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書評|新しい独占企業GAFAを理解するのに必要な、伝統的な独裁企業とエネルギー業界の話|"Blowout" by Rachel Maddow

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インターネットの世界ではGAFAの驚異とか色々言われてます。中国ではBATや次の世代が台頭とか。もう、世界はインターネットやモバイル企業が牛耳ってるんじゃない?と。まあ、もちろんGAFAやBATの影響力は絶大ですし、超巨大企業ですよ。でも、Fortune 500のトップはウォルマートが堅持していますし、続くエクソンモービルは長年トップ5を譲ったことがありません。ウォルマートはアメリカ限定だとしても、エクソンモービルはグローバル企業です。世界最強のグローバル企業はグーグルじゃなくてエクソンモービルなんですよ。石油からできた製品やサービスを使わない日ってほぼないですからね。日本だと金融や石油のビジネスがあまり身近ではないため、なかなか理解しにくいですよね。

ビジネスのコンテキストで「データは新しい石油」と言いますが、その意味を理解している人がどれくらいいるでしょうか。そもそも石油のビジネスを理解していないのに、それを比喩として使えないですよね。特に日本だと石油の取引に携わる機会は少ないので、イメージしにくいビジネスだと思います。だから、日本の場合は石油よりも「産業の米」とかお米に例えることが多いのか。

今回紹介する石油業界と政治の関係を描いた書籍"Blowout"の著者レイチェル・マドウはMSNBCで彼女の名前を冠したThe Rachel Maddow Showのホストをしている政治コメンテーターです。皮肉の効いた知的な笑いが彼女の特徴ですが、それは彼女の本にもよく現れています。とても重厚なトピックなのに、いい意味で軽い。

この本の主人公はアメリカ、ロシア、オクラホマですね。もっと言えば、レックス・ティラーソン(エクソンモービルの元CEO)、ウラジミール・プーチン(言わずと知れたロシア大統領)、オーブリー・マクレンドン(シェールガス革命の立役者であるチェサピーク・エナジー創業者)の三人です。特にレックス・ティラーソンは様々な場面にロシアやシェールガスに絡んできます。

いつもはじまりはアメリカ

石油の存在は昔から知られていますが、近代の石油ビジネスのはじまりはアメリカです。ペンシルバニアで原油が発見され、それを精製してケロシンを作り、照明ランプの燃料として売り出しました。19世紀半ばにはまだ電気はなかったですからね。これがきっかけでペンシルバニアのオイルラッシュがはじまります。そして、石油業界を制したのがロックフェラー。当時は金ぴか時代で多くの財閥(トラスト)が誕生しました。

石油は最大のトラスト。アンドリュー・カーネギーは鉄鋼王。フィリップ・アーマーは精肉王。ジェームス・デュークはタバコ王になりました。しかし、最強は石油王のジョン・ロックフェラーでした。独占の時代。ちなみに、現在も新しい金ぴか時代と言われています。ほら、GAFAが独占してるでしょ。ここが石油とインターネットビジネスの共通点の一つですね。

独禁法で分解されたあとも、全てロックフェラーの持ち物には変わりなく、更にリッチになりました。本書の主人公の一つであるエクソンモービルを含む、ほぼすべての石油企業はスタンダードオイルがルーツにあります。DNAも引き継いでいて、利益追求し、拡大を目指し、政府の干渉を嫌うのが石油業界の共通した性格になります。コーク兄弟が特別ってわけじゃないんです。そしてもう一つの性格がイノベーション気質。あれ?これもインターネット業界とそっくりですね。なぜエネルギー業界にはイノベーションが必要なのか。一般的なイメージと違って、石油やガスは井戸から水をくむのとは違います。石油の場合は石油を含む地層である油層を発見しても、圧力が高いと爆噴します。この爆噴が本書のタイトルである"Blowout"です。簡単じゃないんです。

エネルギーを地面から抽出して、利用できるように精製するのはとても大変なんです。これで、なんでグーグルが「抽出ビジネス(Extraction Business)」って言われるか分かりますよね。そう個人データを抽出して、精製するのって大変だし、多くのイノベーションが必要なんですよ。インターネット業界とエネルギー業界っていろんな意味でそっくりなんです。

イノベーション気質がとんでもない結果に結びつくことも多々あります。映画『バーニング・オーシャン』のモチーフにもなった2010年のメキシコ湾原油流出事故はその代表例です。エクソンバルディーズ号原油流出事故なんかもそうですね。シェルもアラスカでの採掘の中止を余儀なくされました。今だに環境汚染を取り除くことができません。抽出には莫大な費用をかけてイノベーションに取り組むのですが、その被害から環境を回復する技術には費用をかけずにおざなりにするのもインターネット企業にそっくりですね。流出した原油を取り除くのに使われるのは紙おむつだそうです。そういえば、ケンブリッジ・アナリティカとかどうするんですかね、ザッカーバーグさん?データも石油も流出すると大変です。

ロシアとプーチン

インターネットとAIの世界でアメリカと覇権を争うのは中国ですが、石油の世界でアメリカと覇権を争うのはロシアです。なんといっても、ロシアはサウジアラビアに次ぐ世界二番目に大きな石油の埋蔵量を誇り、さらにガスも世界最大の埋蔵量だと言われています。これをテコにしない手はないですよね。

ソビエト連邦崩壊からロシアは大国の地位から滑り落ちました。エリツィン時代に市場の自由化が進むのですが、初期の資本主義において急激な自由化が起きると寡占状態になることがこの壮大な実験で分かりました。新興財閥オリガルヒの誕生です。オリガルヒというのは民間の独占企業ですよ。エクソンモービルであり、GAFAですよ。その一つが世界最大の非国営石油会社だったルコスでした。え?過去形?

