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書評|キックスターター創業者の考える新自由主義の罠と日本的経営哲学|"This Could Be Our Future" by Yancey Strickler

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成功したスタートアップ創業者には海外でも日本でも新自由主義の権化のような人が多いですよね。勝ち組なので、勝ち組の理屈を信じるのは理解できます。一方で、成功したにも関わらず、全く違う価値観を持つ成功したスタートアップ創業者もいます。代表的なのがプロジェクト管理ツールのベースキャンプを創業したジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイナー・ハンソンです。書籍もベストセラーになってるし。本を書かないまでも、ボクが「スロースタートアップ」と定義しているメールチンプのベン・チェスナットドリブルのリック・ソーネットとダン・シーダーホルムなんかは同じマインドセットを持っているんでしょう。そこに新たに名を連ねたのがキックスターターのヤンシー・ストリックラーでした。

そして、今回紹介するストリックラーの初著書"This Could Be Our Future"は単にスタートアップの創業者の書いた本ではなく(むしろ、あまりキックスターターについては触れられていません)、新自由主義的な価値観からの新しい価値観への転換という大きな枠組みを捉えた試みとなっています。エリック・リースがトヨタ生産方式からリーン・スタートアップを導き出したように、ヤンシー・ストリックラーは松下幸之助の経営哲学から弁当箱フレームワークを導き出しました。

This Could Be Our Future: A Manifesto for a More Generous World (English Edition)

This Could Be Our Future: A Manifesto for a More Generous World (English Edition)

この本を読みはじめて頭に浮かんだのが価値と生産性を再定義したマリアナ・マッツカートの"Value of Everything"でした。そうしたら、案の定、この本の途中でマリアナ・マッツカートが言及されていました。マリアナ・マッツカートの論点は「価値とは利益であり、生産性はどれだけ効率的に利益を生み出されたかで測ることができる」であり「行政の価値創出における役割が過小評価されている」でした。

ヤンシー・ストリックラーはその論点を踏まえた上で、価値=利益に異議を唱えます。最近の傾向として新自由主義が批判の対象となっていて、その親玉としてミルトン・フリードマンが挙げらてます。今回もちゃんと悪玉として登場します。ヤンシー・ストリックラーは現代を「金融最適化」の時代と表現しています。金融最適化の時代において、価値は利益であり、お金です。確かに、もっと安いアイフォンやもっと安いアマゾンの配達が幸せな未来と思えたこともあった。でも、もっとたくさんのプラスチッキゴミが幸せにする?そうじゃないよね、麻薬中毒患者や自殺者は増え続けている。GDPだけが国の豊かさを表す指標だと信じている人間は間抜けだよ……ストリックラーは言います。

「豊かさとはなんでしょうか?」が一つの問いになります。ストリックラーが例としてあげているのがラジオとニューヨークのロウアー・イースト・サイドです。

ラジオ局は規制で1企業で2つのラジオ局しか持てませんでした。しかし、新自由主義の流れで規制緩和されました。その結果、iHeartMediaなど少数の企業が全米のラジオ局を独占しました。企業ですので利益を追求し、ラジオ番組の運営が効率化されました。ローカルDJは解雇され、プレイリストはどこのラジオ局でも同じになってしまいました。サム・ハントの"Body Like A Back Road"はビートルズやマイケル・ジャクソン以上にビルボードにランクインされましたが、これは楽曲が優れているだけでないとストリックラーは訴えます。ラジオ局のプレイリストの同質化がヒット曲のマンネリ化を招いたと言います。まあ、悪い曲ではないかもだけど、歴史的名曲には程遠いですよね。

ボクがアメリカ東海岸に住んでいたのは90年代の前半で、すでにニューヨークも商業化がはじまっていました。地下鉄も落書きができないようになって、キレイになりつつありました。それでもロウアー・イースト・サイドには以前の雰囲気は少し残っていました。Mars BarもCBGBもまだありました。

Mars Bar(写真:Dennis Crowley on Flickr

Digging the "Cooper Hotel" mural next to Mars Bar that subtly says "FUCK YOU, GENTRIFICATION!"

