カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|映画監督ケヴィン・スミスの自宅からの実況中継|"Tough Sh*t" by Kevin Smith

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ボクがインディー映画を好きになったのは80年代からで『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』とか『ニュー・シネマ・パラダイス』とか『八月の鯨』とかを岩波ホールとかミニシアターで観ていました。しかし、インディー系の映画が本当に市民権を得たのは90年代からでしょうね。その代表がクエンティン・タランティーノ。でも、ボクが大好きだったのはケヴィン・スミスの『クラークス』と『チェイシング・エイミー』でした。

著者本人が朗読してくれるのがオーディオブックの楽しみの一つです。そして、このオーディオブックは著者のケヴィン・スミスが本人の自宅で録音しています。ケヴィン・スミスは活発にポッドキャストで配信しているので、あまり新鮮味はないのですが、本人が振り返る90年代からの映画監督としてのキャリアは90年代のインディー映画シーンを理解する上で、内側から見える風景を紹介してくれていて楽しいです。

Tough Sh*t: Life Advice from a Fat, Lazy Slob Who Did Good (English Edition)

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ケヴィン・スミスとボクは歳が近いので、映画体験も似ています。ムービーとフィルムの違い。それはエンターテイメントとアートとの違いです。人生を変えたのがニューヨークのアンジェリカ・フィルム・センターまで出かけて映画を観たこと。カフェにあるコーヒーバー、ポップコーンじゃなくスコーンをはじめて食べた。地下鉄が通過すると振動を感じた。ボクも町田から渋谷まで電車を乗り換えていきましたよ。アートだ、これが都会だ!

ケヴィン・スミスはこの日に映画制作をすることを決めたそうです。妹のバージニアが言ってくれた「映画監督になりたいなんて言う必要ないのよ。まだ映画を撮っていないだけで、あなたはもう映画監督よ」は最高のアドバイスになった。アイデアを信じて「言う」だけでなく「行動」しないといけない。スーパーマンにはなれないけど、誰でもバットマンにはなれる。

最初の映画の仕事は初監督の自主制作作品の『クラークス』で、予算は27,575ドル(約300万円)。これがサンダンス映画祭で取り上げられて、ミラマックスが225,000ドル(約2400万円)で買ってくれた。ダンテが自分自身だとしたら、ランダルはなりたかった自分。『チェイシング・エイミー』はボクの大好きな映画なんですが、この映画のキャストに関してミラマックスと駆け引きがあったのは知りませんでした。当時のミラマックスでの映画制作予算の最低額は3億円で、ドリュー・バリモアやジョン・スチュワートなど有名な俳優を出演させることを提案。しかし、ケヴィン・スミスは自分が選んだキャストにこだわりたかった。予算は『クラークス』と同じで300万円、自分が選んだ俳優を出演させる。気に入ったら買い取ってくれていいし、気に入らなかったら他の配給会社に売りに行く。

ハーヴェイ・ワインスタインは2017年に#MeToo運動に発展するセクハラ報道で映画界から追放されます。本書(2012年出版)でケヴィン・スミスはハーヴェイ・ワインスタインとミラマックスが90年代に果たしたインディー映画発展の役割について語ります(セクハラ報道後、ワインスタインとの関わりを恥じて、ワインスタインと関わった作品の今後の売り上げをWoman in Filmに寄付すると発表した)。ミラマックスはマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督作品の『スキャンダル』、スティーブン・ソダーバーグ監督作品の『セックスと嘘とビデオテープ』、ペドロ・アルモドバル監督『アタメ』、そして、クエンティン・タランティーノ監督作品の『レザボア・ドッグス』と『パルプ・フィクション』を世に送り出します。『クラークス』も90年代を象徴するインディー映画でしたね。

ミラマックスはディズニーに買収されて、そのエッジを徐々に失っていくのですが、ケヴィン・スミスはマイケル・アイズナーに対して「こんなブランドについて語るやつは後にも先に会ったことねえ」と。まあ、そうでしょうね。ただ、アイズナーはミラマックスのブランドが失われつつあることを理解した一人だとしています。ミラマックスの直感的なマジックは徐々にプロセス化されてパッケージングされます。『ロード・オブ・ザ・リング』はまさに代表例ですね。

ハーヴェイ・ワインスタインはミラマウス(ディズニーを象徴するミッキーマウスとミラマックスをかけた造語)を離れて自身でワインスタイン・カンパニーを設立します。ミラマックスから巣立ったタランティーノやロバート・ロドリゲスはワインスタインについていき、ケヴィン・スミスもそれに続きます。しかし、失われたマジックは失われたままで、他のスタジオはミラマックスのやり方を学び、ワインスタインは他のスタジオと同じになりました。

8月上旬から9月末に観た映画ひとこと評(あいうえお順)

奇跡がくれた数学:説明的すぎる。

グレートハック:SNS史上最悪のスキャンダル:個人情報を大切にしましょう。

サマー・オブ・84:今年度ワーストワン。

ジョン・ウィック:パラベラム:長い。

ブレードランナー ファイナルカット IMAX:記憶と違ったけど、色褪せない。

プロメアきれいなグレンラガン

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド IMAX:優しいタランティーノ映画。