ペイメントのスタートアップとして大成功したSquareといえばジャック・ドーシーのイメージが強いと思います。ジャック・ドーシーはツイッターの共同創業者でもあり、知名度が高いので仕方のないことです。今回紹介するのはSquareのもう一人の共同創業者であるジム・マッケルビーの初書籍である"The Innovation Stack"です。
Squareには創業からこれまで、一度だけ大きな危機がありました。アマゾンが参入してきたのです。ジム・マッケルビーは、なぜアマゾンのような大企業からの攻撃をSquareのような小さなスタートアップが退けることができたのか、そもそもSquareはなぜ成功することができたのか、これを自分に問いかけ続けました。そして、過去に似たような事例がないのか探して研究しました。その研究の成果が本書となります。
The Innovation Stack: Building an Unbeatable Business One Crazy Idea at a Time (English Edition)
- 作者:McKelvey, Jim
- 発売日: 2020/03/10
- メディア: Kindle版
(多くの優れた書籍がそうであるように)ジム・マッケルビーは言葉の定義からはじめます。「起業家」とは何か?「イノベーション」とは何か?ジム・マッケルビーはヨーゼフ・シュンペーターまでその起源を遡ります。
ジム・マッケルビーが本書で定義する「起業家」とは、真のリスクテイカーです。実を言えば現代のスタートアップ創業者は(例えばクリストファー・コロンブスのような真のリスクテイカーと比べて)それほどリスクを取る必要がありません。ベンチャーキャピタルから資金調達したお金は返す必要ないんですから。もちろん、資金調達できるまで持っていくには多くの労力や個人的な資産も必要かもしれませんが。ヨーゼフ・シュンペーターの頃、企業家は特別な人たちでした。クレイジーと同義語でした。
ジム・マッケルビーが本書で定義する「イノベーション」とは、実現したいことをやるためには既存のやり方をコピーできないため、仕方なく生み出す手法です。ビジネスで成功する簡単な方法はコピーすることです。自然の法則はコピーです。コピーしてできるなら、それに越したことはありません。しかし、「起業家」は既存のルールがない未知の領域に(仕方なく)足を踏み入れるため、既存のやり方ではできないことがあります。既存のやり方とは違うやり方、それが「イノベーション」です。
「イノベーション」の正体がわかれば、本書で紹介している「イノベーションスタック」も理解できます。文字通り日本語に訳せば「イノベーションの積み上げ」です。一つのイノベーションではなく、複数のイノベーションの積み上げ。何か新しい別のやり方には不具合がある。その不具合を解消するために別のイノベーションが必要になる。その連鎖が「イノベーションスタック」です。ただ、ボクはこの本を読んでいて「イノベーションの鎖」の方がイメージ的には近いと思いました。未知の領域に踏み込んでいくのですから、命綱が必要ですよね。その命綱をイノベーションの鎖で紡いでいき、ゴールに達成する。この方が本書で紹介する「イノベーションスタック」のイメージに近いと思います。
本書ではSquareの具体的なイノベーションスタックの他に、四つのイノベーションスタックの事例が紹介されています。バンク・オブ・イタリー(後のバンク・オブ・アメリカ)、イケア、サウスウェスト航空です。いやあ、お見事!これらの事例では確かにイノベーションがキレイに繋がっています。特にアマデオ・P・ジオニーニとバンク・オブ・イタリーは感動的です。すごい!
まあ、すごいと言ってもわからないでしょうから、簡単にSquareのイノベーションスタックの一部を紹介します。
解決すべき課題:これまでクレジットカードが使えなかったお店がクレジットカードを使えるようにする。そのために……
- 簡単にする(One Price:すべての人に同じ取引手数料)。しかし、小さな取引ではお金を損する。そのため、取引量を増やす必要あるため……
- サインアップを無料にする。それを維持するためにはコスト削減が必要で……
- ハードウェアを安くする。当時のクレジットカードリーダーは950ドルかかっていたが、Squareでは原価を0.97ドルまで抑えることに成功した。しかし、あまりにも安いので何か仕掛けがあるのではと不審に思う人たちもいた。そのため……
- 契約をなくした。いつはじめてもいいし、いつ止めてもいい。契約で利用者を縛ることをやめた。はじめるのにSquareと話す必要もない。しかし、それだけでは十分なコスト削減ではないので……
- 電話サポートをやめた。しかし、そのためには顧客が電話する必要がないようにしなければいけないので……
- 使いやすい美しいソフトウェアを開発した。直感的で使い易ければ電話して使い方を聞く必要はない。しかし……
6まで紹介しましたが、実際には14まであります。一部ではありますが、一つのイノベーションがさらに次のイノベーションの必要性を生み出していることがわかると思います。後半になるほど、金融業やペイメントの規制が関わってきて、イノベーションしていくのが難しくなります。
ボクが「イノベーションスタック」をイノベーションの鎖と訳したいか。もう一つの理由は、「イノベーションスタック」が競争から守ってくれるからです。よく、「競争優位性」といいますが、よくできた「イノベーションスタック」はそれ自体が競争優位性となります。競合がとる基本的な戦法は「コピー」です。アマゾンもSquareのビジネスモデルをコピーして攻撃を仕掛けてきました。しかし、一つのイノベーションをコピーすることができても、複数の連なったイノベーションの鎖全てをコピーするのは至難の技です、例え巨人アマゾンにしてもです。上の1から6のSquareのイノベーションスタックでも3と6だけでも大変そうじゃないですか?これが14もあるんですから。
この本は前半がイノベーションスタックに関する事例を含めた詳しい解説になっていて、後半はジム・マッケルビーの個人的な考察というかエッセーっぽい内容になっています。コンパクトに前半だけでよかったんじゃないかなあ。ただ、後半もイノベーションスタックが崩れる条件とかも書いてあるので、それはそれで面白かったです。なぜ、バンク・オブ・アメリカやサウスウェスト航空の優位性が崩れてしまったのかとか。