カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|日本にいま必要なのは自己憐憫を止めて冷静に分析する勇気|"Upheaval" by Jared Diamond

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文明の誕生をテーマにした『銃と鉄と病原菌』と文明の崩壊をテーマにした『文明崩壊』に続くジャレド・ダイアモンドの新著のテーマは「苦難」でした。人類の歴史をテーマにしたものはユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』と『ホモデウス』で引き継いだ感じなので、別の方向性にピボットした感じでしょうか。

Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change

Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change

危機と人類(上)

危機と人類(下)

今回の取り組みは個人の苦難に対する解決のフレームワークを国家の苦難に対する解決のフレームワークに当てはめたものです。これまでのような膨大な資料に基づいた科学的なアプローチとは異なり、個人的な経験に基づく分析であり、科学的なアプローチによる検証は今後の研究に委ねられるとしています。まあ、そういった意味では小休止的な位置付けなのでしょうか。

取り上げられている国家はフィンランド、チリ、明治時代の日本、ドイツ、インドネシア、オーストラリア、現在の日本、現在のアメリカです。そう、日本だけ二回に分けて分析されています。本の表紙も浮世絵ですしね。現在の日本の状況を「苦難」と捉えることに違和感を覚える日本人は少ないでしょうから、海外の人からどうみられているのか興味がありますよね。

フィンランドから日本が学べること

一番面白かったのはフィンランドでした。フィンランドの事例から日本は学ぶ的ことが多い気がします。

フィンランドはソ連・ロシアと地続きの北欧国です。地図を見てもらえばわかりますが、スウェーデンやノルウェーと違い、多くの国境がソ連・ロシアに面しています。このため地政学的にソ連・ロシアを無視できません。

また、フィンランドはアメリカとドイツの市場がなければ経済的にスケールできません。労働者に高い給料を払うためには効率化するしかない。そのために学校教育に力を入れる。授業料は無料で、教師は高給で高いステータスを持ち、結果としてフィンランドの学力は世界でもトップレベルになりました。ニュージーランドの次に女性の政治家が多く、大統領も女性がなっている。警官も大学の学位が必要。エンジニアのの人口あたりの比率が世界一高い。R&Dへの投資は3.5%で他のEU諸国の倍です。

小さな国であるにも関わらず、逆境を乗り越えてフィンランドは今の立場を築きました。そのために苦難の中から自らが置かれた立場を冷静に分析し、戦略を立てて実行してきた結果です昔はソビエト、今はロシアの国境にさらされ、侵略に対して徹底抗戦。その間、イギリス、フランス、アメリカからの支援はなく、第二次世界大戦(フィンランドにとっては冬戦争継続戦争)で多くの死者を出します。14歳の子供まで兵士として戦ったのだから、その死者の数は凄まじいものだったそうです。この本を読んでやったわかりましたが、ゲーム『戦場のヴァルキュリア』のモチーフはフィンランドでしょうね。

ソビエト側にもアメリカや西ヨーロッパ側にもつかず、バランスをとるポジションを「フィンランド化」と揶揄されたりしました。しかし、フィンランドのような小国が生き残るには必要なバランスだったんですね。それで今の地位を確立できたのだから立派です。

日本が前に進むためには、もう自己憐憫はやめよう

フィンランドと比べて、日本は地政学的に恵まれています。フィンランドのように大国と地続きではないですし、イギリスと比べても大陸と5倍の距離があります。イギリスより土地が50%大きく、天然資源も豊富。人口もイギリスの2倍です。中国に抜かれましたが、それでも世界で三番目に大きな市場です。

ジャレド・ダイアモンドによると明治日本と現代日本の最大の違いは冷静かつ、誠実な自己評価ができているかです。明治日本はフィンランドと同様に冷静な自己評価ができました。アメリカやヨーロッパ諸国との国力の差を理解して、海外から多く学びました。国力の差の結果、屈辱を感じながらも不平等条約を結び、近代化の努力で徐々に不平等条約を粘り強く解消していきました。