CBGB(写真:Joseph O. Holmes on Flickr

cbgb, september 06 (#2)

しかし、今はMars BarもCBGBもその他のユニークなお店は無くなってしまいました。金融最適化のために小さな店が居場所を失い、チェーン店のみが営業できるようになってしまいました。チェーン店だけのニューヨークの価値ってなんでしょうか?

ストリックラーが例としてあげていて面白いと思ったのがゴミ処理場です。リサイクルは80年代から増えはじめ、2013年には34%のゴミがリサイクルされたそうです。しかし、リサイクルの利益は上がりましたが、リサイクル自体の効率は下がりました。日本ではまだゴミを分別しますが、多くの先進国ではゴミを分別しません。日本ではマルチ・ストーム・リサイクリングという方式で捨てる人が紙、金属、プラスチックで分別して、リサイクルします。他の先進国は新しいシングル・ストリーム・リサイクリングに切り替えているため、捨てる人はゴミを分別する必要がありません。収集施設の機械で分別します。すごくいい感じのシングルストリームなのですが、マルチ・ストリームと比べて高コストでリサイクリング効率が低いそうです。マルチ・ストリームでは数パーセントしか埋め立てゴミにならないのですが、マルチ・ストリームだと15%から27%がリサイクルされずに埋め立てゴミになります。マルチ・ストリームだとリサイクルされた材料の品質が悪いため、最大のリサイクルの顧客の中国が、アメリカからのリサイクル商品の輸入を中止しました。ああ、これも時代ですね。

どうしよう。リサイクルが破綻しかけているんだって | ギズモード・ジャパン

ヤンシー・ストリックラーによれば、金融最適化は以下の四つの段階を経て分解、再生産されます。

第一段階:競争の終わり、寡占化

第二段階:大量解雇とコストカット

第三段階:抽出と利益配分

第四段階:クラッシュ(Yahoo!やSearsやデッドモール)

多くの株主と経営者は第三段階で利益を確保しているので、第四段階のクラッシュで犠牲になるのは社員や一般投資家のみです。このモデルでは生産性は上がりますが、利益はほとんど投資家と役員に配分され、社員には還元されません。実際に生産性の伸びに対して賃金は増えてないですからね。ボクたちが至上としていた「価値」ってなんのためなんですかね?

ヤンシー・ストリックラーもキックスターターでもCEOだった時は同じプレッシャーにさらされました。当然ながら成長させなければいけないし、利益を出さなければいけない。利益を生むことが悪いわけではない。企業なら利益を生まなければいけない。悩んだ時期に気づきを与えたのが松下幸之助の水道哲学でした。松下幸之助によれば、「生産者の使命は貧困をなくすこと」です。ここからヒントを得て、ビジネス起点(Business Driven)な考え方と価値起点(Value Driven)の考え方をどうやって整合できるか考えるようになったそうです。

マズローの自己実現理論に従えば、ある一定のニーズが満たされた後は、次の段階に進まなければいけません。収入の増加は幸福感と相関関係にありますが、一定のポイントを超えるとその効果は薄くなる。アメリカではそのポイントは年収7万5000ドル(約800万円)だそうです。これを収穫逓減と言います。金銭的な欲求が満たされたら、さらに高いレベルを目指すのが自然なはず。しかし、金銭的な欲求が満たされた後、次のステージに行くことができない人が多い。それは考え方の初期設定が自分でも気づかないうちに決まってしまっているからです。ゲームのルールは利益の最大化。つまり、ゲームをするプレーヤーが悪いのではなく、ゲーム自体が悪い。だからゲームのルールを変えるべき。それがストリックラーが至った結論です。

