アンジェラ・ネーグルの"Kill All Normies"はオルタナティブ(特にオルタナ右翼)について書いた本です。最近のアメリカやヨーロッパのオルタナ文化を理解するのにいい本でした。ちなみにタイトルにもなっているノーミーはノーマルピープル(メインストリームの人)のこと。
トランプ政権が出てきた背景としてのオルタナ右翼とか、それを培ってきたチャン文化("2ちゃんねる"にインスパイアされた4chanや8chan)とか。
Kill All Normies: Online Culture Wars from 4chan and Tumblr to Trump and the Alt-right
- 作者: Angela Nagle
- 出版社/メーカー: Zero Books
- 発売日: 2017/06/30
- メディア: ペーパーバック
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インターネットで世界はつながった?
インターネットで世界は繋がりやすくなったとはいえ、ほかの文化はそう簡単に理解できるものでもありません。例えば、日本に住んで日本語を話すボクたちにとって、アラブの春やウォール街を占拠せよ、アノニマス、ウィキリークスなど名前は聞いたことあるものの、その歴史的な重要性や背景などちゃんと理解している人はそう多くないでしょう。あまり日本に関係ないですものね。
なんでそう思う?だって、自分と直接関係ない事に興味はわかないですよね。日本の中だって理解できないじゃないですか。在特会としばき隊はお互い理解できないですよね。その枠の外にいるボクは両方ともよく理解できないし、さらにその外枠にいる外国人はなおさら理解できないと思います。インターネットはコミュニケーションの距離を縮めましたが、理解の距離は遠いままです。
なぜインターネットは異なる文化の理解につながらないのか?
インターネットは自分の考えることを自由に発信できるツールです。そして、興味のあることを探すことができるツールです。たくさん情報がある中で、興味があることを取捨選択できます。つまり、考え方や文化の拡声器みたいなものです。
同じ考えや文化的な思考の人同士をつなぎ合わせますが、異なる考えや文化はつながりにくい。
この本では一般の人たちはノーミー(ノーマルピープル)としています。ノーミー vs オルタナ右翼という構図ですね。でも、実際はノーマルピープルなんていないですよね。日本のメディアで「大衆」とか「庶民」と言いますが、「大衆」や「庶民」ってなんでしょうかね?これはボク個人の意見ですが、それぞれ異なる趣味嗜好があります。インターネットはその中で小さな村を作るのに適しています。オルタナティブという無数の小さな村の集まりがノーミーという大きな国になってるんだと思います。
日本と欧米の文化の共通点
荒らしと晒し
もちろん、日本と欧米でも共通点はあるし、理解できる部分も多いです。例えば、欧米で匿名掲示板で有名な4chanや8chanはその名前が示す通り、日本の2ちゃんねるから着想を得ています。日本の2ちゃんねるが問題になるようなことは、4chanや8chanでもそのまま起きます。
例えば、特定の人をターゲットにして攻撃する「荒らし(Troll)」や名前や住所を公開する「晒し(dox)」は4chanや8chanでもあります。この本で紹介されている事例としてシンシナティ動物園で起きたゴリラのハランベの事件や11歳の少女とその家族を破壊したJessi Slaughter祭りが紹介されています。
アノニマスとは? パート1: アノニマスの誕生と歴史 - IRC, 4chan, 祭り-e-StoryPost
欧米で彼女が見つからないのを女性のせいにする男性を「インセル」というのだそうですが、これも日本と同じですね。彼女ができない人を日本では非モテと言いますが、それに近いものがあります。
荒らしや晒し、祭りはその人たちにとっては「正義」なのでしょうが、簡単にできることでスラックティビズムの一種として批判されます。これも日本と同じですね。
保守とリベラル
保守とリベラルがあるのは欧米でも同じです。マイロ・ヤノプルスや「ダーク・エンライトメント(闇の啓蒙)」のニック・ランドなどがオルタナ右翼側の人として紹介されています。ただ、個人的には保守=右翼/リベラル=左翼というのは違うと思ってます。その辺はあまりごっちゃにしないほうがいいかなと。保守の人が必ずしも白人至上主義でゲイが嫌いで排他的とは限りませんからね。
メディアが保守とリベラルに分かれるのも一緒ですね。新しいメディアではBuzzfeedやViceはリベラルなんだそうです。そして、BreitbartやThe Rebel Mediaが保守(というよりこれは右翼的かなあ)だそうです。
日本と欧米の文化の違い
ミームとAA
2ちゃんねるはテキスト文化ですが4chanやTumblrは画像文化です。その文化的な違いによって、表現方法が変わってきます。2ちゃんねるで発展したのはAA(アスキーアート)ですよね。絵文字もテキストです。モナーとかやる夫などキャラクターも生まれました。
欧米の場合は画像文化なのでイラストやPhotoshopでの画像加工が主な表現方法となります。そこで生まれたのがミームです。Lolcatやカエルのぺぺなどが有名なキャラクター(以下のGiphyのイメージのカエルが「カエルのぺぺ」)です。
出る杭に対する考え方
日本は「出る杭は打つ」ですよね。欧米もそういう面はあります。個人主義だけでなくチームプレーも求められます。ゴールを達成するためにはチームプレーも必要ですからね。しかし、ゴールを達成するにはルールを壊す必要もあります。ディスラプト(Disrupt)は「破壊」を意味する単語ですが、スタートアップではポジティブな意味に使われますよね。
トランスグレッション(Transgression)も違反を意味する単語ですが、ポジティブな意味でも使われます。既存のルールの境界線を超えて新しいことを試してみることも大切だと欧米の人たちは考えるのですね。音楽でいえばパンクは代表的なトランスグレッションですね。誰かがルールを破らないといけない。これはマナーを大事にして「和をもって尊しとなす」日本人にはなかなか馴染めない考え方だと思います。
トランスグレッションはいいことばかりではなく、この本ではオルタナ右翼がトランスグレッションとして描かれています。その前のオバマ政権はリベラルだったわけなので、激しい揺り戻しがきたということでしょう。保守とリベラルがトランスグレッションを繰り返しながら発展してきたのが欧米ですね。日本は戦後は基本的にずっとリベラルです。
どんな人にオススメか
欧米の文化的なトレンドを理解したい人にはオススメです。アンジェラ・ネーグルはフェミニストでリベラルなので、そのような視点で描かれています。その点については理解しながら読んだ方がいいかなと思います。
もちろん、欧米のフェミニズムやリベラルに興味がある人にはオススメです。