それに比べて、第二次世界大戦に踏み込んだ日本は冷静な自己評価ができず、勝てない戦争に踏み込んでいきました。それまで、連戦連勝だったので、周りが見えずに自信過剰になっていたんでしょうね。まあ、色々と不満があって、頭に血が上り、我慢できなかったんですね。相手の挑発に見事乗ってしまった。ジャレド・ダイアモンドは当時の日本の指導者たちを"hothead"(向こう見ずで衝動的で無責任な人)とかなり辛辣に評価しています。当時の日本の指導者たちは明治時代の指導者のように海外で直接国力の差を見てきませんでした。

勝てるはずのない戦争をして、当然のように負けてしまうのですが、そこで反省をしていないのが日本の現状だとジャレド・ダイアモンドは評しています。日本のメディアは終戦記念日に戦争の犠牲になった日本人を多く取り上げます。特に広島、長崎の原爆や東京大空襲。しかし、戦争で日本人の犠牲になった外国人については全く取り上げません。例えば、南京事件バターン死の行進サンダカン死の行進です。シンガポール人だったら誰でも知っている、シンガポールを侵略した日本の銀輪部隊について知っている日本人はほとんどいないのではないでしょうか。自転車でシンガポールに侵入して、ライフルで一般人をどんどん殺していきました。知らないでしょ?日本では教えませんものね。終戦記念日でも特集しないですものね。

第二次世界大戦について日本人から聞こえてくる言葉は自己憐憫ばかり。これは、現在の「失われた20年」に関しても同じです。過去の栄光にとらわれ、失敗から学ばず、周りを冷静に見渡して評価できない。自分たちはなんてかわいそうなんだ!と嘆いてばかり……とジャレド・ダイヤモンドは言っています(ボクじゃないですよ!)。でも、まあ、ボクがこうやって海外情報を日本語で発信しているのも、「日本人はもっと海外のことを学ぼうよ」と思っているからですがね。

この本を読む多くの日本人は「耳が痛い」を通り越して、「は?アメリカ人にそこまで言われたくない!」と拒否反応を起こすかもしれません。しかし、そこで考えてほしいのは明治の日本人だったら?フィンランド人だったら?と考えてみることです。プライドをなくせと言っているのではなく、冷静に現実を見つめて守るべき大切なものは守りつつ、変えるべきは周りの状況を見て変えましょうと言っているだけです。なんで外国は日本の捕鯨に批判的なんだ!日本だけ批判されてる!と嘆くのではなく、捕鯨は守るべきものなのか?と冷静に自ら問いかける必要があるでしょう。

この本はどんな人にオススメか

この本は日本に対する批判がかなり多いです。中には「おいおい、そこまで言わんでもいいだろ?」と思う部分もあります。たぶん、ジャレド・ダイヤモンドの周りにいる日本人は朝日新聞や毎日新聞や東京新聞や共同通信な人たちが多く、読売新聞や産経新聞な人たちは少ないんだろうと推測します。読売新聞や産経新聞な人たちが読むとかなり腹立たしい内容だと思います。山本一郎さんが海外にまできて「自分探し」を公言している連中が迷惑な件についてと記事を書きたくなる気持ちはわかります。

ただ、この本に書いてあるように、冷静に自己分析しようよとは思います。ほんと、そうですよね。アメリカ人に言われたくないですよね。アメリカだってインディアンから不当に土地を奪ったし、ロクでもないことたくさんやってます。そう、確かにそうですよね。でも、冷静になりましょうよ。カッと頭にきても、頭を冷やしましょう。フィンランドや明治の日本のように。大国にそんなこと言ってもしょうがないんです。

日本を卑下する必要は全くありません。素晴らしい面はたくさんありますし、中国に抜かれたと言ってもまだまだ世界で三番目に大きな市場です。しかし、課題はあるのだから、冷静に海外から学ぶ必要はあります。

おそらく、びっくりすることもあるでしょう。銀輪部隊もそうですが、日本では教えられない日本のことを、外国の人は普通に知ってたりしますから。ボクだって海外に出るまでバターン死の行進とか知りませんでした。自分たちの実力を知り、足りない部分は謙虚に学びましょう。日本の職人スゲー!もいいのですが、海外にもスゲーはたくさんあるのですから。そういう姿勢を学ぶきっかけにはなるかなあ、この本も。