カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|リック・ルービンが語る創造的活動とは|"The Creative Act" by Rick Rubin

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リック・ルービンが過去40年で最も音楽に影響を与えたプロデューサーの一人であることに異論がある人はあまりいないでしょう。Def Jamの創設者としてのRun D.M.Cやビースティー・ボーイズ、パブリック・エナミーの一連の作品群。そのほかにもレッド・ホット・チリペッパーズやナイン・インチ・ネイルズ。最近ではアデル『21』など。

本書はそんなリック・ルービンの創作についての本になります。とても思想的でありながら実践的でもある不思議な感じの書籍でした。

リック・ルービンはまず人間は生まれ持って創造的な生き物だと説きます。創造とは「これまでなかったものを存在させること」で、それは会話かもしれない、家具の置き換えかもしれない。生きることが深遠な創造的活動。あらゆるセンサーで感じ取り、自分たちの中で現実を作り出す。出だしがこんな感じなので、「あ、この本は思想的な本なんだ」と思いました。

リック・ルービンにとっての創造プロセスは五感(センサー)で情報を受け取る事から始まります。創造活動を生活の糧とするアーティストは五感を高めるために意識します。意識を高めて情報量を上げると、情報を溜めておく器が大きくなる。前半の終わりはプロとしての創造活動の心がけみたいな話になってきます。徐々に実践的になっていく。

面白いのが、普通のビジネスパーソンみたいなアドバイスも入ってること。例えば時間管理。リック・ルービンはルールと習慣は違うと言います。ルールは足枷になるが、習慣は創造を助ける。時間管理で想像のための余白を作る。

後半は実践的な内容となってきます。まずはリック・ルービンの創造サイクルの説明をします。最初が「種」ステージ。ここで情報を集める。アンテナを高く持つ。次に「エクスペリメント」ステージ。集めた種から何か果実を生み出すことができるのか、いろいろと試してみる。最後が「クラフト」ステージで果実のイメージを実際の「果実」に育てる。こういう自分なりのフレームワークを持っているのも優秀なビジネスマンと共通する部分だなと思いました。

リック・ルービンはアートに対する明確なイメージを持っているんだと思います。アートは非常に主観的なもの。そして、対話的なもの。ボクも以前に「殺すアートと救うデザイン、そして死にゆくデザイン」というブログエントリーで「アートの目的は対話です。アーティストとオーディエンスの作品を通じての対話です」と定義しました。リック・ルービンのアート観も同じでした。

If you know what you want to do and you do it. That's the work of craftsman. If you begin with questions and use it to guide the discovery, that's the artist.

もしあなたが何かをしたくて、何かをしたとする。これはクラフトマンの仕事。もしあなたが問いからはじめて、その問いを使って発見に導くとする。これはアーティストの仕事。

「クラフト」のステージは創造プロセスの中でもクラフトマンらしい仕事で、「エクスペリメント」のステージは創造プロセスの中でよりアーティストらしい仕事なんだと思います。リック・ルービンのプロデューサーとしての仕事のスタイルは、音にこだわりを持つクラフトマン的な側面がある一方で、アーティストたちが何かが降りてくるまで待つスタイルとのことです。リック・ルービンのこの3段階の創造サイクルは彼のプロデューサーとしてのスタイルを明示的に表したものなんでしょうね。

本書では創造サイクルの最後である「クラフト」ステージについて詳しく語られています。実際に何かを世に出す段階。「エクスペリメント」の段階は自由でルールもなくてとても楽しいのだけれど、「クラフト」ステージには産みの苦しみがある。

いろいろと大変なステージなので、リック・ルービンのアドバイスもどんどん具体的になってきます。時間が経てば、人も変わる。そうするクラフトを最初からやり直したくなったりもする。また、デモバージョンを作る期間が長すぎると、デモバージョンが頭から離れなくなる。そんな時はいったん離れるべきだと言います。完璧なバージョンはない。頭の中でイメージしている理想のバージョンと実際に作れる現実的なバージョンもある。理想を求めるのもいいのだけど、難しい部分はスキップして、後から手をつけてもいい。

あと、ちゃんとフィードバックを受けましょうと。これってビジネスパーソンの仕事にも言えますよね。アーティストの仕事ってちょっと普通とかけ離れたイメージがあったのですが、こうやって整理して語られると意外と共通点が多くてびっくりでした。