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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|1980年代アッパークラスの1990年代からの眺望|"The Last Days of Disco" by Whit Stillman

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1990年初頭から脚光を浴びたインディー映画監督といえばスパイク・リー、アキ・カウリスマキ、クエンティン・タランティーノを筆頭にケビン・スミスやハル・ハートリーなどたくさんいますね。それに比べてホィット・スティルマンは同じ時期に自主制作で脚光を浴びた監督なのですが、あまり目立ちません。

これはホィット・スティルマン監督が1990年代に「1980年代のアッパークラス」というあまり一般受けしないテーマを描いていたからだと思います。一部の物好きにはすっごく好まれるのだけれども、ほとんどの人からは見向きもされない。しかし、好きな人は大好きですし、品質も非常に高い映画なのでクライテリオンから初期三部作がちゃんとレストアされてBlu-rayで発売されています。この初期三部作の中の最初の二作は日本でも公開されました。『メトロポリタン』(Filmarksのレビュー)と『バルセロナの恋人たち』(Filmarksのレビュー)です。

今回取り上げるのは日本で公開されなかった三作目『ラスト・デイズ・オブ・ディスコ』です。

ホィット・スティルマン監督作品の特徴は1990年代から1980年代の青春の眺望です(アッパークラス限定)。1980年代の青春映画といえばブラット・パックが活躍した『ブレックファスト・クラブ』や『セント・エルモス・ファイアー』を思い受けべますよね。しかし、ホィット・スティルマン監督が描くのはそれよりも少し上のクラスの若者たちです。具体的には名門市立大学に入学するためのプレップスクールに通う「プレッピー」たちや若くて上昇志向の高いビジネスパーソンである「ヤッピー」たちです。なんか、聞いただけで胸糞悪いでしょ?最近はあまり使われませんがスノッブと揶揄された人たちです。

映画『ウェインズ・ワールド』(1992年)でロブ・ロウが演じたテレビプロデューサーのベンジャミンなんて、典型的なヤッピーです。つまり、イジル対象なんですよ。みんなイケすかないと思っているから。1990年代にスノッビーなアッパークラスは真面目に描く対象ではありませんでした。おそらく今でもそうです。それを正面から描いたのがホィット・スティルマン監督でした。そこが逆にパンクでしょ。今回紹介したい三作目の『ラスト・デイズ・オブ・ディスコ』は日本で公開されていないのですが、私が考えるホィット・スティルマン監督作品の最高傑作です。非常にもったいない。

舞台は1980年代初頭のニューヨーク。1970年代から続くディスコブームがそろそろ下火になってくる頃です。この映画は女性たちのメインプロット(恋愛感のすれ違い)と男性たちのサブプロット(脱税捜査)で構成されています。

メインプロットの主人公は大人しい性格のアリス(クロエ・セヴィニー)とセックス革命に感化されているイケイケのシャーロット(ケイト・ベッキンセイル)です。二人は同じ出版社に勤めてメディアで成功することを望んでいます。同時にイケてるヤッピーにもなりたい。シャーロットはヤッピーらしく「イケてる女性」になるためにアリスに色々とアドバイスをします。しかし、そのアドバイスのせいで二番目に好きだった男性のトム(ロバート・ショーン・レナード)に遊び人だと思われてしまいます。トムに処女を捧げたのに淋病とヘルペスをうつされてしまう。そして、尻軽女として捨てられてしまいます。

サブプロットの主人公はクラブのマネージャーのデズ(クリス・アイグマン)、広告会社に勤めるジミー(マッケンジー・アスティン)と地方検事補のジョシュ(マット・キースラー)です。このサブプロットはサスペンスなのであまりネタバレになるのは避けます。この三人とメインプロットの二人はグループで行動するのですが、そこでの会話がスノッブなのですが洒落ています。

特にボクが好きなのがディズニーの『わんわん物語』についての会話。血統書つきコッカー・スパニエルのレディと野良犬トランプの恋愛映画です。真面目なアリスと地方検事補のジョシュは「気が滅入る映画」と評します。トランプはごろつきで浮気者なのにレディは許して結婚してしまう。「女性は悪い男に惹かれるイメージ」を視聴者に刷り込んでいる。一方でイケイケのシャーロットとクラブのマネージャーのデズは野良犬トランプの成長の物語だと捉えます。正解なんてないですが、違う意見を知性的に語れる仲間ってすごくいいと思うんですよね。ホィット・スティルマン監督作品はそういう会話がたくさんあります。

この映画は1980年初頭のクラブシーンも描いています。登場するクラブのモデルになったのは"Studio 54"です。この他にもガラージを生み出した"Paradise Garage"や多くのクラブに影響を与えた"The Loft"などがニューヨークにありました。このようなクラブはあまりにも人気のため、入場制限がありました。入れる人たちはある種の特権階級でした。そういうスノッビーな姿勢が嫌われたりもしました。1970年代中頃から始まる音楽としてのディスコシーンですが、1980年代中頃にはすっかりと寂れてしまいます(クラブはユーロビートやニュージャックスウィングなど常に新しい音楽を取り入れて生き残りますが)。

この映画でディスコは「若い日々」の隠喩です。常に新しい音楽が生まれるように、常に新しい世代が生まれる。若い日々は続かない。でも、世の中には常に「若い日々」が溢れている。クラブには常に新しい音楽が溢れているように。最後のシーンがそれを表しています。あのラストは本当に大好きです。