中国のスタートアップはすでに巨大プラットフォーマーとなったアリババ、テンセント、バイドゥのBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)の他、それに続くユニコーンのトウティアオ、メイトゥアン、ディディチューシンのTMD(Toutiao, Meituan-Dianping, Didi) について記事を見かけることは多いかもしれません。今回取り上げるJD.comはすでにIPOしているのでユニコーンというよりもすでに大企業ですが、その傘下の物流企業や金融企業はまだ非上場なのでユニコーンとして数えられています。
JD.comを日本の企業で例えるとヨドバシカメラですかね。ヨドバシカメラもそうですが、家電は意外とAmazonの手が届きづらいのか、世界で競合会社があります。アメリカならベストバイですし、ヨーロッパだとドイツのメディア・マルクト(Media Markt)やフランスのフナック(Fnac)とか。それにしてもなんでJD.comはこれほど成功したのでしょうか?
大学時代と最初の失敗
中国の起業家ではよくある話のなのですがJD.com(京东)を立ち上げるリチャード・リュウ(刘强东)の家庭も貧しく、北京大学入学のために上京してきた時、家庭からの仕送りをもらわないことに決めて、プログラミングをしながら学費と生活費を稼ぎました。
そして、リチャード・リュウの起業人生は大学四年の時に大学近くのレストランをプログラミングで稼いだお金と親族からの借金の24万元で買ったことからはじまります。このレストラン業が失敗して資金を失っただけでなく20万元(日本円で330万円くらいですが、当時の中国での価値はもっと大きかったでしょうね)の借金を背負うことになります。起業という甘い夢。魔が刺しちゃったんですかね。
しかし、この失敗で起業の夢を失うことはなかったようです。ただ、借金は返さないといけないので、卒業後は日本生命の中国支社に就職します。日本企業ではミスが許されない文化でした。大学時代のアルバイトや最初に経営したレストランではミスを許していました。このミスを許さない姿勢に大きく影響を受けたそうです。更に、物流、調達、ITなど様々な経営の仕組みを学んでいきます。
起業と失恋
借金を全て返済したリチャード・リュウは1998年に再び起業します。これがJD.com(京东)です。なんと、後にライバルとなるアリババの一年前に起業してるんですね。最初は親に黙って起業しました。しかし、不審に思った母親が事前の連絡なしに北京を訪れ日本企業をやめてしまったことがバレたそうです。そして、そのことにすごく悲しんだそうです。しかも、当時付き合っていたガールフレンドからも起業が原因で別れを告げられてしまいます。当時の中国ではスタートアップはならず者のやることだったんですね!まあ、日本でも似たようなもんだったでしょうね。
それにしても、金もない、技術もない、頼る人もいない中での起業で、周りからの理解も得られなかったのはツラかったそうです。それでもやるのがすごいと思います。
オンラインビジネスへの転換のきっかけ
当時のビジネスはパソコンショップでした。まだあまりパソコンの操作に慣れた人がいなかったため、差別化のために無償トレーニングを提供していました。Gome(国美電器)が最も大きいパソコンショップチェーンで、いつかはGomeのようになると考えていたそうです。そんな夢を打ち砕いたのがSARSでした。
これはアリババの映画でも確認できますが、SARSが猛威を振るっていた頃(2002年11月から2003年7月)、外出は制限されていました。リチャード・リュウも店を閉めて、在庫管理を家からしなければいけませんでした。顧客とのコンタクトは店のオンラインフォーラムで、ここで全てのやりとり不眠不休でおこないました。
この経験でオンラインでのビジネスの可能性を見出します。SARSの脅威がなくなり、店を再び開けましたが、2004年1月1日にオンラインビジネスに転換することを決めます。これが正式な起業の年となります。最初は三人のスタッフと98種類の製品でのスタートでした。この時、リチャード・リュウは30歳でした。そして翌年には店舗を占めて完全にオンラインでビジネスを行うことを決めます。そして起業から10年でIPOすることになります。