アダム・スミスは人間は合理性に基づき個人主義的に行動するとしました。ミルトン・フリードマン的な現在の金融最適化の世界では「合理性」と「個人主義」が狭く解釈されているとストリックラーは考えます。個人主義は「自分(me)」だけではく「自分たち(us)」もあり得るし、合理性も直近の利益だけでなく、長期的な利益もあり得る。これを四象限に表した以下の図を「弁当主義」と呼びました。腹八分を満たす弁当箱に価値を小分けにしたのです。

現在の自分たち

(現在の人との繋がりを大切にする)

コミュニティ、公正さ、伝統

将来の自分たち

(自分の子供たちに住んで欲しい世界)

アウェアネス、持続性、知識

現在の自分

(最も自己中心的な声)

安全、快楽、自由

将来の自分

(なりたい自分)

マスター、目標、グリット

利益が市場の価値とする金融最適化の世界では左下の「現在の自分」の箱の価値しか見えていません。利益も確かに価値ですが、いまは他にも価値があることが見えなくなっているのです。

利益=「現在の自分」以外に価値を見出している事例として、歌手のアデル、パタゴニア、テスラをあげています。

チケットの再販問題は日本だけではありません。有名アーティストのチケットは業者が買い占めて、転売されます。その結果、元の値段の数倍まで価格が上がってしまいます。金融最適化の価値観で考えれば、とても合理的です。儲かるんですから。実際にチケットマスターなどのメジャーなチケット販売業者は自分の再販チャネルを持っています。日本のアーティストも悩みますよね。熱心なファンにこそ来て欲しいし、チケットを買って欲しい。そこで歌手のアデルはチケット販売のスタートアップのソングキックと手を組みます。ソングキックは熱心なファンをスコア化し、熱心なファンに優先的にチケットを売る仕組みを提供しています。同様の方法はテイラー・スイフトも使っているとアラン・クルーガーの"Rockonomics"でも紹介されていましたね。アデルやテイラー・スイフトも再販で儲けようと思えばできるんです。もしくは、単にチケットの価格をあげればいい。「現在の自分(now me)」の利益だけを考えればそれが合理的です。でも、そうしない。それは彼女たちの価値観に反するから。人との繋がりを大切にする「現在の自分たち(now us)」の価値観に基づけば、利益ではなく、熱心なファンに適切な価格で売る方がいいのです。

パタゴニアやテスラは「将来の自分たち(future us)」のために自分たちの技術を競合他社に提供します。利益を考えれば、特許を保護して、競争優位性にした方がいいんです。その方が利益を得ることができます。しかし、そうはしない。将来へ投資した方が長い目で見れば価値が高いからです。

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アデル、パタゴニアやテスラが直近の利益を犠牲にできるのは、彼らが成功しているからでは?マズローの自己実現理論のように基本的な欲求が満たされているから、さらに上の価値を目指せるのでは?ストリックラーはその問いに、問いで答えます。

「さらに上の価値を目指すことこそが成功の原因なのでは?」

この本はどんな人にオススメか

お金だけではない価値を見出した創業者たちは「耳障りはいいけど、何の役にも立たないポエム」をうたっているだけではありません。お金だけではない価値創出を実践して、生活をしているんです。言葉だけでなく、行動でそれを示している。 "This Could Be Our Future"はそれだけでない、もっと幅広い範囲をカバーしています。キックスターターの創業物語的な内容を期待していると肩透かしを食らうかもしれませんが、とても素晴らしい内容の本で、なるべく多くの人に読んでもらいたいです。

ヤンシー・ストリックラーの今回の書籍はキックスターターでの経験をさらに整理整頓して、自分なりに体系立てているのが素晴らしい。その上に様々な研究調査をしています。キックスターターだけではない、外の事象に目を向けているからこそ、一般化できる。自分の物語をただ単に語るだけの本はたくさんあります。しかし、そういう物語はあまり役に立ちません。その時、その場所、その環境に依存するから。体系化するということは、一般化するということです。一般化すれば特定の人や場所や環境だけではなく、ある程度、誰でも普遍的に使えます。トヨタ生産システムが実用として世界に広がっているのはそのためです。