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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|「価値」と「生産性」の再定義|"Value of Everything" by Mariana Mazzucato

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日本は生産性が低いといわれていますが、それは本当でしょうか。

生産性の計算は労力や資本といったインプットに対して、どれくらい価値を生み出したかというアウトプットから算出されます。では、そのアウトプットである「価値」ってなんでしょう?一般的にはアウトプットは国内総生産(GDP)を使います。では、GDPが定義する「価値」とはなんでしょう?マリアナ・マッツカートは新著"Value of Everything"でGDPの歴史から経済活動における価値の変遷を紐解いていきます。

The Value of Everything: Making and Taking in the Global Economy

The Value of Everything: Making and Taking in the Global Economy

価値の源泉はなにか?

そもそも経済活動における「価値」ってなんでしょうか?というのが最初の問いかけとなります。マリアナ・マッツカートは国内総生産(GDP)の歴史から経済活動における価値の変遷を紐解いていきます。GDPを計算するうえで大切なのが生産境界(production boundary)です。生産境界の内側にあるものが「価値」があり、GDPに計上されます。生産境界の外側にあるものは「価値」がないため、GDPには計上されません。

国の力を測る基準は時代によって変わってきました。最初のころは農業が中心だったので、農業が生産境界の内側(価値を生み出す側)にあり、職人や商業は外側(価値を享受する側)にありました。工業化が進むと工業が生産境界の内側に入りました。そして、金融が生産境界の内側に入りました。この測定基準は標準化され、国際基準が国連が定める国民経済計算(SNA: System of National Accounts)となりました。GDPはSNAが基準となっています。

生産境界の内側(価値を生み出す側)と外側(価値を享受する側)は新自由主義によって曖昧になりました。価値は市場が決める、価格がついているサービスや商品はすべて価値ということになってしまいました。ただ、そうしてしまうと公共サービスやボランティア活動は価値がないということになってしまいます。家事も同様。

GDPは生産面、分配面、支出面の三つの見方ができます。生産面が価値創出なのですが、原価と売価の差が「付加価値」となります。ただ、政府が提供する公共サービスって価格がないので生産面にはあまり入ってきません。政府の支出がGDPに入るのは支出面が大きくなります。単純にGDPの計算方法だけみてしまうと、政府はお金を使うばかりで、価値を生み出さないという感じになってしまいます。

価値の創造と抽出

1975年から2017年にかけてアメリカのGDPは3倍増え、生産性は60%向上しました。この伸びには主にアメリカとイギリスの金融業界の発展が関わっています。多くの国がアメリカとイギリスの成功に見習って金融の規制緩和と強化を目指しました。それに成功したのがシンガポールであり、香港ですね。具体的にはFISIM(間接的に計測される金融仲介サービス)がGDPを計算する標準である国民経済計算(SNA)に含まれるようになった1993年からです。しかし、賃金は増えていない。つまり、40年近く、数%のエリートのみが富の伸びを享受していると指摘しています。

ボク個人は農業は内臓、製造業は筋肉、金融業は心臓や血管などの循環系だと考えています。栄養自体は胃袋である農業が抽出して、それが体の部品である製造業となる。そして、それを運ぶのが金融業の役割。最近だとテクノロジー業界もそうなのかもしれません。

マリアナ・マッツカートも金融業界やテクノロジー業界の価値を否定してはいないのですが、「お前ら、もらいすぎやろ!」と考えているようです。つまり、価値を生む側ではなく、価値を抽出する側であるといいます。

金融業、製薬業、テクノロジー業に共通して言えるのは「オレらリスク取ってますから!」ということですが、金融業は金融破綻で政府の救済を受けました。つまり、実際にはほとんどリスクを取っていません。損しても政府が助けてくれます。製薬業に関しても研究開発の支出が多いことで知られていますが、実を言えばそのほとんどは模倣品の"Me Too"ドラッグで新薬開発への投資は非常に少ない。テクノロジー業界にしてもVCが投資するのは基礎研究ではなく、売れる技術です。基礎研究にお金を出しているのは政府の補助金だったりします。Webだって、インターネットだって民間企業が開発したものではありません。本当の意味でリスクを取っているのは政府です。スタートアップに投資している投資家ではありません。

ショシャナ・ズボフの新著"The Age of Surveillance Capitalism"でも監視資本主義を生み出したGoogleは抽出の革命を起こしたと指摘していて、「抽出」という言葉を使っているのが共通点です。

 この本はどんな人にオススメか

この本はGDPの歴史本とも言えます。GDPは国力を測るツールとして開発されましたが、時代によって「価値」の定義は変遷してきました。そして「生産性」も同様に変化してきましたし、これからも変化するでしょう。「日本の生産性は低い」というのはそう簡単に言えるものでもないのです。むしろ、近年になって急速に「価値」を生み出すようになった金融とテクノロジーの波に乗り遅れたというべきでしょうね。製造業のままで金融業と同じ「生産性」を実現しようとしたって、それはなかなか難しいのではないでしょうか。

「生産性」を語るには様々な視点が必要となります。この本はそんな視点を提供してくれる人とです。もちろん「サービス残業」とか無くなった方がいいですし、テクノロジーを活用して効率的な仕事ができるようになった方がいいです。ただ、そういう小手先のことだけでなく、もうちょっと根本的な変化が必要なんじゃないですかね。