アメリカのリベラルにとって、トランプ大統領の誕生はよほどショックだったようで、なぜそのような事態が起きてしまったのか様々な分析がなされています。エズラ・クラインとデレク・トンプソンによる共著『Abundance(豊かさ)』はその代表作と言えます。今回、紹介するマーク・ダンケルマンによる『Why Nothing Works(なぜなにも進まないのか?)』その流れの一つです。
『Abundance(豊かさ)』が具体的に何が問題なのか、どうしたらその問題は解決できるのかに焦点を当てているのに対して、『Why Nothing Works(なぜなにも進まないのか?)』は、なぜそうなってしまったのかを歴史的に検証しています。二つセットにして読むと、アメリカのリベラルの課題が多面的によく見えるようになります。
リベラルとは
マーク・ダンケルマンは、「リベラル(進歩的)とは何か」という定義から本書をスタートさせます。リベラルのアイデンティティは、保守よりも複雑で、単純な定義は「保守ではないこと」となってしまいます。一つの側面として自由市場と行政のバランスがあります。保守はなるべく自由市場にゆだねるべきという考え方で、リベラルは自由市場を認めながらも暴走しないように行政が公共の利益のために規制をすべきだという考え方です。
ダンケルマンによれば、アメリカのリベラルには二つの対立する衝動が内在します。ひとつは「ハミルトン的」衝動で、もうひとつは「ジェファーソン的」衝動です。リベラルが大きな政府で自由市場をコントロールする立場だとして、何のためにどのようにコントロールするのかに違いがあります。
ハミルトン的衝動とジェファーソン的衝動の違い
ダンケルマンは、以下のようにハミルトン的衝動とジェファーソン的衝動の違いを解説しています。
- ハミルトン的衝動: 中央集権的制度における権力の統合、専門知識への依存、大規模な公共事業や社会目標を達成するための効果的な統治への焦点と関連付けられる。「権力を上に集める(power up)」アプローチ。
- ジェファーソン的衝動: 中央集権的権威への懐疑、個人の自律性、市民参加、分権化、そして潜在的な権力乱用に対する「ガードレール」の重視によって特徴づけられる。「権力を下へ外へ拡散する(power down and out)」アプローチ。
ハミルトン的な衝動を理解するには、エズラ・クラインとデレク・トンプソンが『Abundance(豊かさ)』でも例を挙げている、2023年6月にペンシルベニア州フィラデルフィアで発生した州間高速道路95号線(I-95)の崩落事故の事例が挙げられると思います。。当初、復旧には数ヶ月を要すると見られていましたが、ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事は即座に災害緊急事態を宣言。これにより、州政府は通常必要とされる複雑な入札や許認可プロセスを省略し、24時間体制で復旧作業を進めることが可能になりました。
これと似たような場面がネットフリックスのドラマ『デアデビル:ボーン・アゲイン』でも登場します。事故で道路が陥没してしまった場面に、ニューヨーク市長となったウィルソン・フィスク / キングピンが偶然に現場に居合わします。認可が必要ですぐに工事はできないという工事責任者に対して、フィスクは、この場で許可を出すから今すぐ工事を始めるように指示します。
ハミルトン的衝動の代表選手として本書でも紹介される、ニューヨークの都市計画を指揮したロバート・モーゼスをどことなく思わせる行動ですし、トランプ大統領を思わせる部分もあります。いずれにせよ、このような強いリーダーシップがアメリカでは今求められているということでしょう。
リベラルの歴史
エズラ・クラインとデレク・トンプソンは、アメリカのリベラルはニューディールの後始末に終始してきたと評しています。一方でダンケルマンは、ニューディールはその時はとても効果的だったとしています。20世紀初頭のニューディール時代には、工業化の問題や経済危機に取り組むためにハミルトン的アプローチが台頭しました。
しかし、1960年代から1970年代以降の転換期には、ベトナム戦争、ウォーターゲート事件、ロバート・モーゼスのような人物による権力乱用の認識などに煽られ、「体制」への不信感が高まり、ジェファーソン的理想が優勢になっていきました。ダンケルマンによれば、現代のリベラリズムはジェファーソン側に過度に傾斜し、政府を麻痺させる「権力への嫌悪」をもたらしています。ハミルトン的有効性の時代:初期進歩主義とニューディール
ハミルトン的有効性の時代:初期進歩主義とニューディール
ダンケルマンが指摘するように、アメリカのリベラルの歴史において、ハミルトン的衝動が前面に出て、国家の大きな課題に対処するために中央集権的な権力と専門知識が活用された時期が存在します。特に20世紀初頭のリベラリズムの時代とフランクリン・D・ルーズベルト大統領によるニューディール時代は、この傾向が顕著でした。この時期、リベラルは、工業化の弊害、都市化の問題、そして未曾有の経済恐慌といった課題に直面し、政府が積極的に介入し、大規模な解決策を実行する必要性を認識していました。
ハミルトン的衝動の「権力を集中させる」 アプローチは、セオドア・ルーズベルトやウッドロウ・ウィルソンといった大統領の下で、独占禁止法の制定、食品医薬品の安全性確保のための規制機関の設立、国立公園制度の拡充といった形で具体化されました。これらの政策は、専門知識を持つ行政機関が国家的な目標を追求するというハミルトン的な考え方を反映していました。