リチャード・リュウがSARSの期間に気づいたのは、日本企業に勤めていた時に学んだ物流の大切さだったそうです。そこで、オンラインビジネスに舵を切る時に物流に力を入れることにします。
起業から十年間、何度もやめようと思ったそうです。IPOの時は40歳でしたが、かなり白髪が増えたそうです。実際にJD.comは利益が出ていません。Amazonは戦略的な投資を多く行うことで利益を出さないことで有名ですが。JD.comもロボットやドローンを使った最先端のロジスティックに投資していますが、AmazonにとってのAWSのような次の「金のなる木」が見つかっていないのが気になります。
大企業の目論見
利益が出ていないにも関わらず、JD.comはテンセントやウォルマートが投資をしています。これは中国のeコマースがまだまだ成長するという期待もあるのでしょうが、それぞれの企業の思惑が大きい気がします。つまり、JD.comを理解するにはそれを取り巻くエコシステム全体を理解する必要があるということです。
eコマースは大きく分けてC2CとB2Cの二種類があります。日本を例に例えるとC2Cはヤフオクや楽天市場の個人商店。メルカリもそうですね。B2Bはアマゾンやヨドバシドットコムですね。中国のeコマースではアリババが有名ですが、C2Cがタオバオ、B2CがTmallと二つのプラットフォームを運営しています。ちなみに本家のアリババはB2Bのコマースサイトですね。そして、JD.comはB2Cのeコマースなので直接競合しているのはTmallになり、この分野ではJD.comは最大のシェアを持っています。
テンセントの目論見
IPO前にテンセントがJD.comが投資により株式を15%取得して筆頭株主になっています。テンセントとしてはアリババのAlipayとの競合の関係上、WeChatの優位性を持たせるためにコマースなどO2Oのパートナーが欲しい。ペイメントに関しては常にアリババが先行していて、テンセントは追う立場ですからね。そこで白羽の矢が当たったのがB2CのeコマースでトップシェアのJD.comでした。
この効果はJD.comにとっても絶大だったようで、新規顧客の1/3はWeChatからのトラフィックだったそうです。上のチャートを見てもらえばわかるように、売上げも営業利益率も2015年から改善しています。売り上げはわかるけど、なぜ利益まで?それはこのパートナーシップのおかげで5年間は無料でWeChatから送客されることが大きいと思います。つまり、1/3の新規顧客のCPA(Cost Per Acquisition)がゼロな訳です。そりゃ利益も改善するよ。
ウォルマートの目論見
中国市場を狙っているのはウォルマートも同じです。ウォルマートは2011年から日用品のeコマースサイトのイーハオディエン(1号店)に投資をし続け、2015年には完全買収をしました。イーハオディエンもカテゴリーとしてはJD.comと同じB2Cのeコマースです。しかし、一度は手にした100%資本の中国法人ですが、2016年にあっさりと5%の株式交換でJD.comに売却してしまいます。これによりウォルマートもJD.comの大株主に仲間入りです。これは勝ち馬に乗ろうということでしょうね。
Googleの目論見
Googleも少額(それでも5億5000万ドル)ではありますがJD.comに投資をすることを2018年6月に発表しました。そして、それに先立つ2018年1月にテンセントとGoogleは特許の共有協定を締結しています。偶然なんですかね?
Googleは検索においてバイドゥ(百度)とガチバトルをして中国市場から撤退した経験があります。それから2017年にAIを軸にして中国市場に足場を築こうとしています。これは想像なんですが、Googleはガチバトルではなく、パートナーシップで中国市場にプレゼンスを確保する戦略に切り替えたのではないでしょうか。
参考資料
京东创始人刘强东创业史:女朋友父母认为我是耻辱_创业&资本 - 前瞻网
Q&A: JD.com Founder and Chief Executive Richard Liu - China Real Time Report - WSJ
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