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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|「使いやすさ」の歴史と未来|"User Friendly" by Cliff Kuang

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「デザインが大事」と言うのは言葉では簡単なんですが、実際にはとても難しいです。なぜ難しいのか?それは「なぜ大事なのか」のWHYの部分をまず理解しないといけないからです。そして「何が大事なのか」のWHATの部分を理解しないといけません。おそらくほとんどの人は感覚的にはわかってるんです。それは「スマホみたいに使えること」だと。でも、それをきちんと説明できない。例えば「ユーザーフレンドリー」ってどう言うことですか?

その答えを出す仕事に取り組んだのがWebメディアのFast CompanyのデザインをリードしてCo.Designを立ち上げたクリフ・クァンです。今回紹介するクリフ・クァンの最初の書籍である”User Friendly”は元Frog Designのロバート・ファブリカントとの会話から生まれたそうで、ファブリカントもクレジットされています。

User Friendly: How the Hidden Rules of Design are Changing the Way We Live, Work & Play (English Edition)

User Friendly: How the Hidden Rules of Design are Changing the Way We Live, Work & Play (English Edition)

クリス・クアンはまず現在の「ユーザーフレンドリー」の定義からはじめます。

使いやすさを表す言葉として「ユーザーフレンドリー」しか持ち合わせていないにも関わらず、何が「ユーザーフレンドリー」なのか数限られた専門家にしかわかりません。そして、多くのデザイナーの間の中でも「ユーザーフレンドリー」が議論されてはいますが、そもそもの成り立ちはデザイナーの中でもあまり知られていません。ユーザーフレンドリーとは単に問題を解決するだけでなく、問題を簡単に解決することです。

そして、現在の「ユーザーフレンドリー=使いやすい」を定義したのはアップルです。もっと具体的に言えばiPhoneです。人間にコンピューターを学ばせるのではなく、コンピューターに人間を学ばせる。スマートフォン以降、全てスマートフォンのように使いやすいことが期待されるようになりました。コンピューターと現在のユーザーフレンドリーは密接な関係があります。

初期のコンピューターにおけるユーザーフレンドリーの代表例に1960年代にIBMがメインフレームを使いやすくするために開発したAPL(A Programming Language)がありました。IBMにはロゴをデザインしたポール・ランド、イームズと並んで数々の優れたプロダクトをデザインしたエーロ・サーリネン、ボール形状の印字部品を使ったセレクトリックタイプライターをデザインしたエリオット・ノイズなど優れたデザイナーたちが所属していました。しかし、IBMはアップルにはなれませんでした。

なぜIBMはアップルになれなかったのか?

クリス・クアンは次に現在の「ユーザーフレンドリー」の歴史を紐解きます。

UXの歴史はレオナルド・ダ・ビンチまで遡ることができますが、現在のUXの歴史はアメリカの大量生産の歴史と重なります。アメリカにはドイツのバウハウスやフランスではル・コルビュジエユニテ・ダビタシオンなど理論的な思想はありませんでした。しかし、1929年の大恐慌での経済的な必要性が「ユーザーフレンドリー」に向かわせました。その代表例が1927年から1931年まで生産されて大ヒットしたフォード・モデルAです。一般的に大量生産で有名なのはフォード・モデルTですよね。大恐慌以降の新しいパラダイムが「工業生産の美しさ」です。そして、この時期に工業デザインのビッグ4が生まれます。レイモンド・ローウィノーマン・ベル・ゲデスウォルター・ドーウィン・ティーグヘンリー・ドレイファスです。特にヘンリー・ドレイファスは後のUXにとって重要な仕事をします。

ちなみに、ボクはヘンリー・ドレイファスの"Designing for People"と後述するドン・ノーマンの"Design for Everyday Things"を読んだことがない「デザイナー」はあまり信用しません。論理的な基盤なしに感覚的にやってるってことですから。

The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition (English Edition)

The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition (English Edition)

  • 作者:Don Norman
  • 出版社/メーカー: Basic Books
  • 発売日: 2013/11/05
  • メディア: Kindle版
Designing for People (English Edition)

Designing for People (English Edition)

  • 作者:Henry Dreyfuss
  • 出版社/メーカー: Allworth
  • 発売日: 2012/11/30
  • メディア: Kindle版

ヘンリー・ドレイファスは当時の日用品に満足できませんでした。そして、日用品を改良するためにはその生産プロセスを理解する必要があると考えました。単に見た目がいいだけではダメ。改善するには、その改善を適用するためのコストを把握する必要もあると考えました。ヘンリー・ドレイファスにとってデザインは見た目ではなく、どのように作られ、何が可能になるのかまで含まれています。要点としては以下の二つにまとめることができます。

