社会心理学者のロイ・バウマイスターとジャーナリストのジョン・ティアニーのコンビは以前にも『WILLPOWER 意志力の科学』がベストセラーになりました。その後に「意志力」系の本がたくさん出ましたが、この二人の仕事が出発点です。彼らの新しい著書"The Power of Bad"もその延長線上にあります。「悪い」は「良い」より強い。悪いことは根に持つけど、良いことを根に持つとは言わないですよね。「根に持つ」という言葉自身に悪い意味が含まれるだからですが、では、「根に持つ」の反対語ってなんでしょうか?
映画『スターウォーズ』で力を表す「フォース」が登場します。良い力の使い方をするジェダイと悪い力の使い方をするシスが登場します。映画の中でシスはフォースの強力なダークサイドを操ります。これは実際の社会でも同じなんですね。強い「悪い」力を利用して、前に進めることはできないか?がこの本の主題です。
The Power of Bad: How the Negativity Effect Rules Us and How We Can Rule It (English Edition)
- 作者:John Tierney,Roy F. Baumeister
- 出版社/メーカー: Penguin Press
- 発売日: 2019/12/31
- メディア: Kindle版
- 作者:ロイ・バウマイスター,ジョン・ティアニー
- 出版社/メーカー: インターシフト
- 発売日: 2013/04/22
- メディア: 単行本
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』のおかげで認知バイアスへの理解も広がってきました。とても面白い本なので、まだ読まれていない方にオススメします。ロイ・バウマイスターとジョン・ティエリーの"Power of Bad"は認知バイアスの中でもネガティビティバイアスに焦点を当てています。良い情報より悪い情報に注意を向けやすい傾向がネガティビティバイアスです。良い噂より悪い噂が気になるとか。バイアスの力としては「良い」より「悪い」の方が強いのです。ならば、その「悪い」強い力を利用しましょうというのがロイ・バウマイスターとジョン・ティエリーのアドバイスです。
例えば、非常に悪いことが起きると人はトラウマを抱えることがあります。心の傷ですね。しかし、実際には80%の人は恐ろしいことが起きてもトラウマを抱えないのだそうです。そして、トラウマを抱えた人も、トラウマを乗り越えることで強くなる。しかし、PTSDなどトラウマの悪い面がクローズアップされます。
ロイ・バウマイスターとジョン・ティエリーはもう一つダークサイドを飼い慣らすために重要な認知バイアスとして楽観バイアスを挙げています。
多くの人はネガティブバイアスのせいで、悪いことが起きると思っています。さらに悪いことはより多くなっていると思っています。しかし、楽観バイアスのため、悪いことは自分ではなくて他人に起きると思っています。
この本は基本的に実践書なので、「悪い」を「良い」に変えるためのアドバイスがたくさん紹介されています。例えば、教育におけるアメとムチについて。自信がある子供は学力が上がると広く信じられていますよね。確か自信と学力には相関関係がある。しかし、褒めて自信がつくから学力が上がるという因果関係は間違っていることが最近の研究でわかってきているのだそうです。学力が上がるから、褒められ、自信がつく。これってピアノを習う子は学力が上がるに似ていますよね。ピアノを習う→学力が上がるではない。ピアノを習えるほど裕福→学力が上がる。やっぱり因果関係と相関関係を間違えないって大事だなと思いました。
No Excuses: Lessons from 21 High-Performing, High-Poverty Schools
- 作者:Samuel Casey Carter
- 出版社/メーカー: Heritage Foundation
- 発売日: 2000/04/01
- メディア: ペーパーバック
この本はどんな人にオススメか
学術的なことを一般に紹介する書籍には二種類あります。理論的か実践的か。難しい学術的な研究を簡単に解説する本なのか、実践に落とし込んだ本なのか。今回紹介した"The Power of Bad"は後者の「実践的」な要素が強い本です。自分のネガティブな側面を気にしていて、それを飼い慣らしたいと悩んでいる人にはオススメです。きっと、一つか二つは実践できるアドバイスを見つけることができるでしょう。
一方で理論的なバックボーンを知りたい人にとっては少し物足りないかもしれません。いろんな人の楽曲を集めたオムニバスアルバム的な側面が強いんですよね。一人のアーティストがコンセプトを持って作り上げたアルバムではない。そのため、一つ一つのアドバイスの背景にある理論的な部分が薄く感じてしまいます。