エリツィン時代のロシア財政危機を引き継いだプーチンは急速に自由化からクリプトクラシーにシフトチェンジします。見た目は民主主義なんですが、見えないベールに包まれています。そして、見えないベールの内側で強権を振るうのがシロヴィキです。KGB出身のプーチンらしい体制です。

ルスコのCEOだったミハイル・ホドルコフスキーはプーチンを公然と非難しはじめます。まあ、アメリカの大統領に対して民間企業のトップが噛み付く感じだったんでしょうね。しかも、エクソンモービルとパートナーシップを組むために株式の30%を譲る交渉をはじめました。これがプーチンの逆鱗に触れます。シロヴィキを実行部隊にもつプーチンにとって民間企業のトップを捻り潰すのは簡単です。それがどれだけ巨大であろうと。ホドルコフスキーは様々な嫌疑をかけられ、逮捕。ルコスは解体され国営化されます。スゲーな。ホドルコフスキーをはじめとする新興財閥オリガルヒはシロヴィキによってどんどん解体されていきました。

ロシアではプーチンは最強です。たとえ、相手が世界最強のエクソンモービルであっても。エクソンモービルもプーチンの庇護がなければロシアでは何もできません。インターネットでいえば、中国の金盾の中ではグーグル神でも何もできないのと同じですかね。それでも国営のルクオイルロスネフチになんとか食い込みたい。レックス・ティラーソンも粘り強く機会を伺います。普段あまり「ノー」と言われないであろう世界最強企業のトップがこれだけ辛抱するのかと、なかなか感慨深いです。

オクラホマとシェールガス革命とイノベーションの意味

イノベーションってなんなんでしょうかね?エネルギー産業はイノベーションが大好きな業界です。インターネット業界と同じです。ガスは岩盤に染み込んでいて、その抽出はスポンジに染み込んだ水をストローで吸い取るのに似ています。エクソンモービルをはじめ、オイルメジャーはずっとどうやればガスを抽出できるのかを長年考えてきました。その実験の一つが平和的核爆発の有効利用のひとつ、プロジェクト・ルリソンでした。地下核爆発でガスを抽出しようという取り組みです。すっごくイノベーションですよね!残念ながら(というか、当然ながら)この取り組みは失敗して放射性物質をバラまくだけでした。

岩盤からのガスの抽出はあまりにも難しいため、ほぼ全員あきらめました。ジョージ・ミッチェルを除いては。フラッキング(水圧破砕法)によって岩盤からのガス抽出がビジネスになる可能性が見えてきました。それを捕まえたのがチェサピーク・エナジーをはじめとしたオクラホマのエネルギー企業です。シェールガス革命のはじまりです。どれくらいこれがオクラホマにとってインパクトがあったのか?NBAバスケットチームをシアトルから買い取るくらいのインパクトがありました。シアトル・スーパーソニックからオクラホマシティー・サンダーになっちゃいました。安価なエネルギーの需要は大きく、エクソンモービルもXTOの買収とロシア戦略で追いつこうと必死です。

日本が脱原発だけでなく脱石炭ができずに世界から非難を集めていますが、他の国はどうしてるの?と言えばガスに転換してるんです。アメリカで原発が廃炉になっているのはガス発電にコスト的に太刀打ちができないのも理由の一つでしょう。あらあら、日本はIT革命だけでなくシェールガス革命にもついていけてないんですね……って実際はどうなんでしょうね?

シェールガス抽出の環境への影響はまだわかっていません。しかし、悪い兆候はあちこちに出ています。ガス・ヴァン・サント監督作品『プロミスト・ランド』ではシェールガス抽出による環境への影響が描かれています。また、シェールガスの街であるオクラホマシティでは地震が頻発しはじめています。

この本はどんな人にオススメか

とても読み応えのある本です。ここで紹介しているエピソードはほんの一部で、もっとたくさんの面白いエピソードが紹介されています。石油のビジネスって現地の政府とうまくやってく必要があるので、独裁政権と相性が良かったりします。赤道ギニアとか。

アメリカとヨーロッパには石油メジャーがあり、ロシアや中国(中国石油天然気集団)にも国営石油企業があります。日本には大きな石油会社がないので馴染みが薄いかもですが、石油は世界の基盤ビジネスです。ビジネスに携わる人なら誰でも知っておいて損はないでしょう

できればオーディオブックで聴いてほしいですね。レイチェル・マドウはラジオ出身だけあってやっぱりうまい。クスッと笑ってしまう「くすぐり」をちゃんと心得ています。あと、オーディオブックならではの演出もありますしね。途中でプッシー・ライオットの曲をはさんだりして。こういうのってオーディオブックならではですよね。オススメです。