ショシャナ・ズボフの『監視資本主義』(2019年)以降、データ社会の暗部を告発する書籍が続いています。先日紹介したサラ・ラムダンのData Cartels』(2023年)もデータブローカーの寡占的市場という観点から同じテーマに切り込んだ書籍でした。
今回紹介するアラム・シンライクとジェシー・ギルバートの"The Secret Life of Data"はこれらの先行研究の問題意識を引き継ぎながら、より幅広い読者層に向けられた書籍です。事例としてアップデートは多少はあるものの、新しい発見や考察はあまりなく、一般読者の理解を重視する立場をとっています。
本書のナラティブは「私たちが日常的に生み出すデジタルデータは、目に見えない複雑な生態系の中で、増殖し、変容し、予期せぬ影響を及ぼしている。SNSへの投稿、オンラインショッピングの記録、スマートウォッチを含む数々のIoT機器が記録する生体情報。これらのデータは、企業や政府機関によって収集され、アルゴリズムによって分析され、新たなデータを生み出しながら、独自の「生態系」を形成している」です。
本書が先行書籍と違う新しい着眼点を持つ部分は「アルゴ・ビジョン(Algo-Vision)」という概念かなと思います。アルゴ・ヴィジョンは「アルゴリズムの『眼』を通して自己を見る、広く浸透した違和感のある経験」です。自発的にアルゴリズムの評価基準を内面化し、それに基づいて行動を変容させていく。以前の論文では「情報的主観性(informatic subjectivity)」と呼んでいましたが、本書ではより分かりやすい「アルゴ・ビジョン」という言葉を使っています。
先行書籍と比べると本書には方法論的な特異性や理論的な深みが不足していることは否めません。ぶっちゃけ、新鮮味はあまりない。また、サフィヤ・U・ノーブルの『Algorithms of Oppression』(2018年)のような、ユニークな視点(例:ブラックフェミニズム)からの批判的分析と比べると、せっかくの独自の視点もぼやけている。
ただ、これらの「欠点」は、むしろ本書の狙いでもあるような気もします。対象読者はこれまでそのような情報やテーマに触れてこなかった人たち。著者たちはデータ社会の現状について、できるだけ包括的で分かりやすい解説を提供することを目指しているのだと思います。その意味で、本書は一般読者にとって、ショシャナ・ズボフや他の研究者たちのより専門的な書籍への入り口として機能のするかもしれません。
結論部分も、極端な主張を避け、現実的な解決策を模索する姿勢が目立つ。テクノロジー企業の影響力が強大化した現在、急進的な変革よりも「スロー・フィックス」(漸進的な解決)の重要性を説いています。まずは自分たちの周りで何が起きているかの理解が大事。EUのAI規制法の制定など、各国で少しずつ進む規制強化に希望を見出しながら、私たち一人一人がデータとの関係性を考え直しましょうと。その気づきを提供する意図なんだなと。
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