カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|新自由主義が生んだ独占企業群がみんなから自由と機会を奪っている|"Monopolies Suck" by Sally Hubbard

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ティム・ウーは著書"The Curse of Bigness"(2018年)で独禁法に焦点を当てて、現代が独禁法以前の「金ピカ時代(Gilded Age)」に戻りつつあると警笛を鳴らしました。そして2020年にようやく司法省が重い腰を上げてGAFAの独禁法違反について動きを見せはじめました。

今回紹介するサリー・ハバードの"Monopolies Suck"はティム・ウーの"The Curse of Bigness"のアップデート版として、活動家としての立場から、いかに独禁法が骨抜きにされてきて、民主主義と資本主義の根底を危うくしているのかを解説しています。ティム・ウーの著書よりもっと具体的に実害を糾弾しています。サリー・ハバードはニューヨーク州検事として独禁法に関わる案件を手掛け、現在はOpen Markets Insutituteの役員です。現場で独禁法にずっと関わってきている人です。

ティム・ウーも指摘していることですが、独禁法を骨抜きにしたのはシカゴ学派の経済学者たちでした。ミルトン・フリードマンロバート・ボーク。アメリカの独禁法の根幹はシャーマン法クレイトン法で定義されています。この二つの法律は競争を促進して市場がその恩恵を享受できるようにすることが目的です。しかし、シカゴ学派は企業の経営効率の考え方を持ち込みました。大きいことはいいことだ。なぜなら、大きい方が経営効率が高いから。裁判で効率重視の判例を積み上げることで、独禁法を骨抜きにしてきました。その結果、80%の産業でシェアの集約化が起きているそうです。3から4の企業が一つの産業で80%のシェアを持っている状態にあるそうです。

現在起きている様々な問題を解決するには独禁法を正しい運用に戻すことだとサリー・ハバードは主張します。独占の解体で全ての問題を解決できるわけではないが、解決に向けてスタートをを切るには独占の解体が必須だと言います。

では、実際に独占はどんな実害があるのか?大きく分けて三つあります。サリー・ハバードはもっと挙げていますが、ボクはこの三つに集約できると思います。

  1. 価格が不当に釣り上げられている
  2. 税金が独占企業に吸いあがられている
  3. 雇用の機会が減っている

市場が3〜4の企業で独占されている時、消費者に選択肢はありません。例えばレンタカー会社は11ブランドあるように見えますが、実質的には3企業しかありません。複数のブランドを作って競争があるように見せかけるのが独占企業のやり方だそうです。ユニリーバ(アイスクリームのベン&ジェリーズとか)もP&Gもたくさんブランド持ってますしね。オー・ボン・パンクリスピー・クリーム・ドーナツもプライベート・エクイティーのJAB Holdingsが親会社ですし。航空会社も合併を繰り返し三回運賃が値上げされました。様々な調査結果でも、数少ない企業で独占されている業界は値上げが行われ、その利益は消費者には還元されずに株主と役員にしか還元されていないそうです。

 “Three successful fare increases – [we were] able to pass along to customers because of consolidation,” by Scott Kirby, then the president of American Airlines

「合弁のおかげで運賃値上げに成功し、コストを顧客に転換できた」当時アメリカン航空の社長だったスコット・カービーの発言

President Obama promised to fight corporate concentration. Eight years later, the airline industry is dominated by just four companies. And you’re paying for it. by ProPublica

独占企業は好きな時に好きなだけ課金もできます。有名なのがアップル税ですよね。ゲーム『フォートナイト』で有名なエピックがアップル税と戦ってAppStoreから締め出され、裁判になりましたよね。「アップル税」が嫌ならiPhoneからAndroidにスイッチすればいいじゃん?多くの人にとって(どれほど優れていようと)AndroidのスマホはiPhoneの代用にはならないんですよ。つまり、実質上、iPhoneプラットフォームのAppStoreという市場はアップルが独占してるんです。だから、30%なんて何の根拠もない「税金」を開発者を経由して消費者に押し付けることができる。

「アップル税」に対抗して、アプリ開発企業が団体結成…Spotify、Fortnite、Tinderらが結集 | Business Insider Japan

独占企業は税金のように消費者から徴収しますが、政府には税金を払いません。2018年にFortune 500で利益を計上している379企業のうち、91企業が税金を払っていないそうです。アマゾン、スターバックスやシェブロンのような大企業がです。場合によっては税金を受け取っています。そう、支払う額より、税金補助で受け取る金額の方が大きい場合があるのだそうです。例えばアマゾンはヴァージニア州で電気代を払っていないそうです。誰が払っている?政府が税金で払っているそうです。アマゾンは税金を納めていないだけでなく、税金で電気代まで払ってもらっています。「アマゾンがバイデン新大統領の新型コロナワクチン接種公約に同社リソース提供で協力」みたいなスタンドプレーではなく、ちゃんと税金を払いましょうと。

アメリカ合衆国内国歳入庁はフェイスブックに対して1兆円以上の脱税の嫌疑をかけられています。まあ、1兆円に比べれば、その1/100にも満たない様々な寄付は微々たるものですよねとサリー・ハバードは皮肉を言います。大企業がちゃんと納税すれば、もっといろんな支援ができたはずなのに。

フェイスブック に1兆円以上の脱税の疑い | HYPEBEAST.JP

多くの大企業は自分たちの独占の正当性を主張しますが、多くの場合は嘘だとサリー・ハバードは主張します。勝者総取りは正しくないし、ネットワーク効果も言い訳にはならない。なぜなら、ATTはそれでも分割されたのだから。ソーシャルメディアですら(ATT分割の時のように)相互運用性を確保できればいいだけ。

この本を読んで、リベラルと保守の差ってほとんどないと改めて思いました。独占企業を生んだ思想は新自由主義ですが、保守もリベラルもその路線を1980年代からずっと続けてきました。それは、民主党のクリントン政権もオバマ政権だって同じなんです。以前に紹介したマイケル・サンデルが能力主義批判した"The Tyranny of Merit"もそうですが、現在の問題の多くは保守/リベラルは関係ありません。「保守/リベラル」のような、すでに賞味期限切れの切り口では理解できない。これからの世界を作るには、これまでとは違うレンズが必要なんだと思いました。