カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|情報の価値の測り方、経済的な情報開示ルールとは|"Too Much Information" by Cass Sunstein

f:id:kazuya_nakamura:20210123132235p:plain

今回紹介する"Too Much Information"は日本でも多くの翻訳が出版されているキャス・サンスティーンの新著となります。キャス・サンスティーンはノーベル経済学賞を受賞したナッジ理論で有名なリチャード・セイラーとの共著『実践行動経済学(原題:Nudge)』があります。知名度ではそちらの方が高いのですが、キャス・サンスティーン自身はどちらかといえば政策への提言をして来た学者です。

アメリカ合衆国司法省の法律顧問局での法務顧問がキャリアの出発地点なので、政治との関わりが強く、本書を含め多くの著書はサンスティーンの専門である行動経済学を政策に役立てる提言となっています。そういう意味では一般向けだった『実践行動経済学』的なわかりやすさを期待してはいけません。

本書の読者対象は政治や行政に関わる人たちだと思います。政治や行政の立場から、情報開示の基準をなるべく経済的に、数値的に決めることはできないか。これが本書におけるキャス・サンスティーンの提言でしょうね。

ヨーロッパで暮らしたことがある人ならわかると思いますが、商品のパッケージに様々な情報が含まれています。それは、ヨーロッパでは様々な規制があり、その規制に準拠した商品を作る必要があるからです。わかりやすい例がタバコの警告表示ですね。日本で販売されるタバコにも様々な警告メッセージが印刷されていますね。

その他にも、食品のカロリー表示、遺伝子組み換え技術を使った材料か否か、ソフトウェアの使用許諾書に個人情報ポリシー、患者に対するインフォームド・コンセントなどなど。多くの情報は消費者にとって有益である(と考えられる)ために政府は情報開示のルールを作り、企業はそのルールに則り適切な情報開示義務があります。

政治/行政の役割: 情報開示のルールを作る

企業の役割: ルールを守りながら利益を出し、消費者の社会福祉を高める

消費者の役割: 与えられた情報に基づき判断する

しかし、何でもかんでも情報を出せばいいわけではない。そもそも消費者が望まない情報もある。それでは、ルールを作る側の立場である政治や行政はどのような基準で情報開示を進めればいいのか?それが本書のテーマです。

キャス・サンスティーンが提案するのは「お金」を尺度とする支払意思額(WTP:Willingness to Pay)と受取意思学(WTA:Willingness to Accept)です。WTPは「その情報を得るためにどれくらい支払う意思があるか」です。金額が多いほど、その方法には価値があります。WTAは「どのくらいの金額がもらえれば、その情報を諦めるのか」です。

金額を尺度にする手法は多くのビジネスで使われる手法です。おそらくインターネットで何かをしている人にとって身近な例はGoogle Analytics(GA)でしょう。GAでは金額でゴール設定をします。eコマースの場合はわかりやすいですよね。でも、ブログなど直接的に金銭のやり取りをしないWebサイトの場合はどうしたらいいでしょうか?その場合、仮の金額をゴールとして設定します。よく使われるのは1万円くらいですかね。これはいくらでも構いません。大事なのは数値的なゴールを設定することです。

しかし、お金を基準とする尺度は万能ではないことをキャス・サンスティーンも認めています。例えば、モラル的なことを決めるときにお金では判断できません。「絶滅危惧種を危険に晒していない」という情報を受け取る金額(WTP)が低かったとします。そうしたら、絶滅危惧種を保護するための情報に価値がないのか?という話になってしまいます。さすがにそれはマズいですよねと。「ある動物が絶滅していいか」どうかは人間が「お金を払いたいかどうか」の尺度で決めていいことではありません。

また、お金の価値自体が人によって違うのも問題です。例えばお金持ちにとっての1000円とその日の生活に苦しむ人にとっての1000円では全く価値が違いますよね。そこでキャス・サンスティーンが提案するのが時間の支払意思額(WTPT:Willingness to Pay Time)です。金銭ではなく、時間をどれくらい使うか。時間だったら貧富の差もなく誰でも平等にありますからね(……とボク個人は思いませんが)。時間も完璧な数値指標にはなり得ないが、ないよりはマシ。これがキャス・サンスティーンの本書での立場です。

キャス・サンスティーンはシカゴ大学の教授を長年勤めましたので、おそらくシカゴ学派なのではないかと思います。そのためか、情報開示に関しても政府よりも個人の裁量を大きくすべきだと考えているようです。できれば、情報公開は個人が選択できる方がいい、そのためには情報公開のパーソナライゼーションが最も効果的だと唱えます。まあ、シカゴ学派的にはそうなんでしょうが、パーソナライゼーションには行動データが必要となりますので、プライバシーの問題が浮上してくるでしょうね。最近は利便性も大事だけれど、プライバシーも大事な風潮ですので、情報開示のパーソナライゼーションは難しいでしょうね。

そして、多くの人(スチュワート・リッチーの科学の信頼性に関する問題提起カール・バーグストームとジェヴィン・ウェストの統計学に対する問題提起など)が最近は指摘するところではありますが、ゴールを数値化するとゲーム化する可能性もあります。キャス・サンスティーンは国民の健康福祉のために情報価値の数値化が必要だと言います。しかし、企業側からすれば経済効率を最も高めたいはずですので、決められた数値を最も効率よくハックしようとするはずです。目先の数字だけに集中すると、本来の目的からどんどん離れていく可能性が高くなります。

キャス・サンスティーンが言いたいことは分からないでもないです。ただ、シカゴ学派の「脆弱性」も感じ取ることができます。シカゴ学派の経済学者たちが進めて来た数値化と個人自由主義はやりすぎると反作用を起こしてしまうことが分かって来ていますよね。その傾向が本書にも感じとれてしまうのです。