機能していることがわかっています。単純に色分けして説明できません。

また、脳スキャンは血流の流れを映し出します。脳の活動は電気信号ですから、実際の活動とは時差があります。脳スキャンが出たばかりの頃、このような脳の特性や脳スキャンの科学的な使い方が確立されていませんでした。そのために、科学的に正しいとは言えない分析に専門外の人たちが飛びついてしまいました。立派な道具も正しく使わなければ意味がありません。

これはホルモンについても同じことが言えます。テスタトロンは男性ホルモン、エストロゲンは女性ホルモンと言われますが、実際には男性にも女性にもテスタトロンもエストロゲンもあります。それぞれ男女で割合が違うだけです。テスタトロンが論理的思考、エストロゲンが情緒的思考に繋がる科学的な証明はされていません。ホルモンに関連する女性特有の減少に生理があります。これも偏見のネタになっています。生理はネガティブな印象があるため、生理がもたらす心理的なネガティブな影響を調査する傾向があります。しかし、実際には生理中は思考がクリアになるなど、ポジティブな調査結果も少なくないそうです。

この本はどんな人にオススメか

私がマイクロソフト本社で働いていた頃、会社の方針として女性の管理職を採用するように奨励されていました。同じ能力の男性の候補者と女性の候補者であれば女性を選ぶことが強く推奨されていました。そして、組織のダイバーシティー(男女比率)は数値で管理されていました。

私はディレクターという立場だったので、なるべくアジア人女性を管理職として昇進するようにしました(残念ながら日本人女性は数が圧倒的に少なかったので、そもそも本社レベルの土俵に上がってきませんでした)。つまり、会社の方針に素直に従っていました。IT業界の男女格差は当時から社会問題でしたし、男女格差だけでなく、人種格差も解消したいと考えていました。会社がそういう方針を出したとしても、まだまだ解決されていません。しかし、個人的にはモヤモヤとしたものがなかったと言えばウソになります。これって逆差別じゃない?とか。このモヤモヤに対する答えは今まで自分自身の中でありませんでした。

しかし、この本を読んで、女性が生まれてから脳レベルで「女性らしさ」を周りの環境によってハードコーディングされていることを理解しました。環境が変わらなければ格差は変わらない。生まれたばかりの赤ん坊は環境を変えることはできませんからね。ある程度まで強制的に女性のリーダー(役員、管理職、国会議員、学者などなど)を増やしていく必要があるんですね。

日本の場合だと有望な女性リーダーも「せっかく育ててきたのに寿退社しちゃった」みたいなことは頻繁に起きると思います。実際に日本の社会では日常的な風景です。ガッカリする気持ちはわかります。でも、今の日本はそういう社会になっちゃってますから。粘り強くやっていくしかない。すでに生まれてから脳レベルでハードコーディングされてしまっている「女性らしさ」や「男性らしさ」を変えるのは難しいですが、それを生み出す根源となっている社会を変えないと、日本はずっとこのまま変わりません。

この本は幅広く多くの人に読んで欲しいです。今年のオススメ本の一つ。早く翻訳されて欲しい。