  1. 見た目をモダン化する
  2. 使い方を再定義する

バウハウスも考え方は同じなのですが、理解できるエリート向けでした。ヘンリー・ドレイファスをはじめとする当時のアメリカのデザイナーたちは実用的でありマーケット志向でした。実際に電話機とかこの頃に再定義されたデザインは現在まで生きています。

クリス・クアンによると「使いやすさ」のデザインがさらに次の段階に進んだのが第二次世界大戦でした。実際に第一世代の工業デザイナーのレイモンド・ローウィ、ノーマン・ベル・ゲデス、ウォルター・ドーウィン・ティーグ、ヘンリー・ドレイファスたちはアメリカ政府に招聘されて軍用品のデザインをします。さらにアルフォンス・チャパニスS・S・スティーヴンスを中心に人間中心デザインが生まれます。そもそも、なぜ飛行機は墜落するのか?飛行機の操縦が難しいから。それでは、なぜ飛行機の操縦は難しいのか?人が間違うことを「ヒューマンエラー」と言います。それを否定して使いにくいことは「デザインエラー」と再定義されました。人間工学に基づくエルゴノミック・デザインの基礎はこの時期に確立されます。ヘンリー・ドレイファスは戦車のコクピットのデザインの経験を活かして人間中心のデザイン手法の一つであるペルソナの原型である"Joe"と"Josephine"を生み出しました。この辺もUXのオリジネーターであるダ・ヴィンチの影響を受けていますよね。

そして、スリーマイル島原子力発電所事故です。アップルにデザイン文化を植え付ける決定的な仕事をしたのは先に触れた"Design for Everyday Things"の著者ドン・ノーマンです。ドン・ノーマンはアップルでUXプロフェッショナルと呼ばれる人たちを育てます。その一人がジョニー・アイブです。そして、ドン・ノーマンはスリーマイル島事故の調査チームの一員でした。ノーマンの分析によると、スリーマイル島の原子力発電所は技術的な課題を優先して、そこで働く人たちを考慮に入れなかったことだそうです。コントロールルームのデザインは後回しにされ、何か工夫をする時間も余裕もなかった。例えば、原子炉は常に「第一」と「第二」の二つペアで作られます。しかし、コントロールルームはひとつしか作られませんでした。一つ作って、その鏡面イメージをもう一つ作った方が安上がりだと考えました。エンジニアは全く逆の配置の二つのコントロールルームで仕事をしなければいけませんでした。

1100のメーターと500以上のアラーム。コントロールパネルの色だけを見ても、「赤」が14の異なる意味を持ち、「緑」が11の異なる意味を持っていました。人間と機械が分かり合う共通言語の不足。ボタンやサインの配置にも特に意味がありませんでした。

ここまでがこの本の前半。

最初の疑問である「なぜIBMはアップルになれなかったのか?」ですが、答えは「アップルにはUXの歴史を踏まえた上で組織に実装してくれるドン・ノーマンがいたから」になるんだと思います。日本でも「ユーザーフレンドリー」の重要性は十分に理解されているにもかかわらず、デザインがなかなか組織に浸透しません。多分、日本にはUXの歴史を踏まえた上で組織に実装してくれるドン・ノーマンのような人がいないからなんでしょうね。ボクはせめてそうなりたいなと、いま日本企業でがんばってます。

この本の後半は「ユーザーフレンドリー」を実現するために重要なコンセプトとともに、スマホ以後の「ユーザーフレンドリー」のユースケースを紹介しています。コンセプトはメタファー、共感力やパーソナライゼーションなどです。将来のユースケースはクルマの自動運転やボイスインターフェースやディズニーランドです。特にディズニーランドにおけるマジックバンドを使ったパーソナライゼーションの事例はとても面白かったです。

この本はどんな人にオススメか

デザイナーには読んで欲しいです。

今のアプリデザインにこのような混乱が少ないのは、メニューの位置や意味、スワイプやタッチで何が起きるのかがテンプレートで標準化されているからです。いまのUXデザイナーがテンプレートなしで一からユーザーフレンドリーなデザインができるか?どうですかね。さほどスリーマイル島原子力発電所のエンジニアと変わらないのではないでしょうか。なぜなら、多くの「デザイナー」はこのような標準が出来上がってきた成り立ちを理解していないからです。

情報設計などの「使いやすさ」の原理原則といえるものを理解している「デザイナー」って実はすごく少ないです。デザイン・システムとか流行っていますが、そのコンポーネントやアーティファクトを下支えしている(使いやすさを担保している)のは原理原則ですからね。