ニューディール時代には、このハミルトン的衝動はさらに強力に推し進められました。世界恐慌という危機に対し、ルーズベルト政権は社会保障制度の創設や、テネシー川流域開発公社(TVA)のような野心的な公共事業を通じて、経済復興と社会改革を目指しました。特にTVAは、広大な地域に電力を供給し、洪水制御を行い、地域経済を活性化させるという、中央政府主導の大規模プロジェクトの象徴でした。ダンケルマンが指摘するように、この時代のアメリカは「世界最大の鉄道網、広大な電力網、州間高速道路、豊富な住宅」などを建設する能力を持っていました。
行動し成果を出すための政府の能力が、権力の分散や抑制よりも優先されるべきであるという認識が強かった時代です。このハミルトン的有効性の発揮は、必ずしもジェファーソン的価値観の完全な否定を意味するものではありませんでしたが、国家的な危機に対応し、「大きなことを成し遂げる」ためには、中央集権的な権威と実行力が必要であるという強い確信に支えられていたと言えます。
ジェファーソン的理想への傾斜:1960年代以降の転換と拒否権民主主義の萌芽
20世紀半ばまでハミルトン的アプローチが一定の成果を上げてきたリベラルは、1960年代から1970年代にかけて大きな転換点を迎えます。この時期、中央集権的な権力に対する不信感が広範に高まり、ジェファーソン的な理想、すなわち個人の自律性、市民参加、権力分散への希求が強まりました。この転換の背景には、ベトナム戦争の泥沼化、ウォーターゲート事件による政府への信頼失墜、そしてロバート・モーゼスのような強力な指導者による権力乱用への批判がありました。これらの出来事は、「体制」 に対する深い懐疑心を生み出しました。
その結果、政府の行動を制約し、市民や地域社会が意思決定プロセスに関与する権利を拡大するための「ガードレール」が数多く設けられた。環境保護運動や消費者運動の高まりも、この流れを加速させました。ラルフ・ネーダーのような活動家は、企業や政府の不正を告発し、市民の権利擁護を訴えました。ダンケルマンによれば、こうした動きは意図せずして、あらゆるプロジェクトに対する拒否権の発動を容易にする方向に作用した側面もあるといいます 。
これは(エズラ・クラインとデレク・トンプソンも指摘しているように)大きな時代の流れでもありました。実際に様々な環境保護の取り組みや規制を作ったのは保守のニクソン大統領だったりもします。しかし、保守はそのあとに潮目(ダンケルマンはザイトガイストと表現している)が変わるに敏感でした。人々は規制で何も進まなくなっている状況に嫌気がさしてきました。ロナルド・レーガンも知事の時代には環境保護を重視していましたが、大統領になってからはシカゴ派の新自由主義を推し進めました。リベラルは、その後に潮目が変わるのを読み切れませんでした。
「拒否権民主主義」の確立:ジェファーソン的理想の帰結
1960年代以降のジェファーソン的理想への傾斜は、単なる一時的な揺り戻しではなく、アメリカの統治システムそのものを変容させ、「拒否権民主主義(vetocracy)」と呼ばれる状態を確立するに至ります。この過程は、善意の改革が意図せざる結果を招き、システム全体の機能不全へとつながる典型例と言えます。
権力の乱用を防ぐために、多くの「ガードレール」として規制が設けられました 。しかし、実際には無数の手続き的ハードル、審査プロセス、そして拒否権を行使できるポイントを生み出しました。特に、反貧困政策や環境政策は、地域社会が外部の力(しばしば大規模な開発計画)に抵抗できるように設計され、リベラリズムが壮大な計画を妨害する手段として機能するようになりました 。
多様な市民の意見や利害を調整するメカニズムが不十分なまま、多くの主体にプロジェクトを阻止したり遅延させたりする権限が与えられた結果、システムは麻痺状態に陥ってしまいました。ダンケルマンが指摘するように、「ほぼ誰にでも進歩を妨げることを許す」 ような状況が生まれました。これは、個々のプロジェクトに対する反対意見が、たとえ少数であっても、全体の進捗を容易に頓挫させうることを意味します。
リベラルが再び機能するために
ダンケルマンは、「リベラルはどこで間違ったのかを認める必要がある」 といいます。リベラルが再び機能するには、「そのルーツを再発見する意欲にかかっている」。この「ルーツの再発見」は、野心的な目標を達成するために中央集権的な権力を行使することに、より抵抗のなかった初期の進歩主義時代への回帰を意味します。「実行できる政府」という意味ではエズラ・クラインとデレク・トンプソンの結論とおぼ同じです。
その具体的な指針は、ハミルトン的衝動とジェファーソン的衝動の間で、より効果的な新たなバランスを取ることです。ダンケルマンは、シーソーが「ジェファーソン主義に偏りすぎている」ため、バランスを再調整する必要があるといいます。たとえば、ハミルトン的に権力を集中させるべきだと言います。それはジェファーソン的な「多くの意見を取り入れる」ことを放棄するという意味ではありません。ジェファーソン的に多くの意見は聞くが、最終的な決断はハミルトン的権力であるべき。決断して実行することが軽視されてきたため、そのバランスを取る必要があるということです。
日本に当てはめるとどうなのか
日本では自民党が保守で、立憲民主党がリベラルということになっています。個人的な意見を言わせていただければ、日本には真の保守政党はないと思います。自民党だってかなりリベラルです。自由民主党はリベラル・デモクラティック・パーティーですから。日本の政党はほぼリベラルで、ハミルトン的衝動を代表するのが自民党、ジェファーソン的衝動を代表するのが立憲民主党ではないでしょうか。本書を読んだうえで、日本の政治を考えた時の感想です。日本にとって真の保守は実はアメリカだったりするのではないでしょうか。
